かいき水族館
やってきた、やってきた。
今年も街に移動水族館がやってきた。
涼し気な水族館は、夏の観光にピッタリ。
ここ、かいき水族館は、家族連れやカップルで賑わっていた。
かいき水族館、通称、回帰水族館は、
自然そのものとリサイクルをテーマにしている。
まず固定した建物を持たない、移動水族館。
その場その場で移動できるように、サーカスのテントのようになっている。
そして、人間が捨てたゴミは、海に回帰して海の生き物を殺したりする。
それを少しでも減らそうと、かいき水族館では、
人間の捨てたゴミで傷ついた生き物を保護して治療したり、
ペットとして人間に飼われ捨てられた魚などを展示したりしている。
「わぁ、きれいなお魚。」
「あれは熱帯魚だね。
きれいだから飼う人も多いけど、捨てられることもある。」
「まあ、そんなことをする人が?
熱帯魚が普通の水じゃ生きていけないでしょう?」
「そう。だからあの熱帯魚も、捨てられていたものを、
この回帰水族館が救助して世話しているんだそうだよ。」
かいき水族館は、水生生物保護のための寄付も募っている。
魚などを見た人達は、保護を願って小銭を寄付するのだった。
このかいき水族館には、水生生物の展示の他に、
目玉と言える出し物がある。
その名も、水のショー。
かいき水族館の中心に据えられた大きな水槽に、
次々に色が付けられていく。
その色の元を当てる、というものだ。
普段は薄暗いかいき水族館、
そこでの色による演出は雰囲気もよく、
デートコースとしてもよく使われる。
今日もこれから、水のショーが行われようとしていた。
館内放送で、ピエロのような男の愉快な声が聞こえる。
「さぁて、みなさん、お立ち会い。
これから、このかいき水族館の名物、
水のショーがはじまるよぉ!
どうぞみなさん、中央の大水槽にご注目!」
すると、かいき水族館に来ていた人達は皆、
中央にある大きな水槽の周りに集まった。
チャポン・・・。と何かが投げ込まれる。
すると、大きな水槽の中が、モクモクと黒く濁っていった。
館内放送の男が尋ねる。
「さぁて、みなさん。この黒い色の水は、何が元かな?」
問われて答える者はいない。
黒い色の元など、思いつく限りたくさんある。
インク、油、墨、などなど。
そこで小さな男の子が、手を挙げて元気に答えた。
「わかった!イカスミだ!
イカスミのスパゲティを食べたことあるもん!」
男の子はきっと、親にイカスミスパゲティを食べさせてもらったのだろう。
にこにこ笑顔で、大きな声ではっきりと答えを言った。
そしてそれに館内放送の男が答える。
「イカスミ、正解!正解したいい子には、プレゼントだよ。」
スタッフが男の子に飴玉らしきものを渡していた。
周囲の大人達も感心している。
「なるほど、イカスミをすぐに思いつくとは、賢い子だ。」
「あのモクモクした煙のような黒色は、イカスミの特徴ですものね。」
男の子は正解を答えて、満足そうに笑顔になっていた。
その笑顔は、館内の人達にも伝わっていって、
かいき水族館は和やかな雰囲気に包まれていた。
館内放送が聞こえる。
「さぁて、つぎの問題だよ。この色は何の色かな?」
大きな水槽に何かが注がれていく。
すると、水槽はピンク色に染まっていった。
「ピンク色の水、なんだろう?」
「もちろん、インクじゃないよなぁ。」
「魚肉ソーセージのすり身とか?」
「何かの果汁じゃないかな?」
今度は誰も正答にたどり着けない。
すると館内放送の声が答え合わせをした。
「残念、正解は無し!正解は、カバの汗だよ!」
すると、ポンと手を打つ人がチラホラと見られた。
「そうか!カバの汗か!」
「カバの汗はピンク色をしているんだってね。
あんなにいっぱい汗をかくほどなんだ。
カバにとっても今は暑い時期なんだろうね。」
「ふぅん、そうなんだ。」
親子連れが子供に答えを聞かせてやっている。
館内放送が言う。
「正解者無し。マイナスポイント1だよぉ。」
その放送をまともに聞いていた人は少数だった。
その後も水のショーは続けられた。
大きな水槽にたくさんの青いウミウシが投入されたり、
大量の黄色の熱帯魚が泳ぎ回ったり、
水のショーは水の色を変えるだけではない。
水のショーは水槽に魚や生き物が投入され、
水槽の色を変えるごとに観客から歓声が上がった。
それは良いのだが。
「正解者無し。マイナスポイント4だよぉ。」
たまに館内放送が意味のわからないことを言うので、
かいき水族館に来ていた人々は不思議に思っていた。
しかしすぐに次の出し物が出てくるので、深く考える人はいなかった。
今までは。
しかし、次の水のショーは違った。
「さぁて、次の水のショーだよぉ!
今度はちょっと趣向を変えてみようか。」
館内放送の後に、大きな水槽に何かが放り込まれた。
それは小ぶりなサメだった。
そしてそこに、更に何かが投げ込まれた。
必死にサメから逃げようと、上に上がろうとしては棒で突かれて落とされる。
水のショーとして大きな水槽に入れられたのは、サメと人間だった。
人間は若い男のようで、息も続かず暴れまわっている。
そこにサメが、大きな口を開けて襲いかかる。
鋭い牙が、若い男の腕を食い千切った。
血で水槽が赤く染まっていく。
そこから先は誰も見ていられなかった。
水槽の中の若い男は溺死寸前、そこにサメに襲いかかられたのだから堪らない。
若い男はサメの大きな口に食い千切られ、食べられてしまった。
後に残ったのは、生々しい血の赤色だった。
「さぁて、この色は何の色かなぁ?」
館内放送に、誰も答えることができない。
怒りや恐怖に満ちた声が上がった。
「こんな、こんなことをするなんて。」
「ショーの限度を超えている!」
すると、館内放送は少し怒ったような声になった。
「あれぇ?おかしいねぇ。
みんなだって、海や川の魚を食べるよねぇ?
じゃあ逆に、海や川の魚が人間を食べるのも、おかしくないんじゃない?」
館内放送の男の声の指摘に、誰も答えることができない。
さっき見た殺人ショーの衝撃に、言葉が出ない。
人間が食物連鎖の頂点にいないなどありえない。
そんな考え方をする人がいることが恐ろしい。
このかいき水族館は、来てはいけない場所だったのでは。
大きな水槽を見ていた人達は、そんなことを考え始めていた。
すると、館内放送はダメ押しするように言った。
「正解者無し。マイナスポイント1。
これでマイナスポイント5だね。
マイナスポイント5になったら、特別ショーが始まるよ!
みんなお楽しみに!」
この時点でもう逃げようとした人はまだ賢明だった。
しかし、既に水族館の扉に鍵がかけられていることを知っただけだった。
かいき水族館。家族で楽しめる、海や川にやさしい水族館。
そのはずが、行われていた水のショーは、殺人ショーだった。
人々はかいき水族館から逃げ出そうと、扉に殺到した。
「駄目だ!こっちの扉は鍵がかかってる!」
「壊せないのか!?」
「無理だ!あっちの扉は?」
「あっちも鍵がかかってる。」
「つまり、閉じ込められた?」
かいき水族館に来ていた人々の背中が、サァーっと冷たくなる。
館内放送がそれに追い打ちをかけた。
「さあ、特別な水のショーのはじまりだよぉ。」
水槽に、何かとてつもなく巨大な物が放り込まれた。
それはアシカにもオットセイにも見えるが、どこかが違う。
口には鋭いキバを備えた、凶悪な海獣だった。
「なんだあれは!?」
誰も見たことのない海獣は、水槽に激しく体当りした。
ドン!ドン!
二度三度と体当たりする毎に、水槽に亀裂が入っていく。
そしてやがて、ガシャーン!と水槽が割れて、水が溢れてきた。
水圧でガラスの穴はあっという間に広がった。
そして、その大きな穴から、海獣が這い出てくるところだった。
人々は逃げ惑った。水から、海獣から。
しかし水は水槽から出て膝丈ほどはあって、身動きが取れない。
そこに海獣が襲いかかる。
オットセイのように身体を跳ねさせて、大きなキバで噛みつく。
跳ねる体に当たった人は、小枝のようにふっ飛ばされた。
噛みつかれた人は、ひとたまりもなく身体を食い千切られて絶命した。
「キャー!」
次は悲鳴を上げた若い女が狙われた。
「誰か助けて!」
必死の懇願に、しかし誰も近付くこともできない。
相手は人間ではないのだ。
結局、誰も助けることができず、若い女は海獣の餌にされた。
こうして密室となった、かいき水族館の中では、
水のショーという名の、海獣への餌やりが行われていた。
餌やりに成功する度に起こるのは、歓声ではなく悲鳴。
流れるのは感動の涙ではなく血。
餌になるのは小魚ではなく・・・人間だった。
このかいき水族館では、人間は食物連鎖の頂点ではなかった。
海を大切にすること、それは即ち、人間が頂点ではなくなることだった。
当然のように、かいき水族館のスタッフは誰も止めない。
それどころか、館内放送の男は言う。
「僕達、かいき水族館はねぇ、海への回帰を大事にしてるんだ。
ゴミも水も何もかも、最後は海に還る。
そこには海を汚した人間の居場所はない。
海は人間のものではないんだ。
人間が頂点でいられるのは、一部の場所でだけ。
それを僕達かいき水族館は知ってもらいたかったんだ。
水のショーでは、ペナルティポイントが5になったら、
この特別な水のショーをやることになってるんだ。
普段は中々ポイントが溜まらないから、今日来た人達はラッキーだね!
海獣の餌になって、海に還れるよ。」
海獣が最後の餌にむしゃぶりつく。
もう館内放送を聞いている人はいなかった。
こうして、かいき水族館の特別な水のショーは終わった。
特別な水のショーを見た人は誰一人戻らず。
行方不明者を探しに来た人達は、
かいき水族館を見つけることすらできなかった。
その頃には、かいき水族館のテントは既に撤収されていたから。
噂によると、かいき水族館のテントは、今でもたまに現れるという。
その都度、何も知らない人達はかいき水族館の水のショーを楽しんでいた。
海や川を大切にする、かいき水族館、回帰水族館。
その本当の名前に気がついた人は、既に海獣の腹の中だった。
終わり。
何がかいきなのか、かいき水族館の話でした。
海の掃除もやり過ぎれば人間の生活を壊しかねません。
人間が一番ではないという考え方は恐ろしい。
外国の独裁者は民衆を飢えさせて、
一方で自分のペットには豪勢な食事をさせていたり、
それに通じる考え方だと思います。
さすがに人間を動物の餌にする人はいないと思いますが。
お読み頂きありがとうございました。