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悪女はあなたの破滅が見たいだけ〜死に戻り王妃は、夫と愛人聖女に最高の離婚をプレゼントする〜  作者: 巻村 螢


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夜会の裏で、一組の男女は……

 マリアは、ホールから出てひとり廊下を歩いていた。皆ホールに集まっているせいか、廊下に人気はない。

 ルーベントは他の貴族達とよく分からない話をしていてつまらないし、何より、リナフィアと同じ場所にいたくなかった。リナフィアが無駄に贅沢しているように見せるため、自分でわざと地味なドレスを選んだのだが、ベルハイク伯爵のせいで批難しづらい雰囲気になってしまった。


「くっやしいぃ~! 何よあれ!? ルーベント様があたしに盗られたからって、自分もちゃっかり伯爵を夫人から盗ってんじゃない!」


 周囲に人がいないことを確認し、マリアは素の口調でいらつきを吐き出す。

「こうなったら、私もなんだかルーベント様だけじゃ物足りないわね」


(そうよ、私はこの世界のヒロインで、誰よりも特別な存在なんだから!)


 こういった世界ならば、全ての男はヒロインに惚れて然るべきだ。老若男女に愛されるのがヒロインの醍醐味なのだし。


「でも、ルーベント様以外に誰をはべらそうかしら。有象無象に好かれても意味ないのよね。やっぱり隣に置くならイケメンが良いし、家柄も……」


 そんなことをひとりブツブツ呟きながら、廊下をうろうろしていると、見覚えのある制服が目に入った。白い制服に金の紐や、赤や黒の縁取りで派手に装飾されているのは、近衛兵のものだ。


「あらっ、あれは確かルーベント様の護衛とかしてる……」


 騎士だが、顔は端正でなかなかに良かった覚えがある。


「ちょうど良いわ。さっそくあれを、あたしの虜にしちゃお!」


 マリアは柱の陰に隠れると、脱いだヒールを横にして思い切り踏んだ。


「――きゃあ!」


 廊下にしゃがみ込み、上げた悲鳴に、予想通り近衛兵は振り向き自分の存在に気付いた。


「大丈夫ですか、正聖女様」

「ええ、突然ヒールが折れてしまいまして……これじゃあ、ホールには戻れません。どうしましょう……」


 駆け寄ってきた近衛兵の顔をまじまじと見つめるマリア。力を入れて潤ませた瞳と、俯いていたときに息を止めて上気させた頬。これで上目遣いで見つめれば、ドキッとしない男はいないだろう。自分で言うのもなんだが、顔は悪くない。そこに、異世界からきた心細さに健気に耐える正聖女という価値が付加されれば、男の庇護欲はうなぎ登りだ。


「お部屋に戻られた方がよろしいでしょう。陛下には私がお伝えしますから」

「あ、それが、ヒールが折れた拍子に足をくじいたみたいで……歩けないんですぅ」


(え、今、この近衛兵……転んだあたしを置いていことした? 転んだまま助けもせず、ホールに行こうとしたの? 自分で戻れって!?)


 ありえない、という思いがマリアに火を付けた。


「騎士様。あの……お部屋までご一緒してくれませんかぁ? 人気が無い夜の王宮って、ひとりじゃ怖くて……」


(どうよ! さすがに怖がるいたいけな少女を置いてはいけないでしょう!)


 近衛兵は、しばらく考える素振りを見せた後「それもそうですね」と、突然、膝裏と肩口に触れてきたと思ったら、そのまま立ち上がった。


「ひゃあ!」


 まさか、いきなりお姫様抱っこをされるとは思わなかったマリアは、驚きの悲鳴を上げる。しかし、近衛兵はマリアの声など無視して、ズンズンと離宮の方へと歩き出した。


「いきなりで驚きましたよぅ。でも、軽々と抱えちゃうだなんて、騎士様はかっこいいですね」


 褒められて嫌な男はいない。これで何人もの宮中の男達の鼻の下を伸ばさせてきたのに、この近衛兵は「どうも」と素っ気ない返事を返すのみだった。


(まあ、いいわ。部屋につくまで時間もあるし、ついてからも……ふふ)


 マリアは、近衛兵の胸に「怖いです」と言いながらギュッと抱きついた。



 

        ◆




 リナフィアとマリアが向かい合っただけで、ホールの空気は寒々しいものとなった。

 そしてマリアが何か喋るたび、どんどんとリナフィアに向けられる視線が悪いものへとなっていった。あの空気から彼女を救い出してやりたかったが、自分はただの近衛兵であり、いかんともしがたいのが現実だった。


「ベルハイク伯爵がどうにか丸く収めてくれたが……」


 その立場に感謝どころか嫉妬を覚えてしまった。

 その後、彼女は寄ってきた丸い貴族と話したり、別の者を訪ねたりと王妃としての役目をこなしていた。対して、自分はずっと壁際に張り付いて見守るだけ。

 彼女の姿を見るのも辛く、同僚に代わってもらい、気分転換に少し外の空気を吸いにきた。

 なのに――。


「ごめんなさぁい、騎士様」

「いえ、これも仕事ですので」


 なぜ自分は今、リナフィアの敵であるマリアを、部屋まで運んでやっているのだろうか。





「では、私はこちらで。近くにいるメイドに、足の手当をするよう言っておきます」


 やっと離宮にある彼女の部屋まで送り届け、さっさと帰ろうとしていたのに。


「あの……」


 踵を返そうとしたとき、ソファの上に座ったマリアが袖を掴んできた。

 これ以上どうしろというのだ。

 溜息をつきたい気持ちを抑え、「どうしましたか」と近衛兵としての役目にだけ徹する。ソファの上に足をあげて座る彼女に合わせるように、レイスは腰をかがめたのだが。


「それがメイドが来るまで我慢できそうになくて……」

「――っ」


 レイスはマリアのとった行動に思わず、かがめた上体を反射的に後ろへと反らした。

 マリアはドレスの裾を持ち上げ、太股まで露わにしていたのだ。


「騎士様、どうか足を見ていただけませんかぁ?」


 足首だけ見せればいいものを、マリアは必要以上に裾を持ち上げたまま、上目遣いで見上げてくる。レイスがもし足首を見ようとかがめば、ドレスの中が見えてしまう状態だ。


「この女は馬鹿か!」と、レイスは許されるのならば罵りたかった。


 もしかして、自分を誘惑しようとしているのか。


「……っ正聖女様。申し訳ありませんが、男の私が女性の足を看ることは憚られます。すぐにメイドを呼んで参りますので――」

「あっ! 痛っ――! お願いします、騎士様早く……熱を持ってきたようで……っ」


 分かっている。これは嘘だ。

 息を浅くして、わざとらしいまでに潤んだ瞳で見上げてくるマリア。彼女のどこが気高き聖女なのだろうか。

 痛いと訴えている足首は、まったく腫れても赤くもなっていない。


(これが、妃殿下ならば……)


 彼女ならば、まずヒールが折れた程度では助けを呼ばない。

 平然としてヒールを脱ぎ捨て自分の足で歩く。足首を捻っていようと、痛いなどと決して言わないし、悟られないよう振る舞うに違いない。


(この国の王は愚か者だ。どちらが国にとって重要で、愛すべき価値のある女性か一目瞭然だというのに。もしかして、国王はこんな娼婦のまねごとで、籠絡されたんじゃあるまいな)


 彼の護衛兵としてここひと月行動を共にしたが、恐ろしいことに否定できないものがあった。


「騎士様……っ」


 掠れた熱っぽい声で呼ばれ、途端に頭が冷えた。スッと血が引くと一緒に、微かに抱いていた、女性への気遣いという部分までどこかへと引いていく。

 軽蔑の眼差してマリアを見下ろすレイス。


「分かりました」


 言うが早いか、レイスはマリアに覆い被さるように抱きついた。

 マリアが「きゃっ」と期待に満ちた声を漏らす。が、次の瞬間、レイスはマリアの腰を持ち上げ、肩の上に抱き合げていた。女性に対する抱き方にしては、かなり雑な持ち方である。

 予想外のことにマリアはレイスの肩の上でぎゃあぎゃあと暴れるが、レイスは気にもとめず部屋を出た。

 そのまま周囲を見回し、メイドを見つけると彼女の隣にマリアを下ろした。


「失礼、メイド殿。正聖女様が足首を怪我されたそうだ、手当を頼む」


 言うだけ言うと、驚きで言葉を失っているメイドと、目を白黒させているマリアを置いて、レイスは来た道を戻る。


「ああ、でも……しっかりと自分の足で立てているし、手当は不要かもしれないな」


 メイドに言うふりをして、レイスはしっかりとマリアに毒を残していった。


「聖女が欲しいといっても、あれだけはごめんだな」


 うんざりした溜息を吐きながらレイスは離宮を出て行く。

 その様子を、建物の陰からルーベントが無表情で見ていた。



 

        ◆




 カーシアン子爵にもらったメモに記してある場所で、リナフィアは馬車を降りた。


「んーっ、やっぱり長旅はお尻が痛いわね」

「フィア様、お言葉は慎まれてください」

「いいじゃない、少しくらい。ここは王都じゃないし、私はちょっと商売ごとに長けているただのフィアだし」

「それは『ただの』とは言いませんよ」


 目の前には赤煉瓦造りの、質実剛健といった建物がドンと構えている。


「さて、それじゃあ、マリアの鎧をひとつずつ剥ぎ取っていきましょうか」

「お供します、フィア様」


 ミレーネを隣に置き、リナフィアは『ウォーカス商会』の扉を叩いた。



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