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それぞれの想い

 数日たって、俺の傷はほとんど治った。体の痛みもほとんどなくケガする前と同じように動けそうであった。


 ミシェルさんとロドリグさんと会うことがすべてだった。といっても二人とも食事と着替えやらなんやらを運んでくるだけで会話らしい会話はほとんどなかったが。俺も忙しいし、話しかけられることを望んでいないだろうと思い、特に声もかけなかったが。 


 俺がベッドから立ち上がって軽く運動していると、ノックと共にミシェルさんが入ってくる。


「カーヒルさんの傷良くなったみたいですね、良かったです」

「ええ、今までありがとうございました。あのクリスティア様と話したいのですが可能ですか?」


 クリスティア様はあの日以来俺のもとには一度も来なかった。俺は傷が治ったのもあって、彼女に会って恩をどのように返せばいいのかを話したかった。ミシェルさんは俺をしばらく無言で見てくる。


「カーヒルさん、あなたはお嬢様のことをどう思っていますか?」

 

 彼女の問いは脈絡なく、その真意はまったく俺には察することができないものだった。だが、彼女の顔は真剣そのもので答えを言わないと話しが進まないような気がしたので答える。


「不思議な人だなと。ただ、少し質問の意図とはずれると思うが、俺は彼女に幸せになってほしい、決して俺のようにはなってほしくない、と思っています。なぜそう思うかはよくわからないんですが」


 ミシェルは俺の返答を聞いて、びっくりしたような顔を一度した後、下を向く。そして、


「この人ならお嬢様を…」


 小さな声で何かを言った。後半何を言っているのかはわからなかった。その後、ミシェルは何事もなかったかのように、顔をあげる。


「お嬢様の下へ案内します」


 彼女はそう言ってついてくるように促す。俺は「ありがとうございます」と感謝の言葉をのべ、彼女についていく。


 少しして、彼女はとある部屋の前で止まると、その扉をたたく。すぐにクリスティア様の入室を促す声が聞こえる。俺はミシェルさんと共に部屋に入る。クリスティア様は中に入ってきた俺を見て、少し驚いた顔をする。


「カーヒル、傷は治ったのですか?」

「ええ、もう問題ありません」

「そうですか、それは良かった」


 俺の返答を聞いて、彼女は笑顔を浮かべながらそう返した。俺はそのまま用件を告げる。まっすぐ彼女のことを見ながら。


「恩を返したいのです。クリスティア様」


 クリスティア様はそうですか、と一言、言うと椅子から立ち上がり、目の前に立つ。


「うちでしばらく雑用をお願いできますか?」

「構いませんが、それだけでよろしいのですか?」

「今はそれだけで十分です。いずれ頼みたいことがあります」


 彼女の返答を聞いて、俺は頷き、いずれ頼まれることがどのようなことであろうと全力でそれを行おうと思った。それが命を助けられたものとしての責務だと感じたから。それにこの人のために何かをしたいという感情が俺の中にはあった。復讐だけに生きていた俺になかった感情であった。空っぽな俺の感情に彼女への想いが少しずつたまっていくのを感じる。


「では、ミシェル。カーヒルに雑用を与えてください。ロドリグと決めるように、内容は任せます」

「わかりました、お嬢様」

「カーヒル、無理はしないでくださいね」


 クリスティア様の気遣う言葉。


「わかっています。できる限り精一杯働かせていただきます」


 俺がそう返すと、クリスティア様は笑顔で「お願いします」と言った。


「カーヒルさん、いきますよ。お嬢様失礼いたします」


 ミシェルはそう言って、俺を引き連れ部屋を出ていく。俺も失礼いたしますと言って部屋を出た。


 そして、彼女に連れられた先は薪割りを行う場所であった。


「とりあえず、薪割りをお願いします。いずれ私かロドリグさんが来ると思います、道具はあそこに」


 彼女は道具の位置を示しながらそう言うと、そそくさとどこかへと行く。俺への警戒心は若干なくなっているようだ。なぜだかわからないが。俺は任された雑用をしっかり行うことにする。


 薪割り。それは村でもよくやっていたことだ。父に言われたことを思い出す。『騎士になりたいなら、これくらいは片手でできるように』と言われた。明らかに嘘であったが、小さな頃の俺は真に受け必死に行っていた。


 騎士団に入ってからもよくやらされていた。訓練代わりにやるように言われてよくやらされた。ただ単に訓練に参加させないために。しょうもない嫌がらせであった。だが、そんな嫌がらせは日常茶飯事であった。それがこの王国の騎士団の平民への扱いであった。


 昔のことを思い出しながら、作業をただひたすらに行う。割るものが残り少なくなってしまったが、誰も来なかった。俺は忘れられているのか、と思いながらも作業を続行する。サボるわけにもいかなかった。ただ全部やってもいいのかと疑問に思いながらも。

 そう思い始めたころ、ロドリグさんが来た。ロドリグさんの顔は少し驚いたものであった。ロドリグさんは尋ねてくる。


「ここまでやったのか?」

「ええ、何か問題でもありますか?ロドリグさん」


 俺はついここまでやってしまったがやっぱりまずかったかと内心思う。だが、ロドリグさんは「いや、問題はない」とすぐに答えた。


「休みはなしか」

「多少はしました」


 まあ若干息を整えるくらいだが。騎士団時代に比べれば、全然軽いものであった。あの時は休みなしが普通だった。


「そうか、無理はするな。とりあえずよくやってくれた」


 ロドリグさんの気遣いと労いの言葉。騎士団時代には言われなかったものだ。短い言葉だが、十分だ。


 俺は新しい作業は何かを問う。俺はロドリグさんの返答を待ちながら新しい作業が何かと考えているところにミシェルと同じことを問うてくる。


「カーヒル、次の作業の前に一つだけ問う。お前はお嬢様のことをどう思っている?」


 二度目だな、と俺は小さくつぶやく。そして、俺はミシェルとロドリグさんどちらもがクリスティア様のことを思っているのだと考える。まあただ俺を警戒しているだけなのかもしれないが。俺はミシェルに言ったこととほとんど同じ言葉を返す。


「不思議な人であり、どこか脆さを感じます。そして、少し質問の意図とはずれると思っていますが、俺は彼女に幸せになってほしい、決して俺のようにはなってほしくない、と思っています。なぜそう思うかはわかりませんがね」


 ロドリグさんはそうか、と一言、言う。その表情は苦悶とうれしさが混ざり合っているようだった。なぜそんな表情をしたのかはわからない。だが、ロドリグさんは何か秘密の感情を抱えているのではないか、と考える。そして、それをきっと忘れてはいけない。ロドリグの抱える秘密の感情、それはきっとクリスティア様にかかわるとのことなのだろう。


 その後、様子を戻したロドリグさんは俺に新しい作業を教えるようについてくるように言う。そして、新しい作業場で作業を教えるとどこかへと行った。だが、俺のもとを離れる前に、小さな声で言った。


「お嬢様を頼む」


 俺は驚きながらも「任せてください」と答えた。ロドリグさんがなぜこのようなことを俺に言ったのかはわからない。だが、俺はこの言葉に従おうと思った。絶対に従わなければとも思った。なぜだかはわからなかったが。



 ロドリグはカーヒルと別れた後、自分はなぜあのようなことを言ってしまったのだろうかと思っていた。ロドリグは自分にはあのようなことを言える権利はないと思っていた。そう思っていたはずであった。

 ロドリグは自分の不用意な発言について考えていると、ミシェルに会う。


「ロドリグさん、どうしました?何か考え事でも?」

「いやなんでもない。カーヒルはどうかね?」


 ロドリグはミシェルにこのことを突っ込まれるわけにはいかないと思い、すぐに話をそらそうとする。


「思ったよりはいい人でした。それにお嬢様の幸せを本心で願っているようでした」


 まあでも信用はしませんが、とミシェルは付け足す。ロドリグはそうか、と言うとミシェルに問う。


「なあ、ミシェル。お嬢様の幸せとは何だろうな?」

「わかりません、ですが私は最後までお嬢様と共にいます。お嬢様を一人にはさせません、ロドリグさんよりも若いですし私。だから先に亡くなっても大丈夫ですよ」


 ミシェルは後半冗談を言うように言う。ロドリグは乾いた笑いをする。ミシェルは気分を害したのではと思ってロドリグに謝罪する。


「いいや、構わんさ。では失礼する」


 ロドリグがそう言うと、ミシェルも失礼します、と返してくる。そのまま別の場所へと彼らは向かった。ロドリグは向かう間に、小さな、本当に小さな声でつぶやく。


「お嬢様を一人にはさせない、か」


 ミシェルは別れてからロドリグのことを考えていた。自分と同じくクリスティア様に仕えるもの。だが、ロドリグはルートヴィッヒ侯爵、クリスティアの父の命令を受けてのものだとミシェルは知っている。


 だが、それと同じく、ミシェルは幼少期のクリスティアがロドリグになついていたのを知っている。破滅の魔女の生まれ変わりとわかる前から、クリスティアは屋敷にはあまり居場所はなかった。


 母親がクリスティアが生まれると同時に死んでしまい、ルートヴィッヒ侯爵はすぐに再婚した。侯爵が嫌っていた母親の子ども。それだけでも十分煙たがられていた。


 それでもクリスティアの母親に昔から仕えていた執事であるロドリグの態度は変わらなかった。クリスティアのそばにいつもいて、色々と世話をしていた。クリスティアの母親に昔から仕えていた使用人で残ったのはロドリグだけであった。ほかは侯爵がすべて解雇してしまった。


 だから、ミシェルが本格的にクリスティアのそばにいるようになるまでは、ロドリグだけが味方であった。

 だからこそ、クリスティアはロドリグになついていた。


 だけど、破滅の魔女の生まれ変わりと言われるようになってから、ロドリグとクリスティアの関係は微妙になった。


 クリスティアはロドリグを避けるようになった。ロドリグもクリスティアに対して、何か言うことも減った。それをミシェルはわかっている。

 だが、二人の間に何があったのかはミシェルは知らない。聞くこともミシェルはしなかった。なぜなら、どちらにそれを聞いても、よくないと察していたのだ。だからこそ、何も言わずに、二人が微妙な関係のままであることを知っている。


 ミシェルは思う。


(ロドリグさんの思うお嬢様の幸せとはなんなの?)


 だが、その答えをミシェルは聞かない。ロドリグの思う幸せと自身の幸せ、その違いがあることをミシェルにはわかっていたからだ。


 そのころクリスティアは一人部屋で本を読んでいた。その本を読み終えた彼女は立ち上がると本棚のほうへと向かう。本棚の前で彼女は立ち止まり、読んでいた本を棚にしまう。そして、つぶやく。


「悪役は倒されてみんな幸せ」


 彼女の表情からは何も伺い知ることはできなかった。あの本をしまった後のつぶやきの意味も。

 彼女は本棚にある本を一つ引き抜く。それはカーヒルという騎士がでてくる話のものであった。彼女のお気に入りの本であった。ミシェルが初めてくれた本である。巷ではやっていた本であった。


 彼女は本をパラパラとめくり始める。少しして、あるところでめくるのを止める。それはカーヒルが王女を殺すシーンのところであった。


「カーヒルは王女を刺した。後ろから彼女に気づかれないように、突然。彼女は大きく驚き、カーヒルのほうを見て、問う。「どうして?」カーヒルは答える。「あなたの本当の望みですから』王女は何も言わずに満足げに頷くと、ばたりと倒れる」


 彼女は小説の一節を読む。そして、何を思っているのかよくわからない笑顔を浮かべて本を閉じ、その本を本棚にしまう。そして、別の本を引き出すと椅子へと戻る。


 彼女は何事もなかったかのように本を読み始めた。


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