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悪女はあなたの破滅が見たいだけ〜死に戻り王妃は、夫と愛人聖女に最高の離婚をプレゼントする〜  作者: 巻村 螢


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喧嘩の仕方を教えてあげる

 今夜は王宮で舞踏会が開かれている。正餐会と違い、参加は自由であり雰囲気も幾分か和やかなものである。


(正餐会でのような失態は、二度と繰り返さないわ)


 夫に置いていかれた王妃。そのようなマイナスの印象は、払拭しなければならない。ベルハイク伯爵がこちらについてくれたと言っても、軍閥以外の貴族の多くはまだ様子見なのだから。


「それにしても、ベルハイク夫人には申し訳ないです」

「お気になさいませんよう。むしろ妻が私に、王都に残って妃殿下の手足となるよう言ってきたのですから」

「領地の方は」

「妻が纏めてくれています。あれでも北部の王の妻ですから。か弱そうに見えて、案外きもは私よりも太いのですよ」

「良い伴侶を持たれましたね」


 自分と違って。

 ホールへの扉の前で、リナフィアは隣へ、ついと手を差し出す。


「では、心置きなくよろしくお願いできますね。ベルハイク伯爵」

「お任せください。妃殿下に決して恥はかかせません」


 リナフィアは、ルーベントではなく伯爵を伴ってホールへと入場した。




 当然、先にホールに入っていた貴族達はこれに驚いたのだが、しかし、前回の事と、今流れている『北部の王は王妃側についた』という噂によって、皆裏に秘められた意味を読み取った。

 王妃は正聖女派と全面対決する構えなのだと。

 すると、奥の方から人だかりを抜け近付いてくる灰色髪の令嬢がいた。彼女はリナフィアの前までくると、深々としたカーテシーをきめる。


「妃殿下にご挨拶申し上げます。そして伯爵様もご機嫌麗しく」

「あら、マーガレッタ嬢。ごきげんよう」


 マリアのお茶会で声を掛けた令嬢だ。顔を上げたマーガレッタの表情は、まるで恋する乙女のように高揚していた。


「再び妃殿下にお会いできて光栄です。あの、それで今日は父も来ていまして」

「まあ、カーシアン子爵が?」


 それはちょうど良い。子爵は輸入商を営んでおり、商人達との繋がりがあるはずだ。手を付けようとしていた計画で、とある商人とどうやって繋がるか模索していたところだった。


「マーガレッタ嬢、ぜひ子爵にご挨拶させてくれないかしら?」

「そ、そんな妃殿下の方からなんて! むしろ、父から是非ともご挨拶させていただきます! い、今すぐに連れてきますので少々お待ちを」

「ああ、そんなに慌てないで大丈夫よ」


 言うが早いか、マーガレッタは即座に反転し子爵を呼びに駆けていってしまった。


「ふふ、可愛らしい子ですね」


 マーガレッタを目で追いながら、隣の伯爵に同意を求める。


「まったくです。しかし……カーシアン子爵ですか」


 なるほど、と伯爵はリナフィアを横目に捉えると、ニイと口端を上げた。


「今度は中立派ではなく、正聖女派の牙城を崩しに行くおつもりですか。マルヤム伯爵領には、確か大きな商会の本部がありましたな……カーシアン子爵の商会とも繋がりがありそうな」


 マルヤム伯爵は、正聖女派筆頭であるバルバリード公爵の腰巾着だ。そして、教会の地下で、自分の死に様を半笑いで見つめていた者のひとりだ。


「伯爵は武芸に長けているだけでなく、政治にも良い勘をお持ちのようですね」

「妃殿下にお褒めいただけ光栄です――が、勘が鋭くなったわけではなく、以前見せていただいた地図で、マルヤム伯爵領に印が付けてあったからですよ」

「記憶力もいいんですね」


 謙遜する伯爵をそれでも褒めれば。彼は噴き出して「恐れ入ります」と頭を下げた。

 騎士のように胸に手を当て腰を折る伯爵は、顔に似合わず茶目っ気がある人なのだと、最近分かったことのひとつだ。


「ああ、それで伯爵。ひとつ提案なんですが――」


 すると突然、リナフィアと伯爵の会話を阻むように、ざわり、とホールの空気が張り詰めた。

 入り口へと目を向ければ、やはりルーベントに手を引かれたマリアが入場してくるところだった。

 ホールにいた誰もがマリアをみて驚きに目を瞬かせている。それはリナフィアも例外ではなかった。


「皆様、ごきげんよう」


 朗らかに挨拶するマリアの声でホールは我に返り、あちらこちらで慌てて挨拶の声が上がる。

 すると、リナフィアに気付いたマリアが、ひとりで駆けてくるではないか。


「まあ、リナフィア様。先にいらしたんですね、ごきげんよう」


 リナフィアが驚いていたのは、ルーベントと手を取って現れたから――では、当然ない。


「ごきげんよう、マリア様」


 どよめいていたホールの空気が一瞬で張り詰め、静かになる。


「リナフィア様のお姿は今日も美しいですぅ。その派手で豪華なドレス、とっても似合ってますよ」

「お褒めいただき光栄です。マリア様は……今日はいつもと趣が違いますね?」


 リナフィアや他の者達が驚いていたのは、マリアの格好がいつもよりも格段に地味だったからだ。いつも大きく膨らんだスカートに、リボンや宝石がちりばめられた、贅の限りを尽くしたと言えるドレスを纏っているというのに、突然の変化に誰もが首を捻っていた。


「やだぁ、地味だって言ってくださっていいんですよ。最近あたし、街で民の治療をしてるんです。リナフィア様が仰ったとおり、早く神力の使い方にも慣れないとって」


 必要以上にリナフィアに身体を近づけようとするマリア。おかげで、リナフィアのいつもとかわらないドレスはより華美に、マリアの地味なドレスはより質素に見える。


「だから、リナフィア様のようなドレスだと動きづらくて……いつでも民を救いに行けるように、最近はこのような動きやすいドレスばかりで……」


(なるほど、それが言いたかったわけね)


 衆目がある中で、自分は王妃よりも民に寄り添っているとアピールしたかったのだろう。事実、周囲で「さすが」や「聖女の鏡」だのという感嘆の声が上がり始めていた。


「そうですか。神力がいざという時、使えないでは困りますからね。良い事だと思いますよ」


 本当は、マリアのやっていることは決して褒められたことではない。しかしそれは、同じ神力を持つリナフィアにしかわからぬこと。

 恐らく今回の民への施しも誰かの入れ知恵だ。


(ユビウス卿あたりかしらね)


 神力の感覚を知らぬ者の、一方的で自分本位な策略に安易にのったマリアは、きっとこの先、その問題に直面するだろう。しかし、それをここで説いても、どうせ彼女は『民に好かれることを恐れて、意地悪を言っている』としか思わないに違いない。


(それに私が彼女を助けてやる義理なんか、爪の先もないもの)


 そう思いながらも、顔は笑みを絶やさない。

 するとマリアは、今度はリナフィアの隣にいたベルハイク伯爵へと顔を向けた。


「ベルハイク伯爵様、視察の時は申し訳ありませんでした」


 これには驚いた。まさか自分の失態をここで蒸し返すとは。

 マリアは肩を縮こまらせ、申し訳なさそうに表情を暗くする。


「あたし、夫人を助けようとしていたんですが、初めてあんなにいっぱいの血を見て混乱しちゃって……そんな私が神力を使って何か間違いが起きたら大変だと思い、悔しくてもお医者様に任せようと思ったんです」

「お気になさらず、正聖女様」

「でも、リナフィア様は、そんなあたしがお気に召さなかったようですね。神力を使ったことがなくとも、ご自分と同じようにできなかったから、あのようにあたしを突き飛ばされたんですよね」


(っこの女!)


 わざと声を大きくして、嘆くようにわっと顔を覆ったマリアの言葉に、周囲がざわめき出す。皆が注目して静かだった分、マリアの声はよく響いただろう。


「突き飛ばした?」

「え、妃殿下が正聖女様を……!?」

「正聖女様は異世界からの方。異世界では神力などなかったと仰ってたし、使い方に戸惑っても仕方ないことだわ。それを……」

「自分より幼い娘に……いくら陛下を取られたからって」


 ひそひそと聞こえてくる貴族達の雑言。


(どこまででも狡猾だこと。さすがは全員を最後まで騙しきった女だわ。油断ならないわね)


 ここでリナフィアが何か反論しようと、それは全て周囲には言い訳にしか聞こえない。王妃として、復讐者として、そのようなみっともない姿を見せることなど、リナフィアにはできなかった。

 しかし、黙ったままではこの会話は終わらない。

 癪ではあるが、ここは適当に謝って場を流すしかない、そう思いあぐねていた時だった。


「それは申し訳ありませんでした。我が屋敷で起こった不徳ですので、私からお詫び申し上げます」


 まさか、伯爵が腰を折ったのだ。


「え、いえ、あの、伯爵様の責任じゃあ……」

「いいえ、当時の様子を侍女達から聞きましたところ、妃殿下は妻の命が尽きようとしていたのを見て、一刻も早く神力をと駆け寄ってきてくださった模様。きっとその際に、マリア様とぶつかってしまっただけでしょう。きっと、妃殿下に悪気はなかったのですよ。ね、妃殿下?」


 呆気にとられているリナフィアに、伯爵が落とし所だとばかりに話を振ってくれた。彼を味方にして本当に良かったと思う。


「ええ、そうですね。申し訳なかったです、マリア様。今後は私も気をつけますね」


 マリアは悔しそうに、しかし表情だけは笑顔を維持して「いえ」とのみ返答していた。




 伯爵のおかげで、一度は険悪になりかけたホールの雰囲気が幾分かマシになった。マリアもあれ以上は何も言えず、ルーベントを見つけて去っていった。


「助かりました、伯爵。ありがとうございます」

「いえいえ、私は本当のことを言ったまでですから」


(本当、彼を味方にできたことは、軍閥貴族を引っ張り込めたこと以上に大きいわ)


「それに、今日は私が妃殿下のエスコート役ですからね。愛しき婦人を守るのも紳士の役目というものですよ」


「まあっ」とリナフィアは、彼の楽しい冗談に笑った。先ほどまでマリアのせいで憂鬱だった気持ちも、あっという間に晴れていく。

 すると、控えめに「妃殿下」と声が掛かる。

 見れば、むっくりとした男性の手を引いたマーガレッタだ。


「お待たせしました、妃殿下。父です」


 リナフィアの脳裏に領地図が浮かぶ。


「ああ、お待ちしていました、カーシアン子爵。是非、お話ししたいことがあるんです」


(マリア。喧嘩はね、こうやってするものよ)

 


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