男の正体
ミレーネと合流したリナフィアは、再び街を歩いていた。
「さすが大教会。いつみても綺麗ですね。どこもかしこも芸術の世界でしたよ」
どうやら待っている間に、いろいろと歩いて回ったようだ。
「確かに綺麗だったわね。式典以外ではあまり行かないからそんなに気にしなかったけど、随分と美術品にも凝っていたし。それに、大司教の装身具も……」
「あ、そう言えばフィア様をお待ちしているときに、司祭様達の話を聞いたのですが、どうやら東のベドワーリ州に新たな教会を建てるそうですよ」
「あら、本当? つい最近も北に新たな教会を建てたところなのに……」
たちまちリナフィアは難しい顔になり思案する。少し、教会も調べる必要がありそうだ。
「フィア様、そんな難しい顔をされてますと、街で浮いてしまいますよ」
こそっと注意してくるミレーネが面白く、思わずフッとリナフィアの表情も柔らかくなる。
「それもそうね。せっかく街に出たんだし、お茶でもして帰りましょうか。おすすめの喫茶店などあるかしら?」
「お任せください! 新しくできた評判の喫茶店がございます」
そうして二人で何を食べようかなど談笑していれば、目の前を見た顔の男が通り過ぎていく。
「え、レイス卿?」
思わずリナフィアが名を呼べば、男は足を止め振り返り、帽子の下の顔がリナフィアだと認めると、目を大きく見開いてみるみる驚きの表情になった。
「妃殿――っんぐ!」
「こんなところで名前を呼んでは駄目よ」
リナフィアは飛びつくようにして、レイスの口を人差し指で塞ぐ。
「今日の私はただの『フィア』なの。いい?」
レイスは唇に当てられた彼女の手を掴み離すと、「分かりました」と呆れ半分の溜息をつく。
「では、フィア様。こんな場所で護衛もつけず何をされているのですか」
「ミレーネと教会へお祈りに行った帰りよ。お茶でもして帰ろうかと」
「フィア様、失礼ですがこちらの男性はどなた様でしょうか?」
リナフィアを守るように、ツイと彼女とレイスとの間にミレーネが入る。
「警戒させて申し訳ありません。近衛師団に勤めますレイスと申します。以前、手の傷を妃殿下のハンカチで手当してもらった者です」
警戒に猫のように雰囲気を逆立てていたミレーネだったが、レイスの説明を聞くやいなや、「ああ」と手を打った。
「失礼いたしました、あの時の近衛兵の方でしたか。随分と雰囲気が違うので分かりませんでした」
「確かに。随分といつもと趣が違うみたいだけど、レイス卿はどちらへ?」
レイスの全身を、リナフィアは上から下まで視線を二往復させた。いつものかっちりとした騎士服ではなく、パンツとシャツに編み上げのブーツといった、どこにでもいそうな平民の出で立ちだった。ただ、顔貌が整っているからか、それとも滲み出る気品のせいか、シンプルな服装でも充分に貴族に見える。
「非番です。実は、私も人と会う約束がありまして」
「まあ、ごめんなさい。引き留めてしまったわね」
「お気になさらず……それと」
腰をかがめ、レイスの顔がリナフィアにぐっと近付く。
「どうか、あまりうろうろされず王宮へとお戻りください。フィア様」
息遣いまで感じる距離の近さに、抱き締められたときのことを思い出してしまい、リナフィアはフイと視線を逸らした。無性に頬が熱い。
「――っ分かったわ」
レイスが彼女の後ろにいたミレーネにアイコンタクトを送れば、ミレーネも任せろとばかりに強く頷いた。
雑踏の中に姿をくらませていったレイスを見送り、ミレーネがぼそりと呟く。
「なんだか、少し親しげではありませんでしたか? フィア様とレイス様」
「夫の護衛兵をしているから、時々会う機会があったのよ」
「へえ」と、どうにも釈然としない声を漏らすミレーネ。
「何よ……別にそれだけよ」
「へえ」と、今度はニヤついた声を出したため、ミレーネのお茶はとびきり渋いのにしてやった。
◆
大通りから外れた路地裏にある居酒屋。退廃的な雰囲気漂うそこに、レイスは躊躇わずに入る。
「遅かったですね」
レイスの姿を認めた男が、眼鏡をクイッと指で押しあげながら声を掛けた。
「そこで知り合いに会ってな、ちょっと立ち話を」
店の一番端に座っていた男に気付くと、レイスも同じ卓につく。
「へえ、この国で立ち話するほどの知り合いができたのですか」
「突っかかった言い方だな、シュラウ卿」
暗い緑色の髪を三つ編みし、肩に流している目の前の男――シュラウには上品さがあり、居酒屋の雰囲気からは浮いている。本人も自覚があるのだろう。店の中だというのにローブを纏ったままだ。
「あなたの心配をしているだけです。あまり思い入れは作らないことですよ。どうせこの国は、我がノーディレイ王国が滅ぼすんですから」
レイスは、「分かっているさ」と、煩いとばかりにシュラウに目を細めた。
「ならば良いのですよ、レイス殿下」




