ようこそ、飛んで火に入る破滅の聖女様
「はぁっ……はぁ……っ………………え?」
(ど……どういう事)
リナフィアは懐かしい侍女であるミレーネの顔を眺め、そして自分の身体を見回した。
見覚えのある部屋に、見覚えのあるドレス。窓の外に見える景色も、自分が今跳ね起きた小机も全て、リナフィアに馴染み深いものだ。
「わ、たしの……部屋?」
(うそ……確かに私は死んだ……はず……首を斬られて……)
「夢?」
恐る恐る首に触れた瞬間、ドッと汗が噴き出た。生々しい感触が蘇る。
しかし、触れた箇所は傷ひとつなく滑らかだ。
「繋がって……る?」
「きっと悪い夢でも見られたのですね、すごい汗ですよ。お水をお持ちしましょうね」
ミレーネは水の注がれたグラスを、リナフィアの手にしっかりと握らせた。
キョトンとした目でグラスとミレーネとの顔を見遣るリナフィアに、彼女は微笑を漏らす。
「まだ寝惚けてらっしゃいますね。だめですよ、この後すぐに祝福祭なんですから。こうしてうたた寝してしまうほど様々な準備でお疲れなのは分かりますが、あと少しですから。祝福祭が終わったらゆっくりと休まれてください」
「え、あ、祝福祭……」
(あの、マリアが現れた……?)
そこまで考えて、リナフィアは思考を振り払うように頭を振り、水を一口飲む。
(違う違う。全く……マリアって誰よ。あれは夢なんだから)
「妃殿下、まだ眠気が覚めませんか? 水ではなく紅茶の方がよろしかったでしょうか」
「いえ、大丈夫よ……ありがとうミレーネ。もう……大丈夫」
水を飲めば幾分か気持ちも落ち着いた。冷たい水が喉を通るたび、汗ばんだ身体が冷えていく。
(冷静に考えれば、あれは悪い夢だったのよ。夢と現実が分からなくなるなんて、よっぽど疲れてるのね、私)
残りの水を一息に飲み干し、リナフィアは腰を上げた。
「それじゃあ向かいましょうか、祝福祭へ」
しかしこれより僅か数時間後、リナフィアは先程の悪夢が夢でないと知る。
王都にある大教会の聖堂で神への祝福の祈りが行われている最中、天を指さす神像のその指先に、光に包まれた少女が現れたのだ。ゆっくりと羽根が落ちるようにふわりと床に伏せった少女を、誰もが口を開けて凝視していた。
リナフィア以外は。
リナフィアは声を上げてしまわないように、奥歯を噛んで耐えていた。ギチギチと奥歯が鳴り、今にも割れそうだ。腰の前で綺麗に重ねられた手も爪が皮膚に食い込んでいる。
突如として現れた神々しい少女に、居並んだ王侯貴族達は一瞬の間を経て、歓声を上げた。口々に「神の遣いだ」や「祝福の子だ」などと叫んでいる。皆、戸惑いよりも、そのあまりにも奇異な登場の仕方に気持ちを昂ぶらせていた。
「……そう、夢じゃなかったの」
リナフィアの呟きは歓喜の喧騒に掻き消される。
見覚えのある黒髪の少女が、見覚えのある登場の仕方で目の前に現れたのだ。周囲の反応も、隣のルーベントが少女に向ける熱い眼差しも、かつて見た景色と全く同じ。
リナフィアは確信した。
「私のこの生は、二度目なのね」
指を這わせた首は、傷ひとつなく美しい――今回はまだ。
ややあって、リナフィアは奥歯を噛み締める力を緩め、そして恍惚とした顔で笑った。
「ああ……神様ありがとうございます。私に機会を与えてくださって」
(復讐する機会を)
駆け寄ったルーベントが柔らかな手つきでマリアを抱き起こす光景を、リナフィアはガラス玉のような感情のない目で見つめていた。
「ようこそ、飛んで火に入る破滅の聖女様」
腰前で重ねた手からは血が滴り落ちていたが、全て深紅のドレスに染みこみ誰も気付かなかった。
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