は???
こうして過去に戻ったとしてもあの忌々しい記憶はそのままだし、目にもしっかりと死の瞬間が焼き付いている。この苦しみを知るのは自分だけ。
「だから、同じ苦しみを味わわせてあげる。約束通り、全員破滅させてあげるわ!」
あの時、薄ら笑いを浮かべて傍観していた貴族も司教もルーベントもマリアも、全てを。
リナフィアは手にしていた本のページを力いっぱい引きちぎり、胸元に隠すようにして押し込んだ。
「悔いなさい、自分達の愚かさを。そして乞いなさい、許しを。そうしたら……嗤って地獄へ堕としてあげるから……っふふ……あはははははははは!」
胸に破ったページを抱いて、リナフィアはとても楽しそうに仄暗い笑みを浮かべた。
「お望み通り、悪女になってあげる」
◆
祝福祭から一週間――。
やはり前回と同じように、教会はマリアを正聖女と位置づけた。
聖女とは、『神力』という特別な力を持って生まれた者の事である。神力は万病を治し、その力を最大限まで使えば奇跡すらも起こせると言われている。まあ彼女の登場の仕方を見れば、聖女認定されるのも頷けた話ではあるが。
(ただ問題は……)
「史上初めて、聖女が二人になってしまったのよね」
自分とマリアの二人。サウザード王国の歴史を振り返ってみても、聖女の出現は同時代には一人であり、二人同時にという事はなかった。
そして、聖女になった者は必ず王妃となると定められている。
そのような事情があり、聖女が二人という状況に周囲はあきらかに困惑していた。
「ここ最近の王宮内の空気も、どこかざわついているわね」
「妃殿下、教会に訴えるべきです! 聖女顕現の神託もなかったのに、ちょっと変わった現れ方をしたくらいで聖女認定だなんて……っ!」
侍女のミレーネが憤慨していた。
彼女はリナフィアが王宮へ上がった頃から仕えてくれている、信頼の置ける侍女である。
シューダー子爵家令嬢であり二十二歳のリナフィアより五つばかり年上のミレーネ。結婚はあまり期待していないらしく、こうしてずっと側仕えしてくれている。派手さはないが上品な顔立ちをしており、清潔感のあるブロンドの纏め髪も相まって貴婦人という言葉を体現したような女性だった。
「聖女は妃殿下お一人です! どれだけ妃殿下が国の為に尽くされてきたか……っ! 陛下も陛下ですよ! 妃殿下がいらっしゃるのに、マリア様の保護のためと言って王宮の離れまでお与えになるなんて!?」
「まあまあミレーネ、落ち着いてちょうだい。仕方がないわ、だって異世界から一人でやってきたって言うんだもの。本当だとすれば、陛下の対応も頷けるものよ」
艶やかな長い黒髪が目を惹く十八の少女。
髪色と同じ、ナッツのように丸い瞳は彼女の小柄さも相まって小動物を思わせる。彼女自身は「異世界から来た」と言っていたが、その異世界とやらでは階級差などなかったようで、誰にでも物怖じせず明るく振る舞う姿は、特に男性達の同情を誘うのだろう。
「『見知らぬ世界に来たのに、とても健気だ』――ねえ?」
それが今の王宮内での彼女の評価だ。
前回は、リナフィアもそう思う一人だった。
何も分からず苦労しているだろうと色々と世話を焼いたものだ。彼女のドレスが用意されるまでは自分の物を渡していたし、寂しくないようにと彼女の住む離れまで出向いていた。マリアも自分に懐いていたし、来訪を両手を広げて喜んでいた。
しかし、リナフィアがマリアに良くすればするほど、リナフィアの周りからは人が去って行った。
(一体、あの時はどうなっていたのかしら。ルーベントが言うには、私が彼女をいじめていたらしいけど……今回ならともかく、前回は全くそんな事なかったのに)
復讐は大前提として必ず行うが、この先の計画を考えても、周囲から反感を買うのは好ましくない。
(だったら、どうしようかしら……)
今回は徹底的に関わらないようにすべきか。いや、それでは王妃が冷遇していると受け取られるかもしれない。では、徹底的に優しくしたらどうか。誰の目から見ても優しくしていれば問題ないのではないか。
「まずは、相手の出方を窺うべきね」
口元を覆った手の下でボソリと呟けば、ミレーネが顔を覗き込んできた。
「私達や妃殿下を知る者達は、妃殿下こそ唯一の聖女様であり国母に相応しいと信じておりますから」
ミレーネは跪いてリナフィアの手を握った。
しっかりと握られた強さに、胸が温かくなる。
自分にとって彼女は特別だ。
前回、最後まで無実を信じてくれたのもミレーネだけだった。
王宮を追い出されるその瞬間まで、彼女はルーベントや諸侯に何かの間違いだと嘆願しに行ってくれていた。しかし、自分と関わったせいで最後は王宮職をクビになり、その後どうなったのかも分からず悔しい思いをしたものだ。
「ミレーネ……ありがとう」
姉のようなミレーネ。
リナフィアは彼女を抱き締め頬を寄せた。
(今回は、必ずあなたも守るから)
なぜ前回、リナフィアは何もしていなかったのに『悪女』とされたのか。
蓋を開けてみれば、これほど簡単なことはなかった。
今回、リナフィアは不利にならないよう前回を踏まえ、マリアに対して殊更丁寧な対応をとった。
勝手にドレスを贈るのではなく、自分の衣装部屋に招待し自ら選ばせ、離宮に行くのも控えた。執務中にやって来た時は仕事ということを説明し、それでも待つと言われれば、控えの間に茶や菓子を用意してもてなした。
そういった行いを知る侍女は元より使用人達も、リナフィアの対応を褒めこそすれ、決して貶しはしなかった。
だというのに――。
「マリアを蔑ろにしているというのは本当か」
突如現れたルーベントに投げつけられた言葉は、耳を疑うようなものだった。
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