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再会と物語の終わり

 クリスティアとミシェルが村にやってきて二年の月日が流れた。その二年の間にカーヒルとロドリグはともに二人の前に現れることはなかった。




 クリスティアは村に来たばかりの鬱蒼とした雰囲気は消え去り、明るく屋敷にいたころのような雰囲気でもない、楽しそうに幸せそうにしていた。だが、いつもそういう雰囲気というわけではなかった。


 寝ているときにうなされていることは多く、時折遠い目をしていることもあった。でも、それでも幸せそうにしていることは多かった。


 そんなクリスティアの様子にミシェルは葛藤していた。ミシェルはクリスティアを焚きつけたが、それが間違いなのかもしれないとも思っていた。だが、そうでもしなければ彼女は自殺していたかもしれないとも思っていた。




 クリスティアは村の人間に頼まれ、子どもたちの面倒を見ていることが多かった。ミシェルもよくそれを手伝っていた。




 クリスティアはミシェルとともに、今日も子どもたちの面倒を見ていた。そんな中、一人の女性が慌ただしくやってきた。クリスティアと年齢が近い村の女性であった。クリスティアの新たな友人の一人であった。




「クリス、ミシェル。大変よ」


「ユリア、どうしたの?そんなに慌てて」




 クリスティアは驚きながらユリアに問う。




「さっきあなたたち二人を探している男が来たのよ。今村の入り口にいるわ」




 クリスティアとミシェルはお互いに顔を見合わせる。ここ二年、そんな人物は現れなかった。まさかと思いながらもクリスティアは尋ねる。




「どんな人なの?」


「茶色の髪と赤い色の髪が混ざった人物よ、傷だらけでね、明らかに騎士とか剣士よ」




 クリスティアは自らの心臓がはねたように思えた。だが、まだ侯爵家の関係者の可能性もある。クリスティアは震える声で尋ねる。




「名前は聞いた?」


「ええ、確かカーヒルって」




 カーヒル、その名を聞いたクリスティアは走り出した。ユリアとミシェルは驚き、彼女をすぐに追いかける。




 ユリアとミシェルはクリスティアに声をかけたが、クリスティアには聞こえていないようであった。クリスティアの頭の中はカーヒルのことでいっぱいだった。




 村の入り口についたクリスティアは、すぐにカーヒルを名乗っているはずの人物を見つける。茶髪と赤髪が混ざった髪の人物。彼は、村の入り口で見張りをしていた男と話をしていた。




「カーヒル!」




 クリスティアはその人物に声をかける。足は止めずに。




 彼はクリスティアの方を向く。そして、にっこりと笑った。クリスティアは目の前に立ち、彼の顔を見る。傷だらけの顔だったが、彼女には誰だかすぐにわかった。




「カーヒル、遅かったじゃない」


「申し訳ありません。遅くなりました、ただいま戻りました」




 カーヒルは言葉を返す。クリスティアはカーヒルにすぐさま抱き着く。見張りの男はいきなりのことに少し困惑していた。だが、彼女の顔を見て、何も言わずに黙っていた。とても嬉しそうな表情だったから。初めてみるほどの。




 ミシェルは遅れてやってきた。そして、カーヒル本人であることがわかると一言告げる。




「おかえりなさい、カーヒルさん」




 カーヒルは笑顔で答える。クリスティアはカーヒルに抱き付いたままであった。ユリアは驚いていた。クリスティアがそんな行動を取っているとは思えなかったのであった。ユリアにとってクリスティアの行動は驚きしかなかった。




「待ってた、ずっと待ってたんだから」


「申し訳ない、待たせてしまいました」




 クリスティアは泣いていた。ミシェルも涙ぐんでいた。カーヒルはクリスティアの背にそっと腕を回す。




「約束守りましたよ、ティア」


「ええ、よく戻ってきたわ」




 クリスティアはもうどこにも行かせないとでもいいたげに、強く強くカーヒルに抱きついていた。しばらくそのままでいた。そして、クリスティアはだんだんと周りが見えてきた。今自分がどう見えているかも。声にならない悲鳴をあげて、カーヒルから離れる。顔は真っ赤であった。ユリアと見張りの男は、何も言わずにいた。




 あたふたしたクリスティアを身ながらミシェルとカーヒルはクスリと笑う。




「カーヒルさん、とりあえずうちに来てください。話の続きはそこで」


「そうですね、それでいいですか?ティア」




 クリスティアはこくこくと頷いた。そして、そっとカーヒルの手をつかみ、自分の家へと歩き出す。カーヒルはユリアと見張りの男に頭をそっとさげる。ミシェルは「すみません」という。見張りの男とユリアは「気にしないで」と言って彼らを見送った。




 家についた三人は、机に座った。クリスティアはそっとカーヒルの隣に座った。あまり離れたくないというのがクリスティアの望みであった。ミシェルとカーヒルは何も言わずにそれを受け入れた。彼らにとってクリスティアの望みそれが一番なのだから、


 そして、カーヒルは話を始めた。今まで何があったのかを。




 侯爵家の追手をカーヒルは全員殺すことに成功した。それはほとんど奇跡のようなものであった。その代償に、カーヒルは重傷を負った。いつ死んでもおかしくない重傷を。その傷のせいで、カーヒルはその場で動けずにいた。




 その時、ちょうど商人の一行が通りかかった。しかも、治癒魔法を使えるものもいた。彼らはカーヒルに驚きながらも治療を施した。カーヒルはその治療によって生き長らえることとなった。だが、ほとんど体は動かせなかった。




 商人の一行はそんなカーヒルがまともに動けるようになるまで、治療を続けてくれた。なぜなら、その商人の一行のリーダーであるボルタは昔カーヒルと同じ村に暮らしていたからだ。カーヒルのことを知っていた。特にカーヒルの父のことを。




『何もできない俺のためになんでここまで』


『あんたの父に借りがあるんだ。だからだ』




 ボルタはカーヒルの父に命を救われていた。だからカーヒルを助けてくれたのだった。カーヒルはボルタに何があったかを話し、クリスティアとミシェルを探したいことを伝えた。ボルタはそれを承諾した。


 だが、クリスティアたちの捜索は困難を極めた。なぜなら、クリスティアたちが向かった隣国に行くことが難しくなってしまったからであった。




 隣国との国境線の近くで魔物が大量発生してしまったのだ。そのため、そちらに向かうのが難しくなった。いけなくはないが、重傷の人間では難しかった。そのため、カーヒルはまず、傷を治すことにつとめた。




 そして、傷が治ってすぐ向かおうとしたが、様々なトラブルに見舞われてしまった。そんなことが続き、気づけば二年の時が経ってしまったのだった。




『すまんな、カーヒル。全く力になれなくて』


『いや、十分に力になってくれたさ。それにボルタさんがいなきゃもっと前に死んでいたよ』




 ボルタに感謝の言葉を述べ、カーヒルはボルタと別れた。それが昨日のことであった。そして、今日、カーヒルはクリスティアたちがいる村に到着したのであった。




「本当に遅くなり申し訳ございません」


「もういいわよ。あなたが戻ってくれたそれで十分」




 クリスティアは嬉しそうな笑顔を見せながらそう言った。ミシェルも笑顔を見せてうなずく。




「それと、一つだけ報告があります」




 カーヒルは言いづらそうにする。クリスティアとミシェルはその報告になんとなく察しがついていた。察しがついてしまった。




「ロドリグさんのことです。その」




 カーヒルは言いたくなかった。自分が知ってしまった事実。それを伝えることを彼はためらう。クリスティアはカーヒルの内心を和らげるように、優しい声で言う。




「カーヒル、言って。どんなことでも教えて」


 


 カーヒルはそのクリスティアの声に促されて、ある事実を告げる。簡潔な事実を。




「ロドリグさんは殺されたそうです」




 その場がしーんと静まり返った。正直クリスティアたちはわかっていた。だが、実際にその事実を言われると黙り込んでしまった。しばしの静寂のあと、クリスティアが涙をこぼしながらつぶやく。




「約束最後も守ってくれなかった」




 カーヒルはクリスティアを自分にそっと抱き寄せる。クリスティアは涙を流す。そして、ミシェルに向かって謝る。




「最後って言ったけど、ごめんなさい、ミシェル」


「いえ、お気になさらず。あの時のものとは違うものです。ですから、大いに泣いてください。最愛の家族の死に泣かないものなどいません」




 ミシェルの言葉を聞いて、クリスティアは泣いた。大声で泣いた。カーヒルは何も言わずにクリスティアを抱き寄せたままであった。ミシェルはクリスティアの頭をなでていた。子どもをあやすように。


 カーヒルとミシェルも泣いていた。だが、声はできる限り出さずにいた。クリスティアの特権だと思っていたからであった。最愛の父のために泣く娘以上に泣くわけにはいかない。


 しばらく泣いた彼女は「もう大丈夫」と一言つげる。カーヒルとミシェルはクリスティアから手を離す。三人は涙をぬぐうとこれからのことを話し合った。




 その後、まずはロドリグの葬式を行った。村長に頼み、フェイル王国に近いところの小高い丘の上にロドリグの墓を作った。




 そのあとは、三人は一緒に暮らしていくことになった。カーヒルの存在を村長は二つ返事で受け入れた。カーヒルは村の男たちに交じり、力仕事を行った。




  三人はともに小さな幸せを嚙み締めるように暮らしていった。三人の間には笑顔がいつもあった。クリスティアが夜うなされることはほとんどなくなった。それはカーヒルの存在が大きかった。




 幸せに暮らしていたある日、カーヒルはミシェルと二人で村の外れにいた。カーヒルはミシェルに呼び出されたのだった。




「いつ結婚するんですか?」




 ミシェルは開口一番、そう言い放った。




「いきなりなんですそれ」


「ですからクリス姉といつ結婚するんです?」




 ミシェルはクリス姉とクリスティアのことを村では呼んでいた。彼女らは友人を超えて姉妹となったのであった。それを二人は認めていた。




「そもそもなぜ俺とティアが結婚する前提なんです?」


「それしかありえないからです。わかってるでしょう、クリス姉のあなたへの気持ち」




 カーヒルはミシェルからそっと目をそらす。カーヒルはわかっている。こういった恋愛ごとに鈍いと自分は思っていたがそれでもわかってしまう。クリスティアが自分のことを好いてくれている、と。そもそも、この村にカーヒルがやってきてからしばらくの間、クリスティアはカーヒルと離れることを非常に拒んだ。ようやく最近落ち着いたが。




 だけど、基本的にカーヒルの近くにいることを望んでいる。それにカーヒルとだけ話すときは笑顔が多い。ミシェルはクリスティアと二人っきりのとき、ほとんどカーヒルのことしか話さないので若干辟易としていた。それを伝えたことはなく、そう思っていることもできる限り隠しているが、正直限界であった。




「わかってはいますよ、でも、いいんですか俺なんかで」


「私もそう思ってますよ。でもあなたしか見えてないくらいです、引き離すのも気が引けますので」




 カーヒルはミシェルさん、冷たいなと思う。まあ気持ちはわからないでもないのだ。




「しかし」




 カーヒルは踏ん切りがつかない。自分で幸せにできるとは思えないのだ。そう思ってしまう。ミシェルはイライラした様子で聞いてくる。




「カーヒルさんも、クリス姉のこと好きなんですよね?」




 カーヒルが動揺していると、ミシェルはもう一度問うてくる。さっきよりも圧を強めて、それに気圧されて、カーヒルはつい本心を言ってしまう。




「好きですよ」


「愛してますか?」


「愛してますよ」


「結婚したいですよね?」


「ええ、結婚したいです」




 もうやけくそだと思いながら、カーヒルが言い放った瞬間、ミシェルはにやりと笑う。そして、ミシェルは後ろに声をかける。大きな岩がある方向を。




「だそうです、クリス姉」


「えっ?!」




 カーヒルが驚きを覚えると、真っ赤な顔をしたクリスティアが出てくる。どうやら話を最初から聞いていたようであった。




「では、あとはお二人でお願いいたします」




 ミシェルはそう言い放つと、そそくさとその場を去っていく。カーヒルとクリスティア、残された二人は黙ったままであった。




「カーヒル、さっきのは本当ですか?」




 しばらくして、クリスティアがカーヒルに向かって問う。カーヒルは今更誤魔化すこともできないと思い、本心を伝える。




「はい、あなたのことを愛しています」


「そうですか、私もです」




 クリスティアからの返事。それはカーヒルが嬉しくなるものであった。だが、カーヒルはそっと自分の手を見る。自分の手は真っ赤に見えた。血で真っ赤に。




「俺の手は汚れています、血で真っ赤に。カーヒルと生まれ変わっても、レインとしての罪は消えていません」




 カーヒルは迷いの根本はこれであった。結局自分はただの復讐を望み、復讐を果たした自分勝手な人殺しだ。そんな人物の手で人を幸せにできるとは思えない。




「構いませんよ、罪なら一緒に背負います」




 クリスティアはカーヒルの手をとる。驚きの言葉とともに。




「そんなの背負う必要ありません。あれは俺の自分勝手な理由の、復讐という愚かな理由による罪です」


「私はあなたの復讐に感謝してるの、そうじゃなければあなたに出会えなかったから」




 クリスティアは笑顔で言う。カーヒルは確かに復讐を果たさなければ、ティアと出会うことはなかったことはわかっている。だが、感謝されることではない。感謝してはいけない。


それをクリスティアはわかっている。だが彼女の本心だった。




「ねえ、カーヒル、私はあなたと出会ってすべてが変わったの。止まっていた時が動き出したの」




 クリスティアはフェイル王国のほうを見る。




「あなたと出会えたから、今私は生きている。ロドリグとも仲直りできた」




 クリスティアはそっと目を閉じる。ロドリグの顔が彼女の脳裏によぎる。そして、ロドリグの声が耳に聞こえてくる。




『ここだけの話ですが私はあなたのことを実の娘のように思っていますよ』


『私はお嬢様に生きてほしい、ずっと仕えてきた執事として、それと父親として』


『私も愛してます、娘として』




 ロドリグの言葉は嘘だらけであった。嘘だらけになってしまった。でも、彼の本心は本物であった。クリスティアへの想いは本物であった。




「だからね、私はあなたと一緒にいたい。私の本当の望みを言わせてくれたあなたと」




『私、私は生きたい、復讐もどっちでもいい。ただ私は生きたい。生きて色々なものを見たい、色々な場所に行きたい、色々な人に会いたい、好きなことをしたい。それに私を愛してほしい、嘘をつかず、だまされずに、ただ私に向き合ってほしい。私を好きだと言ってほしい、愛してるって言ってほしい、私を抱きしめてほしい。私に生きてていいよと教えてほしい、私を一人にしないでほしい、もっと生きていたい』




 ずっと心の奥底で抱いてきた想い。自分には不可能だと思えた望み。だが、今はそれをすべて叶えられる。クリスティアはそう信じている。それもすべてカーヒルのおかげなのだ。




「ねえ、カーヒル。死んでも一緒よ。あなたが地獄にいくなら私も地獄にいく。あなたと一緒ならどこも天国なの、だからあなたの望みを聞かせて、本当の望みを」




 クリスティアの決意を聞き、クリスティアの問いを聞き、カーヒルは答える。胸に秘めてきた想いを。




「あなたと結婚したい。あなたとともに幸せに暮らしていたい、いつまでも。だから俺と結婚してください」




 クリスティアは笑顔を見せ、返事の言葉の代わりに、カーヒルにキスをする。そして、彼らは抱き合うのであった。




 そして、すぐに彼らは結婚した。村のひとたちはようやくかとでもいいたげな反応を見せていた。ミシェルは大泣きしていた。


 カーヒルとクリスティアの二人は最後まで仲睦まじく暮らした。死ぬときも一緒であった。最後まで一緒に彼らは幸せに暮らした。




 カーヒルが復讐を果たしたことでカーヒルとクリスティアは出会った。クリスティアが復讐を望まず生きることを選んだので、二人は幸せに暮らした。


 


 復讐、それこそが彼らをつなげ、それを望まなかったことで彼らを引き離さなかったのであった。

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