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悪女はあなたの破滅が見たいだけ〜死に戻り王妃は、夫と愛人聖女に最高の離婚をプレゼントする〜  作者: 巻村 螢


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………………え?

『陛下、息子のユビウスはお役に立てていますでしょうか』

『ああ、色々とマリアのために動いていてくれているようだな。随分とマリアも懐いているようだ』

『それはそれは、光栄でございます』

『だが……公爵の顔に免じて大目に見るが、未来の王妃にくれぐれも手をださぬよう、しっかりと教育はしておくことだな』


 つい先ほどのルーベントとのやりとりを思い出し、王都の自宅へと戻る馬車の中で、バルバリード公爵は舌打ちした。


「何が大目に見るだ。ワシがいなければ、己が愛人一人も正聖女にできぬ分際で」


 マリアが聖女であることは神力を持っていたことから間違いはなかった。しかし、教会は、既に聖女認定を受け王妃となっているリナフィアに遠慮して、中々彼女を聖女認定しなかったのだ。


「バルバリード家の金で愛人の肩書きを買ってやったというのに、偉そうにしおって若造が」


 五十も越え、痩せてきた頬を撫でながら、公爵は王都の街並みを見つめる。

 バルバリード公爵家は、建国当初から国を支えてきた由緒ある貴族家である。元は王家の分家であり、国王の右腕として政治中枢で絶大な権力を誇っていたのだが、それも昔の話。数代前のご先祖が当時の国王の不興を買い、政治の場から閉め出されて久しい。


 以来、無駄に高い家格が災いし、触らぬ神に祟りなしとばかりに、他の貴族達からも遠巻きにされる始末で、今では王都に隣接している領地を経営することくらいしか、やることがない。


「それもあと少し。正聖女が王妃になった暁には、ようやくバルバリード家も宮廷に返り咲ける。ワシの存在とバルバリード家の財力は、陛下も欲しいものだろうし、ユビウスも未来の王妃殿下のお気に入りだ」


 軍閥貴族のまとめ役とも言えるベルハイク伯爵が、王妃派についたときは危なかったが、王妃ごとまとめて追い出せるチャンスではないか。

 軍閥貴族は政治的ものの考え方が通じないため、正直政治の場に出てこられると厄介だ。それでいて、国を守っているという点で民からの信頼も篤いから、下手に意思を持たれると危うい存在である。


「剣を振り回すくらい誰でもできるさ、馬鹿共が。国を動かしているのは、王宮の中にいるものだというのに……そう思えば、王妃も憐れな存在よのう」


 民には『ひきこもりの王妃』と思われ、宮廷でも『暗く王妃らしくない王妃』と裏で謗られている。

 しかし、そこで公爵は「いや」と思い直す。


「ここ数ヶ月は、まるで人が変わったようだったな」


 王妃の椅子に座っていたマリアを退かせ、北部視察にも同行していた。王妃に政務を持って行った大臣達も、『実に堂々と意見を言うし、よそに回せるものは手際よく分配するようになった』と口々に言っている。


「いささか計算が狂ったかな」


 国王がマリアに入れあげ、次第に政務が疎かになっていることは知っていた。

 宰相の言うことも聞かず、今や宰相は、国王に意見を聞くより先に王妃のところへ向かっていると噂されている。本当かは知らないが。


 国王のパートナーは宰相でも議会でもなく、自分であると公爵は自負していた。

 誰よりも先に、国王とマリアの関係を全面的に支持する構えを見せ、金を出し、教会を動かし、充分に信頼されるように動いてきたのだから。


「妃殿下の評判の悪さは離婚理由にできると思っていたのだが……まあ、別の理由をつくれば済む話か。それよりも陛下には、このまま政務からは遠ざかっていてもらわねばな」


 どうせマリアも政治には疎いだろうし、正聖女派が実験を握れば間違いなく自分が、政治の実権を握ることができる。


「ワシに従っている貴族共も、利用価値はそこそこあるが大したことのない者がほとんどだからな、脅威にもならん。ハハッ! 建国祭が楽しみだ!」


 馬車は、一際大きな前庭のある屋敷へと入っていった。



 

        ◆




 契約書の収集もあり、リナフィア達四人は王妃宮の執務室に集まることが増えた。

 大臣達がリナフィアを訪ねる頻度が増え、リナフィアが席を空ける暇がなくなってきたからだ。


「そうですか。例の緩衝地帯――ああ、『特区』でしたか。上手く人が集まりだしたようなら良かったです」

「一番多いのが娼館と飲食店で、これは最初はサウザード側の人間しか利用していなかったのですが、娼館の女達がノーディレイ側も誘惑……じゃなかった、客引きしてからは、他の店にも回るようになりまして。どうやら、向こうも『特区』の意味を知って少し警戒を緩めたみたいで」

「ノーディレイ側との小競り合いは?」

「あれ以降はありませんね」


 リナフィアは安堵に胸をなで下ろした。


「それにしても、ウォーカス商会の商会長は実にやり手ですね。特区一帯の飲食店の仕入れを一手に引き受け、大量買いで安く卸したり、ノーディレイ側から見たことない食材を仕入れたりと。おかげで特区オリジナル料理を目当てに来る者もいて、見事に経済が回っているんですよ」


「さすが、大商会まで押し上げただけはありますね」と、感心の声を漏らしながら、リナフィアは執務机でペンを走らせている。

 その様子を、正面の応接ソファから見つめる伯爵とレイスの顔は引きつっている。


「妃殿下……まさか、この量をずっとおひとりで?」


 執務机の上にはリナフィアを挟むようにして、双塔が築かれている。


「そうです。妃殿下はもはやこの国の根幹なのですよ」


 何故かミレーネが誇らしそうに答えていた。


「そういえば、先ほどもどこかの大臣が来て、書類を置いていきましたね」

「ああ、財務大臣ね。彼が一番来るのよ。まあ、財政は国の血液みたいなもので、どこにでも絡んでくることだから、量が多いのも分かるのだけれど」


 リナフィアはふうと宙へと息を吐きながら、肩をぐるぐる回した。コキッと小気味よい音がなる。


「私も伯爵のように補佐官を雇いたいものだわ。欲を言えば、財政に強い者がほしいわ」


 伯爵は申し訳なさそうに首を竦めたのだが、しかし何をか思いついたようで、次の瞬間「そうだ」と手を叩いた。


「それこそひとり、うってつけの者がおりますよ」




        ◆




「へえ、それで僕が呼ばれたんですか」

「ちょうど王都にいると聞いたから来てもらったの。悪いわね、グレイグ商会長」

「まさか、王宮に召される日が来るとは思ってもいませんでした。恐縮です」


 執務室でリナフィアは執務机につき、グレイグはその向かいで立っていた。彼は恐縮でと口では言っているのに、態度にはまったくそのような様子は見られない。

 執務室を興味深そうに首を巡らし眺めていた。

 ただ、一通り部屋を観察し終えリナフィアに向けられたグレイグの顔には、『なぜ』と書かれたままだ。


「ねえ、あなたにとって会長職など暇でなくて? 実務は別の方々に任せているようだし」

「否定はしませんよ」


 意味を図りかねるだろう質問にも、グレイグは間髪容れず答える。やはり度胸が良い。


「ウォーカス商会は大商会だし、大きなお金を動かすのは楽しいのでしょうね」

「それはそうですね。金があればあるほど、やれることは増えていきます。僕は昔からやれることを探すのが好きで。それが功を奏して、商会を大きくすることにも成功しました。商会が大きくなればなるほど、僕は新しいことを探せ、それがまた商会を大きくする。まあ、きっと向いていたんでしょうね」


 商売人というより、彼は冒険家や発明家に近いのかもしれない、とリナフィアは思った。彼の趣味がちょうど商売と噛み合っただけで、彼は商売がしたいわけではないのだろう。

 であれば、やはり彼には適性がある。

 リナフィアは執務机に顎杖をついて、見上げるようにしてグレイグを見つめた。


「ねえ、商会長。もっと大きなお金を動かしてみない?」


 グレイグの目が僅かに見開いた。


「もしかして、国とうちで取引をという話でしょうか」

「まさか。取引だなんてそんな」


 ですよね、と見開いたグレイグ目が元の大きさに戻る。


「国庫のお金を動かしてくれるだけでいいのよ」


 グレイグの目は点になった。相槌を打つことも忘れ、ぽかんと口を丸く開けている。


「あなたなら、どこにどれくらいお金が必要か感覚でわかるでしょ。それに、商会の輸送網で情報収集はお手の物のようだし、監督官みたいな会長職で腐らせておくにはもったいない逸材なのよ、あなたは」

「いえ……あの、しかし……僕はただの平民で……参政できる身分では」

「ああ、だったら爵位をあげるわ。一代だけの男爵位になるけれど、いいかしら?」

「あ、はい、大丈夫です……って、いや、そうではなくて……え?」

「良かったわ。じゃあ、財務大臣にもそう伝えておくから。そうね、あなたの準備もあるだろうし、明後日またここに来てちょうだい」


 何を言っても、即時に笑顔で逃げ道を塞いでくるリナフィア。しかも準備もあるだろうしと言いつつ、貰えた猶予は一日のみ。

 いつも冷静沈着に物事を判断するグレイグも、さすがにこれには耐えられなかった。


「――あっははははは! まさかただの一介の平民に国庫を任せるだなんて! あり得ないでしょう! どうかしてますよ、王妃様!」

「そうよ。どうかしてるの、私」


 自分の復讐のために、国全てを巻き込もうとするくらいには。

 正攻法など、命を失ったときにとうに捨てた。


「それでサインはして貰えるのかしら?」

「妃殿下が僕にペンを握らせてくださるのでしたら、是非」


「仕方ないわね」と、リナフィアは、いつかの日と同じように、彼の手にペンを握らせた。


「特区での生活も楽しかったんですが、これは……僕の一生のやりがいになるでしょうね」


 グレイグは「ありがとうございます」と、綺麗な石を見つけた子供のように表情を輝かせていた。





「そうだ。僕に楽しみをくれたお礼というか、面白い噂を教えましょうか」


 帰り際、グレイグは思い出したように、扉の前で足を止めた。


「へえ、何かしら?」


 全国に情報網を持つ彼のことだ。きっとよほど面白い噂に違いない。


「王妃様は浮気しているらしいですよ」

「え」

「ベルハイク伯爵と」

「え」


「それでは」と、グレイグはリナフィアがポカンとしているのも気にせず、にこやかに立ち去った。



「………………え?」



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