レインの死とカーヒルの誕生
翌日、俺は目覚めると、体が動くかどうかを確かめる。昨日に比べれば痛みは治まっており、少しなら動けそうであった。俺はベッドから起き上がってみることにする。そして、部屋をじっくり見ることにする。昨日も何度も見たのではあるが、もう一度じっくりと見ていくとこの部屋、そこそこいい部屋なのでは?と思っていた。こんな部屋を使っているとなると、色々と萎縮してしまう。まあいずれ、出ていくのだから関係ないだろうと思い、誰かが来るのを待つことにする。
勝手にうろうろすることはできない。となると待つしかないのだ。待っている間、昨日、いやあの時キリングを殺してからずっと考えてきたことを考える。俺は両手を見ていた。この両手は自分には血まみれであるように見えた。
(俺はあいつと変わらない。復讐という自分勝手な理由で人を殺した、ただの人殺しだ)
そう思えばこそ、俺はこれからどうするべきなのだろうかと思っていた。人殺しにはどのような結末がふさわしいのか、と考えていた。やはりあの時、キリングを殺した後、すぐに俺を殺そうとしてきた騎士に殺されるべきだったのだろうか。それとも、つかまって拷問の果てに処刑でもされたほうがいいのだろうか。何度考えても俺は答えを出せなかった。
どの考えもただ自分が楽になりたいと思うだけのように感じられた。
コンコン、とノックの音がする。俺は考え事をやめて、どうぞ、と入出を促す。入ってきたのは、ミシェルさんと初老の男性であった。男性は見たことなかったが、おそらくではあるが、ロドリグという執事であろうと思った。
「レインさん、あなたには一度死んでいただく」
俺はいきなりそのようなことを執事に言われて驚く。また、彼からは一瞬殺気を感じられた。そのため、つい身構えてしまう。すると、ミシェルさんはため息をつく。
「ロドリグさん、言い方が悪いです」
ミシェルさんは「まあそれでもいいですけど」と恐ろしいことを言った。ロドリグさんは一度咳ばらいをする。
「言い方を改める。レインという騎士には死んでいただき、ここに迷い込んだ旅人という新しい人間にするということだ」
ロドリグさんの再度の説明で俺はすべてを理解する。俺という個人が生きていたことが、俺がここから去った後でわかっても色々と都合が悪いのだろうと思う。だが、ロドリグさんは本気で俺を殺そう、死んでもらおうと考えていた、と俺にはわかっていた。おそらくミシェルもわかっていた。俺の存在を思えばこそ、それは普通の反応だ。だが、ロドリグから違う何かも感じていた。それがなんなのかはわからなかった。
「なるほど、わかりました。で、何をすればいいので?」
「こちらで考えた新しいあなたの設定を覚えていただく、あとは髪色を変えてもらう。それだけで印象は変わる」
俺は頷く。ありきたりだが、最も効果的なものだと思った。ロドリグさんは俺に新しい俺がなる人物の設定を説明してくれた。
俺の新たな名前はカーヒル。故郷が災害によって住めなくなり、仕事を探している。で、ここらを放浪していたところ、偶然この森に迷い込んだ。そして、突然現れた賊に襲われ、傷だらけとなってこの屋敷で治療を受けたということになるらしい。まあありきたりな設定だ。
「把握しました。問題ありません」
「では、カーヒルさん。髪色変えますね。体痛いでしょうが少し頭を下げた態勢で耐えてください」
ミシェルさんはそう言って何かの箱を持ちながら、近づいてくる。俺はカーヒルという名前に慣れないと思いながら、頷くと指示にしたがう。体に痛みがあるが、十分に耐えられるものであった。彼女は箱を近くに置くと、何かを取り出すと俺の髪に触れはじめる。その瞬間、淡い光が出る。どうやら、魔法を使用しているようであった。
少しして、ミシェルさんは終わりました、と言う。俺はどうなったのだろうと思っていると、彼女が目の前に鏡を出してくれた。くすぶったような茶色だった俺の髪の毛は立派な赤毛へと変わっていた。
「目立ちすぎませんか?」
「そのくらいのほうがいい、ミシェルあとは頼んだ」
ロドリグさんはそう言うと、慌ただしく部屋を出ていく。ミシェルさんは鏡を片付けると、俺に向かって尋ねる。
「体の痛みはどれくらいですか?」
「昨日に比べればましですが、まだ痛みますね」
「そうですか、では今日もこの部屋で休んでてください」
ミシェルさんはきつく突き放すようにそれだけ言うと箱を持って、どこかへと行ってしまう。俺はしばらく、このように暇な時間が増えるなと考える。そうなれば、色々と考え事をしようか、と思う。これからどうするべきなのだろうか、ということを。ロドリグさんから感じた何かについても考えを巡らせていた。考えることはたくさんあるが、それと同じく時間もある。
しばらく考え込んでいると、ノックの音が響く。俺はミシェルさんが食事でも運んできたのだろうと思い、入出を促す。入ってきた人物を見て俺は驚いた。それはクリスティア様であった。彼女は一人で俺の部屋に来たようであった。俺が何事かを言う前に、彼女が先に話しかけてくる。
「印象変わりましたね、レイン、いえカーヒル」
「えっええ、そうですね」
彼女は近くにあった椅子に流れるような動作で座る。俺は何をしに来たのだろうと思う。俺が何をしに来たのかと尋ねようと思うと、彼女が先に尋ねてくる。
「カーヒルという名はどうでしょうか?私が考えたんですが」
俺は彼女が考えたのかと思うと同時に、何と返せばいいのだろうと思う。俺がつい考え込んでいると、彼女はクスリと笑う。
「申し訳ありません、そのようなこと聞かれても困りますよね。カーヒルは私が好きな小説の一つに出てくる騎士の名前なのですよ」
「どのような人物なのですか?」
俺はつい疑問に思ったので、それを尋ねた。彼女はすぐに説明してくれる。
「カーヒルはその小説の悪役である王女様に仕える騎士です。暴虐を働く王女とは違い、誰にでも優しく、どんな相手にも手を差し伸べる人物です」
「私がその名を借りるのはおこがましいですね」
俺は自嘲気味に笑いながらそう言う。だって、そのような人物と俺はかけ離れているから。俺はただの人殺し。自分勝手な理由で人を殺したただのおろかな人殺しだ。彼女は少し首をかしげながら問う。
「そうでしょうか?、あなたの雰囲気にぴったしだと思ったのですが」
「私の手が血に濡れていてもですか?」
俺はすぐさま彼女に意地悪く問い返す。こんなことをするつもりはなかったのだが、つい口に出てしまった。俺は慌てて謝罪しようと思ったが、それよりも前に彼女は返答する。
「そうですね。でもそれでいいと思いますよ。なぜなら、カーヒルは最後王女を殺すのですから」
そう言い放った彼女の笑顔は少し恐ろしいものであった。また、目は全く笑っておらず、むしろ悲しそうであった。それにわけがわからないが俺に願いを託すかのようなものを感じた。俺はその視線に疑問を持ちながらも、彼女に尋ねる。
「なぜカーヒルは王女を殺したんですか?」
「あくまで私の解釈に近いですが、王女のことを想っていたからです。彼は王女の手がこれ以上血で汚れるのが嫌だったのですよ」
俺は何と言葉を返そうかと考え込んでしまい、何も言えずにいる。すると、彼女は何も言わずに椅子から立ち上がる。
「カーヒル、早く傷が治ることを願っています」
「お気遣いありがとうございます」
俺は頭を少し下げて言う。体の痛みは少しあった。彼女はそのまま出ていこうとするが、途中で立ち止まると俺に問うてくる。
「カーヒル、傷が治ったらどうするつもりですか?」
「まだ決めてません。ですが、恩を返したいとは思っています。私を助けてくれたあなたに」
俺はそう答えた。恩を返す、これだけは絶対にしようと決めていたことであった。どんな形であれ、俺は彼女に命を救われたのだから。まあ今すぐ出ていくのが最も彼女のためになる行動の気もするのだが。きっと彼女はそれを望んでいない。
「そうですか、では傷が治った時に」
彼女はそう言うと部屋を出ていく。一人残った俺は彼女がカーヒルと名付けた意味とあの視線にはどのような意味があるのかを考えていた。また考えることが増えてしまった。