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悪女はあなたの破滅が見たいだけ  作者: 巻村 螢


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夜の訪問者

 正餐会も終わり、諸侯達のおおよその立場は把握できた。

 今、貴族達は『王妃派』『正聖女派』『中立派』の三つに分かれている状況である。


 既にミレーネは下がらせ、夜着を纏ったリナフィアはソファに深く座り、一人晩酌しながら物思いにふけっていた。


「どこから切り崩そうかしら」


 反対派の顔ぶれを見る限り、バルバリード公爵を筆頭に、現在王国内での力が弱い貴族や、爵位が低く元々権力というものから遠かった貴族が多かった。


 バルバリード公爵の周りには、僅かな希望に目を輝かせた貴族達が群がっていた。キラキラというよりもギラギラしていて、涎を垂らした野犬のようで実に下品だった。


「バルバリード公爵ねえ……」


 公爵家というだけあって、その血の元を辿れば皇族へと繋がる。王都近くに領地を持ち、かつては国王の補佐役として絶大な権力を誇っていた一族だ。


 しかし、それも数代前まで。

 後継者が複数いれば必ず発生する権力闘争。数代前におこった後継者を巡る兄弟間闘争で、バルバリード公爵家が推した方が負けた結果、権力の外へと追いやられ今に至る。今回のことで宮廷に返り咲こうと画策しているのが、手に取るように分かった。


「恐らく、ルーベントとも既に手を組んでいるはず」


 マリアを推してくれる貴族の後ろ盾がほしいルーベントと、権力がほしいバルバリード公爵は見事なほど相性が良い。


「今のうちに叩いてしまいたいけれど理由がないし、集まった他の貴族達も……だけど、『権力』に誘われてのった口なら、マリアが劣勢になればこちらに流れてくるはずだわ。叩くのは、ある程度勢力をそぎ落してからでも遅くはないわ」


 貴族が薄情なことは、前回のことで身に染みて分かっている。

 金と権力で動く者は、それ以上の同じ物をちらつかせればまた動く。


「とすれば、やっぱり先に手を付けるべきは中立派よね」


 中立派は、主に軍閥貴族で占められている。それというのも、彼ら特有の精神に起因するところが大きい。


 元々、軍閥貴族達は政治に関わるのを嫌がる。

 時として権力をも凌駕する力をもつ彼らが政治に介入するとなると、宮廷貴族達は危機感を抱き、中央からの排除、そして真っ先に彼らの武力を削ぎにかかるだろう。そうなれば、その貴族は貴族界隈から追放されたも同じこと。


 それが分かっているから、軍閥貴族は権力――特に王宮へは近づきたがらない。皆領地に引きこもって、与えられた役目を全うしている。


「一言で言うと、堅物が多いのよね」


 そして軍閥貴族の中でも、一目置かれている貴族がいる。


『ゴート・ベルハイク伯爵』――ノーディレイ王国と接する境界線を領地に持ち、幾度となく彼の国の侵攻を撃退してきた辺境伯だ。


 国境線を持つ北部一帯をとりまとめる実質的北部の長であり、その用兵戦術の巧みさから、彼を崇敬する軍閥貴族は多いと聞く。


 北部の王と呼ばれ、慕う者も多いが、中央は彼を要注意人物とは見なしていない。それも全ては、これまで彼が一切政治に口を出さなかったからだ。


 国境線の小競り合いについて陳情書を送ってくるとことはあっても、口に出して政権批判をすることはない。ただ黙々として役目を果たすのみ。

 以前、中央貴族の誰かが彼のことを『首輪のついた獰猛な番犬』と言っては笑っていたが、はたしてその評価は正しいのか。


「本当に首輪なんかついているのかしら」


 先日の正餐会だけでなく、祝福祭にすら代理人を立て、姿を見せなかったベルハイク伯爵。


「確か、『近頃またノーディレイが煩く、今領地を離れるこはできない』って手紙が来てたのよね。最後に会ったのはルーベントとの結婚式だから……少なくとも四年は中央に出てきてないことになるわ」


 確かに国境線が騒がしい時に、お祝いだの食事だのしていられないだろう。


「議会はどうなのかしら? そちらにも代理を立てているのかしら。私は議会には出られないし、そういったものの報告はこちらにないのが困るわ」


 書類だけは遠慮無く流れてくるというのに。

 執務室に積まれた書類を思い起こせば、リナフィアの頭は痛みを訴えた。


「あ、そういえば確か次の国王視察先って、ベルハイク伯爵領じゃなかったかしら」


 痛みと一緒に、前回の記憶が掘り起こされる。


「前回は書類処理で忙しすぎて、私は同行できなかったのよね。それで、ルーベント一人で行くことになって……」


 リナフィアはギリと下唇を噛んだ。

 前回と同じように運べば、その視察で、ベルハイク伯爵夫人は死ぬ運命だった。

 国境線ではいざこざがまだ続いており、ちょうど運悪く視察の時に、ノーディレイ王国側が攻めてきたのだ。そして混戦になる中、伯爵夫人は割れた窓ガラスの破片が腹部に刺さって亡くなる。


「あの時……私があの場にいれば……っ」


 辺境伯領からの早馬が、伯爵夫人が大けがを負ったという報せを、王宮にいたリナフィアの元へと持ってきた。『伯爵夫人は大切な人だ。神力でなんとか回復させてほしい』とのことだった。


 すぐにリナフィアはベルハイク伯爵領へと向かった。

 しかし、いくら馬を乗り継ぎ最速で向かっても、やはり中央から国土の端にある場所までは少なくない時間がかかる。リナフィアが到着したときには、伯爵夫人は息を引き取った後だった。


『聖女としての役目を果たせないとは、なんたる無能だ!』


 そう罵ったのは、亡くなった妻の夫ではなく、リナフィアの夫だった。

 一番早い騎士団の軍馬で、騎士団の者に手綱をとってもらい、慣れない騎馬で一睡もせずに駆けてきた妻に、夫が最初にかけた言葉がそれだった。


『やはり、この国に必要なのはリナフィアではなく、マリアだとよく分かったよ』とまで。


 そのマリアは、駆けつけさえしていないというのに。

 そこでリナフィアは小さな違和感に気付く。


「ちょっと待って……神力ならマリアも持ってるわよね。だったら、どうしてマリアじゃなく私に報せを寄越したのかしら?」


 リナフィアという単語より、マリアと呼ぶことの方が多かったはずだ。

 彼が頼るのなら、借りを作ってしまう恐れのある自分よりもマリアだろう。


「もしかして……嵌められた……?」


 リナフィアの中で、一つの確信が生まれた。


「そうよ! 私が何かしようってなら、いつもすぐに近寄ってきてたマリアが、あの時は大人しく離宮に引きこもったままだったもの!」


 早馬が届けた報せは、リナフィア宛てだけではなかったということか。

 ルーベントはきっと、伯爵夫人の容態を見て、間に合わないと察していたのだろう。しかし、何もできないからと手をこまねいていては、伯爵からの心証は悪くなる。

 伯爵夫人を助けられなければリナフィアのせい。万が一助けることができても、それはリナフィアを手配したルーベントのおかげ。


「……っはは、私はここまで……っ、ここまで馬鹿にされていたのね」


 過去の自分はそこまで考えが及ばなかった。

 いや、考えすらなかった。


「馬鹿な私……どんなに頑張ったって……誰も助けてくれなかったじゃない」


 だから今回は、利用できるものは全て利用して、自分で自分を救ってやると決めたのだから。


「とりあえず、今回は何がなんでも視察には同行しなきゃ。伯爵夫人の死を阻止することが第一ね」


 伯爵は夫人の死は仕方ないことだと言ってリナフィアを責めはしなかったが、だからといって味方になるようなこともなかった。

 しかし、今回ははっきりと味方に引き入れなければならない。


「あぁ、ルーベントに伝えに行かなきゃいけないなんて、なんて拷問かしら」


 彼の執務室に行かなければならないことを考えると、気が滅入ってくる。きっとマリアもその場にいるだろうし、面倒臭いことこの上ない。


「いっそのこと、伝書鳩で全て済ませられたらいいのに……」


 いや、文字でマリアマリアと連呼されても、それはそれで腹が立つ。というより、ルーベントからの手紙を待つなど、そんな恋い焦がれた少女のような真似はしたくない。

 自分の無駄な妄想を手で払い、リナフィアはソファから腰を上げた。


「いい加減寝ましょ。夜更かしして風邪でもひいたら堪ったものじゃないわ。寝込んでる時間なんてないんだもの」


 不意に『お風邪を召しますよ』という声が耳の奥で蘇った。


「ミレーネ以外で、私を心配してくれる人がいるだなんて」


 入り口近くの棚の上。そこにちょこんと置かれた薄水色のハンカチ。


「……私に取り入ろうってつもりかしら」


 ふっ、とリナフィアは自分の考えに自嘲した。


「そんなはずないわね。今の私に取り入ったところで、恩恵なんてないんだし。本当にハンカチを返しに来てくれただけね」


 しかし、ハンカチを返しに来てくれたはずなのに、新たに別のハンカチを貸すとは面白い者だ。おかげでリナフィアのハンカチはレイスが、レイスのハンカチはリナフィアがというよく分からない状態になってしまった。


「変なの」


 自然と漏れ出た笑みに肩を揺らしていると、突如、入り口の扉を叩く硬い音が響いた。


「――っ!!」


 リナフィアは、素早く羽織っていたショールを胸の前でたぐり寄せ身構える。

 こんな時間に誰だというのか。


 入室の可否を口にすることも忘れ、ただただ扉を凝視していれば、扉はリナフィアの許しもなく勝手にギィと開いた。

 ただでさえ驚愕すべき状況なのに、リナフィアは現れた者の姿を目にして、さらに驚くこととなった。


「――ッル、ルーベント様!?」


 部屋へと入ってきたのは、夫であるルーベントであった。




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