望みへの覚悟と決意
私はついにお嬢様と共に隣国との国境線を越えた。私は近くに村があったはずなので、とりあえず、その村に行こうと考えた。隣国に入ったことで追手はもう来れないであろう。そもそも追手が生きているかはわからないが。
お嬢様はかなり弱っているようであった。カーヒルと別れて少しの間は、まだしっかりしていたのだが、徐々に気力を失っていったようであった。お嬢様は私が村に行くのでいいですか?と聞くと、うんとだけか細い返事を返してきた。こんな弱弱しいお嬢様を私はほとんど見たことはない。
私はこのお嬢様の様子を見て、私がしっかりしなければ、とも思う。それに今彼女を守れるのは私しかいないのだから。行きますよ、と私が言って先に進むと、お嬢様は頷きついてくる。お嬢様はとりあえず、私についてこれるようであった。だが、それだけだ。
村に近づくと、私は馬を降りた。お嬢様にも降りるように言う。お嬢様はふらつきながらだったので、私は支えながら馬から降ろした。そのまま、歩いて村の入り口まで進む。村の入り口のところには一人の男性がいた。その男性は疑いをかけるような目でこちらを見ながら、問うてくる。
「君たちどこから来た、何者だ?」
私は考えていたことを話す。誤魔化すための嘘を。
「私はミシェルと言います。こちらは妹のクリスです。フェイル王国の村から来ました」
「なぜここに?」
男性は疑いから少し警戒したような目をしながら、聞いてくる。まあ隣国から来たとなれば、警戒はするだろう、と思いながら私はうその話を続ける。
「先日村が魔物に襲われまして、私と妹は親がおらず、村から追い出されました」
「なるほど、それでうちに。村長のところまで案内しよう」
男性は心配そうな視線をする。いきなり、優しくされたので何か裏があるのでは、と思ったが、その心配はないとなんとなく思えた。だから、警戒しながらも、私はお嬢様に近づき、そっと口元でささやく。
「お話聞いてましたね、お嬢様は妹のクリスですよ。これからはその名前になりますからね」
お嬢様はゆっくりと頷く。そして、弱弱しい小さな声で言う。
「行きましょう、ミシェル。それと村長との話お願いできる?」
私は任せてください、と小声で言う。任せてくださいとは言ったが、全く気力を感じないお嬢様には心配しかなかった。そして、男性についていった。
その後、村長に会った。男性が私たちの事情を話す。村長は一瞬こちらを見る。その視線が何を意味するかはわからなかった。そして、とんとん拍子に話が進んでいく。仕事もあっせんするし、最初は食料もわける。それにちょうど空き家があるので貸そうという話になる。私はうまく進んでいく話に驚きながら、遠慮をする。
「いえ、そこまでしていただくには」
「だが、そうしなければ君たちは飢えて死ぬか寒さで死ぬぞ。気にするな、よくあることだ」
村長が言っていることは正論であった。だが、一つ気になることがあった。
「あの、よくあるのですか?」
「ああ、君たちのような訳ありのことさ。そちらでずっとふさぎ込むように黙っているほうはどこかの貴族の令嬢であろう」
私は驚き、警戒をする。絶対にお嬢様は守ると思いながら、お嬢様の前にそっと移動する。村長は大きく笑いながら言う。
「何も聞かんし、何もせんよ。君たちが何かおかしなことでもしなければな」
私は若干警戒しながらも、おそらく言っている通りのことであろうと思う。なぜなら、ここにいる全員から殺気も悪意も感じなかったのだ。ついでのように、村長は話しをしてくれたフェイル王国の貴族が流れてくるのはよくあることで、何人か例もだしてくれた。そして、私は結局彼らのご厚意に甘えることにした。お嬢様をこれ以上逃がすことは不可能だとも思ったからだ。お嬢様は村長との話し合いでもほとんど何も話すことはなかった。
この村に来てから、数週間が経った。村の人たちは優しく、私たちに普通に接してくれ、むしろ色々助けてくれた。そのため、問題はほとんどなかった。問題があるとすればお嬢様のことだけであった。
お嬢様はずっと、フェイル王国のほうを見ながら、ぼーっとしていることが多かった。こちらが話しかけても、曖昧な返事と受け答えしか帰ってこなかった。食事はとってくれて、やることをお願いすればやってくれることは多い。だが、屋敷にいたときのような雰囲気は一切なくなった。それにベッドで寝ている間は、毎日うなされているようであった。
お嬢様はロドリグさんとカーヒルさんのことを思っているのだろう。そして、両方が帰ってくることを望んでいるのだろう。だが、どこかで彼らはもう死んでしまい、もう戻ってこないとも思っているのだろう。それはうなされているときと、日ごろのぼそっとつぶやく言葉で理解できた。
私はお嬢様のために、何もできないでいた。何をすればいいのかがわからなかった。ただ、お嬢様が生きていけるように、とするしかなかった。お嬢様は私に何も言ってくれないのだ。私に頼ることはなかった。それが私にとっては苦痛だった。お嬢様は私のことをどう思っているのだろう、と思う。もしかして、私のことなどどうでもいい、と思っているのではなかろうか、とも思う。
だが、それは聞くことはできなかった。なぜなら、私には怖かった。もし私が思った通りのことだったらどうしよう、と。だから何も言わずに、私はお嬢様の世話をして過ごしていた。
ずっと前から何もできない自分がどんどんと嫌になる。お嬢様の友達として、約束をした、一緒にいると。だが、一緒にいるだけで、お嬢様の苦しみつらさから何も救えない。救えていない。今も昔も。無力な自分が憎い。
だが、そんなある日、私はお嬢様の口から聞き捨てならない発言を聞く。
「死にたい」
お嬢様はそうつぶやいた。いつも通りのフェイル王国のほうを見ながら。私はお嬢様に近づき、震えた声で問う。
「本当に死にたいのですか?」
お嬢様は死んだような目でこちらを見ると、すべてを諦めたかのような無気力そうな笑顔で言った。
「うん、だって生きていてもつらいだけだから」
私はそれを聞いて、すぐにお嬢様の頬をたたく。気づいたら手を出していた。お嬢様は驚愕の表情でこちらを見る。私も自分自身の行動に驚いたが、それ以上に自分の中の感情が増した。私は怒っていた、お嬢様に。だから私はお嬢様に大きな声で叫ぶ。
「ふざけないでください。お嬢様は生きたいと願ったはずです。だからロドリグさんはカーヒルさんは、それに私も。あなたのために、あなたのためだけに命を捨てる覚悟でここまで連れてきたんです」
私の口は止まらなかった。だって、お嬢様は私だけでなく、生死不明のロドリグさんとカーヒルさんの覚悟すら無駄にするようなことを言っているのだから。
「それなのに、今は死にたいですか。お嬢様はどういうつもりで言っているのですか?私は、いえロドリグさんもカーヒルさんもあなたに死にたいと言わせるために、ここまで連れてきたわけではないです」
私の眼からは涙が出ているようであった。視界はぼやけていく。自分の想いが止まらない。八つ当たりに近いとわかっている。でもそれでも止まらない、止められない。
「お嬢様に幸せになってほしいから、生きていてほしいから、私たちは覚悟を決めたんです。だからそれだけは言わないで、死にたいなんて言わないでください。お願いします、お嬢様。絶対にそれだけは言わないでください」
私がそう言い切ると、お嬢様は涙を流し始める。そして、何度も何度も謝る。
「ごめんなさい、ロドリグ。ごめんなさい、カーヒル。ごめんなさい、ミシェル。本当にごめんなさい」
私は言い過ぎた、と思いながらお嬢様を抱きしめて、昔のように頭をなでた。あの日、私が友人になると一緒にいると決めたあの時のように。お嬢様は私の腕の中で、こっちを見て問う。
「ミシェル、これからどうすればいいのかな、私?」
「わかりません。でもきっとお嬢様が幸せに生きることをロドリグさんもカーヒルさんも望んでいます。もちろん私も」
私はそう言った。これがきっとあっている答えだ、と思いながら。
「だったら、幸せに生きるわ私。ミシェル、手伝ってくれる?」
「ええ、私はあなたの友人ですから。お手伝いします。そして、共に待ちましょう、彼らが戻ってくれるのを」
私はお嬢様の問いに答えた。お嬢様はありがとう、と言うと少しこのままにさせて、最後だからと言う。そして、お嬢様は嗚咽をあげながら泣き始める。私はお嬢様を抱きしめながら、片手で頭をずっとなでていた。
(これでいいのよね?ロドリグさん、カーヒルさん)
私は心の中で問いかける。もちろんその答えは帰ってこないしわからないけど、私はこれでいいと信じお嬢様を支え続ける。間違っていたとしても。だから、もし間違っているのなら、
(早くお嬢様のもとに戻ってきて)
私は心の中でつぶやいた。もし間違いであるのなら私を正してほしい。