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調査員A  作者: 香紫日月
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序章

【弁護士は人の醜い面ばかりを見せつけられる裏仕事よ】

 ●夜久 歩夢→大学二年。自転車でデリバリーのバイトをしている。空手の有段者だが生来の苛められっ子気質。

 ●鷺ノ杜 雅→若手のやり手弁護士。人使いが荒い。


【あらすじ】

 大学生の歩夢はバイト帰りに通り掛かった公園で襲われている女性を見かけ咄嗟に助け、傷を負った女性に言われ通報をするが警察到着後は唯一の目撃者だったことから事情聴取に同道することになる。

 警察で被害女性から渡された名刺には「弁護士・鷺ノ杜雅」とあった。何故弁護士が襲われるのか? 疑問に思う歩夢は自転車を弁償すると言う雅に着いて事務所行くも、到着した先は強盗が入ったかのように荒らされていた。

 大した案件は抱えておらず、事務所を荒らされる心当たりはないと雅は言うが、事務所の片付けを手伝わされた歩夢は床に散らばった書類の中に「鷺ノ杜グループにいての調査結果」と書かれたものを見付け、雅が襲われた原因とその調査結果内容はリンクしているのではと思う。

 歩夢はこの件は雅への脅しでは考える。そんな歩夢は幸か不幸か雅に調査員のバイトをしないかと誘われ報酬の良さとウッカリ引き受けてしまった。

 翌日、事務所へ向かうと雅から現在抱えている案件の説明を受け、早速調査へ行くよう命じられた歩夢が向かうもそこは廃屋だった。しかも屋内で男性の死体を見付けてしまう。

 事務所荒しと今回の殺人と雅が抱えている案件は関係があるのか?

 その後、依頼案件は片付いたが、雅を襲い事務所を荒した犯人は見付からず、歩夢はその犯人を追う為に雅の元でバイトを続けようと決意する。

 その夫婦は共働きで全てにおいて公平だった。

 二人は財閥とまではいかないが超大手商社勤務で社内恋愛の末に結婚をし、二人で貯金に励み都心から少し離れた緑の多い街のマンションの高層階を購入した。

 交通の便、生活の利便性にも優れ、周囲に大きな建物がないことから開放的で明るい部屋が気に入り二人の意見が分かれることはなかった。

 会社でのポストもそれなりに固め、夫は十年前に傘下の企業へと出向になったが部長待遇だ。世界規模の企業でありながら同居ができる範囲内での転勤だったことは幸運なことこの上ない。

 残念ながら子宝には恵まれなく妻は一時期悩んだが、夫に夫婦二人で生きていけば良いと言われて以降、心の重荷を下ろし子供のいない生活への踏ん切りを付けた。そして今、二人は幸福の絶頂期にいると言っても過言ではないだろう。

 そんな理想的な家で暮らし、起床すると夫はコーヒーメーカーをセットしてパンをオーブンに入れ、妻はベーコンとオムレツを焼き、二人で朝食を摂る。会話は専ら仕事のことだったが登場人物はお互いが知っているから不満は出ない。

 二人で食器の片付けをして、妻が着替えと化粧をする間に夫がゴミをまとめる。夫はゴミをまとめた後にスーツに着替える。妻はそこで夫のネクタイを締めるのが日課だ。

 夫のネクタイを毎朝選んで締めることを友人や同僚に話すと、皆に古臭い習慣だの亭主関白だのと言われる。令和の時代に夫の三歩後ろを歩き三つ指を付いて帰宅を迎えるのかと揶揄われることもあった。

 共働きだとは皆が知っているのだから少し想像力を働かせてほしいと思うが、そもそもこんな話をした自分にも非があるし、下手をしたら惚気とかマウントを取ろうとしていると独身者から言われかねないから最近は口を閉ざしている。

 夫は無類の不器用人間だ。そして何よりもネクタイを結ぶのが苦手なのである。

 それは十年前の挙式を終えた後に判明した。新婚旅行に行く前に空港近くのホテルに一泊した二人だが、翌朝夫の身支度が異様に遅いその原因がネクタイだと気付いてしまったのだ。

 夫はそれをひた隠しにしようとしたらしいが、これから共に生活するからにはそうはいかない。

「これまでどうしていたの?」

 すると中学、高校までは学ランだったからネクタイによる支障は出なかったと言う。支障が出たのは大学の入学式で、そこで初めてネクタイが結べないことを自覚した。ネットの動画を見て結ぼうにも動画だと画像が前後左右に反転していて分からない。

 結局その日は父親や兄弟総出で夫の背後からネクタイを結んで事なきを得たが、それ以降毎日苦戦していると吐露すると妻はクスリと笑い、これからは私に任せてと言った。それ以来、ネクタイを結ぶのは妻の役割になった。

 そしてその日、妻はネクタイを締めながら夫の顔色が悪いことに気付いた。十年経っても経理は畑違いな上に、月の五十日の締めや四半期毎の決算に追われて毎日帰宅が遅い。

「お付き合いも程々にしないと身体に悪いわ」

 妻がそう心配するのは、ただでさえ忙しいのに終業後はほぼ毎日取引先との飲み会、所謂接待に付き合わされているからだ。経理部長が何の接待かと思うが、本丸から来た部長ということで是非顔合わせをと言われると断りにくいらしい。

「君こそ会長のお供が多いんだろ?」

 妻は商社本社の会長秘書で会食のお供をすることも多いが、所詮秘書だから会食の席に共に座ることは殆どなく大抵別室待機だ。ただ最近お供をする回数が増えたのも事実で、会長に言い含められた店側の配慮もあり別室で食事を摂っているが、帰宅時間が夫と同じく深夜に及ぶことが多くなっていた。

 だが夫の方は深酒をして帰宅をすることが多く、だからと言って生活や性格が荒れる人ではないだけに余計に夫の体調が心配だった。

 互いを気遣い合う会話と共にネクタイを結び終えると、突如夫が胸を押さえてウッと呻いた。

「どうしたの?」

 妻の声を聞きながら夫はゆっくりと床に倒れ伏した。自分の身に何が起きたのか全く分からないが、背中から胸を貫く強烈な痛みに声が出ない。いや、呻き声は発しているのかもしれないが、とにかく苦しかった。

「アナタ、しっかりして!!」

 妻がスマホを手に取り救急車を呼ぼうとすると夫は呻きながらもそれを止める。妻は呆然とした。夫は救急車を呼ぶこと、即ち自分のこの状況を表に出すことを由としていない。では見殺せと言うのだろうか?

「嫌よ、私を独りにしないで」

 返事はなく呼吸がどんどん弱くなっていくのが分かる。どうしよう、誰か助けて。でも室内は静まり返っている。彼女の問いに応えてくれる人はいないのだ。

 夫の首筋に触れるも頸動脈は既に微弱だ。救急車を呼んでも恐らく手遅れだろう。何よりそれは夫の本意ではないのである。妻のスマホを押さえていた夫の手は、いつしか力なく床に投げ出されている。

 彼女は意を決して電話を掛けた。一一九ではない別の番号に。

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