守るための戦い
私は屋敷の前で侯爵家の暗殺者たちが来るのを待つ。暗殺者たちを足止めするため、いや殺すための準備はし終えた。そうなれば、あとは来るのを待つだけだった。
準備をしている間、色々なことを考えた。そして、何度も何度も後悔した。私は選択を間違えたのだろう、と思った。今更それに気づいたことに私は後悔している。いや、今日気づけてよかったのだと思う。
私は愚かだった。私はお嬢様の命を守ることを優先し、お嬢様の心を守ることができず、傷つけることしかできなかった。
私が旦那様の命令にずっと従い、お嬢様を監視したのはそれが一番だと思ったからだ。私以外の人間では、お嬢様を守れないと思った。この屋敷に向かうとき、お嬢様の味方はミシェルと私だけであった。ミシェルはまだ小さく、お嬢様を守ることは難しかった。旦那様の刺客はいつ来るかもわからなかったし、お嬢様を守ることに命を懸けるという気概を持つものはいなかったのだから。いつ何かで殺されるかわからなかった。
だから、私はお嬢様の命を守るためだけに、尽力した。それぐらいしかできないと思っていた。どれだけお嬢様が私の裏切りに傷ついているのかを知っていたのだが、それしか私にはできなかった。それだけが、私のできることだと信じていた。そして、時が来れば私の手で殺してあげるのがお嬢様のためだったと信じていた。いやそれが自分ができる最も賢い選択だと信じていた。
「だが、違った」
私は逃げていたのだ、お嬢様と向き合うことを。お嬢様の心と向き合うことを。私は怖かった。お嬢様の心の中の闇は大きかった。私はそれになにもできない、とずっと前に決めた、いや決めつけてしまったのだ。できることは少しでもあったのだろうに。
私はミシェルとカーヒルより弱かった。あの二人はお嬢様に向き合った。真正面から。だからずっと一緒にいる、となど言えなかった。怖かった。
私はお嬢様の母に託されていたというのに。お嬢様のことを。
『なにかあったらお腹の子を頼みます』
お嬢様の母は自身の味方が少ないのを知っていた。その中でも、旦那様との関係が良好なのは私しかいなかった。だから、私にすべてをたくそうとした。それが最善だったから。
お嬢様の母が死んでから、予想通りのことが起きていった。
その中で私はお嬢様からできる限り離れないようにした。いつ何時何が怒るのかわからなかったから。それにお嬢様を愛していたから。
お嬢様は無邪気に私になついていった。味方が私しかいない現状が大きいのだろう。だが、それでも私の予想を超えてお嬢様の中で私の存在は大きくなった。
それは私もそうではあるが。
お嬢様のことはただ守る対象であった。だが、実の娘のような感覚が徐々に芽生えてきた。お嬢様の闇魔法の発現でさらに味方を失ったとき、私の気持ちはさらに強くなってしまった。だから、お嬢様をなぐさめる考えもあったが、娘のように思っていることを伝えた。
あの時のお嬢様の嬉しそうな表情は忘れない。お嬢様が私のすべてとなった瞬間であった。
そこから私はただお嬢様を守るためにすべてを投げうった。たとえお嬢様からの信頼を失おうとも、愛を失おうとも、お嬢様のために行動した。
だが、お嬢様を取り巻く現状はあまりにも厳しかった。そして、お嬢様の心も限界なのが私にはわかった。私のことが原因なのかもしれないが、それでもきっと限界はいつか来るとは思ってしまっていた。
私は諦めていたのだ。お嬢様が生きるという道を。
私は諦めていた道を再度歩む。お嬢様を生き長らえさせるという道を。たとえ私の命をなくしても、その道を歩む。
お嬢様の想いは変わっていなかったのだから。私にはそれに応える義務がある。
執事として、父として、お嬢様をたくされたものとして。
それが私の贖罪だ。
あたりは気づいたら、暗くなっていた。そして、視界の範囲内に馬に乗った者たちが近づいているのが見えた。私はもともと決めてあった合図を送る。お嬢様を殺すことに成功したことを示す合図を。
彼らは私の前まで来た。彼らの数は10人ほどであった。そして、彼ら一人一人が暗殺に長けたものだと私は知っている。彼らがこのままお嬢様たちを追えば、すぐに追いつかれ殺されてしまうだろう。
「クリスティアの遺体は?」
一人の男が、森の中で話した男が尋ねてくる。男はちらりと私の右腕を見る。
「中だ、少し抵抗されて右腕を失ってな。ここに持ってくることができなかった」
「なるほどな。傷は大丈夫か?」
私は問題ない、と言うと男は遺体まで案内しろ、と言ってくる。私は頷くと屋敷に向かう。私についてきたのは数人であった。私が遺体があることにしているお嬢様の部屋に向かう途中、男は尋ねてくる。
「メイドと騎士は?」
「殺した。遺体は先に燃やしておいた」
私の返答を聞いた男はそうか、と言うとその後何も言わなかった。
私はお嬢様の部屋につくと、この中だ、と言う。男は頷くと、数人を引き連れ中に入っていく。私もそれに続く。彼らは中を見て、不審なことに気づくだろう。私が思った通りに、男が私に向かって振り向いて、何かを聞こうとしてくる。
その瞬間、私は男の首元にナイフを刺した。男は驚愕の表情を浮かべる。周りのものたちも驚いたようであった。私はそのまま、ナイフを引き抜くと、近くにいたものに刺そうとした。だが、さすが手練れなものであった。私のナイフを腕で阻むと、そのまま別のものが私の残った腕を斬り飛ばす。
「すぐに止血だ。こいつには聞きたいことがある」
男はそう言いながら私に剣を向ける。もう一人のものが私に治癒魔法をかけて止血を始める。私は一人しか殺せなかったなと思いながら男を見る。全くうまくいったことがない。お嬢様のために起こした行動で。
「どういうつもりだ、ロドリグ?」
私は何も答えない。少しして、治癒魔法によって止血が終わる。その瞬間、男は私を蹴り飛ばした。
「クリスティアはどこだ?」
「答えると思うか?」
私がそう返すと、すぐさま、私の左足に剣を突き刺す。私は痛みにうめきながら、男をにらむ。男はため息をつく。
「なぜこんなことをした、ロドリグ?クリスティアを殺すと言ったのは貴様だと聞いているぞ」
「父親は娘を守るものだ」
私の返答を聞いた男は何を言っているんだ、と言う顔をする。男はこれ以上私に時間をかけるつもりを失くしたのだろう。男は私の左足から剣を引き抜くと、近くのものに話しかける。
「外の奴にクリスティアを探すように言え、まだ遠くには行ってないはずだ」
それを聞いたものは頷き、外にでようとする。その瞬間に私は魔法を発動する。この屋敷に仕掛けていた魔法を。私が屋敷にずっと昔から仕掛けていた魔法。
お嬢様を殺し、ミシェルを殺した後、自分もすべてを燃やすために仕掛けていた魔法を。それをお嬢様を生かすために私は使う。
次の瞬間、部屋の中が燃え盛る。私の魔法がきちんと発動していれば、屋敷全体に火がついたはずだ。男は舌打ちをすし、私をにらむ、
「ロドリグ、貴様」
「貴様らをお嬢様のもとに行かせるわけにはいかん」
私はそう言うと、少しでも時間を稼ぐために、少しでも追手を減らすために男に向かって体当たりをしようとする。だが、すぐに男は反応すると、私に向けて剣を突く。剣は私の胸を貫き、私は壁に突きつけられる。男は馬鹿が、と一言、言った後、剣を引き抜き、この燃え盛る部屋から出ていく。
私は待てと声を出そうとするが、声もでず、せめて少しでも動こうとするが、全く体に力が入らなかった。そして、私はここで死ぬのか、と思う。私はやはり、お嬢様との約束を守れなかった、と思い、お嬢様に心の中で謝りながらお嬢様のことを思う。守れない約束だらけだった。
お嬢様の顔が浮かんでは消えていく。泣いている顔や暗い顔のほうが多かったのは、とても申し訳ないとお嬢様に思う。それはほとんど私のせいなのだから。
最後に、厩舎の前でお嬢様と別れた時のことを思い出す。そして、お嬢様が私に抱き着いた時、言ったことを思い出した。
『愛してる、父として』
私はそれを聞いた時、うれしかった。こんな私でもお嬢様は父親として愛してくれた。何もできなかった、と言うのに。だから、私は返してあげた。自身の本心を。噓偽りなく、もう二度とその言葉がゆがむことはないと思いながら。
『私も愛してます、娘として』
私の意識はどんどんとなくなっていく。燃え盛る屋敷の中で、私は死ぬ。私はそっとつぶやく。おそらく人生最後の言葉になるだろうと思いながら。
「お幸せに、私の愛しき娘、クリスティア」
私の意識はその一言を言い終わると同時に意識が失われる。
俺とクリスティア様とミシェルさんは昼夜を問わず、馬を走らせた。できる限り、早く隣国につくために。逃げて生き延びるために。
だが、その途中、不幸が起こった。無理をさせすぎたのもあって、一匹の馬が走れなくなってしまったのだ。俺たちは馬を休めながらどうするかを悩む。二人乗りをすることもできるが、馬への疲労はさらに加速するし、速度が落ちる。そうすれば、隣国に入る前に追手に追いつかれてしまうだろう。
「俺がここに残って、追手を足止めします。その間に」
俺が提案をしようとすると、それを言い切る前に。すぐさまクリスティア様が首を振って反対する。
「だめよ、そんなのだめ。一緒じゃなきゃだめ」
「でしたら私が残ります」
ミシェルさんはそう言いながら手をあげる。俺は首を振る。
「ミシェルさんでは、追手の足止めは難しいでしょう」
「なめないでください、これでもお嬢様付きのメイドです。ある程度戦えます」
彼女は力強い声でそう言う。だけど、俺にはわかった。彼女の体が震えているのを。彼女はほとんど戦ったこともなく、人を殺したこともないはずだ。ここに残る人間に待っているのは追手との殺し合いだ。しかも侯爵家の暗殺者だ。
「追手は侯爵家の暗殺者だ。ミシェルさん、君じゃ何もできず殺される」
ミシェルさんは俺の言ったことを聞いて下を向く。彼女の手は強く握られていた。するとクリスティア様が提案してくる。
「じゃあ全員で一緒に一度追手と戦いましょう。そうすれば」
「だめです、何が起こるかわからない。あなたが殺されたら終わりなんです」
俺はクリスティア様のほうを向いて言う。彼女は大きな声で言う。
「私の命なんて、あなたたちが一緒じゃなきゃ意味なんて」
クリスティア様はそこで一度言葉を切り、涙を浮かべながら悲し気な寂しげな笑顔をしながら言う。
「ない。それにもう誰かを失いたくない」
おそらくロドリグさんのことを言っている。ロドリグさんはもう死んでいるのだろうと思う。もしかしたら、万に一つの可能性で逃げ出したかもしれないが。それはほとんどありえない。
しばらく、無言のままであった。俺はそろそろ馬が走れるようになると思いながら、もう結論を出すべきと判断する。俺はミシェルさんに視線を向ける。彼女も俺のほうを見ていた。考えていることは同じのようだ。俺はクリスティア様のほうを向く。
「クリスティア様、お願いがあります」
「いや、いやよ。そのお願いは聞きたくない」
クリスティア様は俺が何を言おうとしているかをわかっているようだ。だから、手で耳を塞いで聞かないようにする。俺がミシェルさんに視線を送ると、彼女はすぐにクリスティア様の近くに行くとその手をはがす。「ミシェル、やめて」とクリスティア様は言う彼女はその指示に従わない。俺はクリスティア様に向かって言う。言ってしまう。彼女が今この場で最も聞きたくない願いを。
「クリスティア様、ミシェルさんと共に先に行ってください。それが俺の願いです」
「いやよ、一緒に生きてくれると言ったじゃない。私を一人にしないって」
「ええ、だから俺はここで残って追手を足止めします。生きるために」
俺は笑顔でそう言った。クリスティア様はダメ、いやだ、と言って泣きながら首を振る。まるで子どもの癇癪かのように。
「クリスティア様、絶対に後から追いかけます。一時、一人にしますが、すぐに合流します」
「なんでみんな嘘をつくの、もう私は騙されないし、嘘はもう聞きたくない」
クリスティア様は小さな声で言う。それは彼女にとってずっと思ってきたことなのだろう。彼女は何度も嘘をつかれてきたのかもしれない。だから、俺は酷だとわかっていても言わなければならない。
「嘘じゃありませんよ、絶対にあなたのもとに戻ります」
俺はまっすぐクリスティア様を見つめながら言う。クリスティア様は少しして観念したかのようにしながら、笑顔で尋ねてくる。
「じゃあ私の願いも聞いて」
「何でしょう?」
俺は尋ねる。彼女はすぐに返す。
「ティアって呼んで、カーヒル」
「ティア、絶対にあなたのもとに戻ります」
俺は笑顔でそう言った。ティアはきっとだが、誰かにそう呼ばれるのをずっと前から望んでいたのだろうと思う。なぜなら、俺がその名を呼んだ後、とても嬉しそうな表情を浮かべたのだから。
「絶対よ、約束。必ず戻ってね、カーヒル」
「ええ、戻ります。ですからミシェルさんと共に先に行ってください、ティア」
ティアはうなずくと、馬に乗る。そして、一度俺のほうを向いて念を押すように言う。
「待ってるから、カーヒル」
「ええ、待っててください、ティア」
ティアは笑顔を見せると、ミシェルさんと共に馬を走らせる。どんどんと距離は遠くなっていく。俺はそこに座り込み、追手を待つことにする。
かなりの時間が経った。ティアとミシェルさんと別れた時は、明るかった周りはすっかりと暗くなっていた。すると、俺は視線の先に明かりを見つけた。近づいてくる速度から馬に乗っているものたちのものだろうと思う。また、明かりは数個あって、数人がちかづいてくるのがわかった。
俺の予感は告げていた。ティアを追う追手であろうと。俺は立ち上がり、剣を引き抜く。人を殺すと覚悟を決めているのは、キリングを殺した時以来だ。
だが、あの時とは殺しの理由が違う。あの時は復讐という自己満足のためだった。だが、今は違う。自分勝手の理由で殺すのだ、それは変わらない。だが、死者のためではなく、生きる者のため、誰かを生きられるようにするための
「守るための殺しだ」
そう今から、俺はティアの命を守るために、ティアとの約束を守るための殺しをする。あの時、キリングを殺した時に比べて、どこか気分が晴れ晴れしていた。今から人を殺すというのに。
俺は近くにあった木に登る。そして、馬が近づいてくると、誰が乗っているのか数を確認する。数は四人で乗っていたのは、 あのロドリグさんが森で話していた相手のような格好をしていた。俺は相手が侯爵家の追手であると理解する。そして、彼らの一人が木の近くまで来ると、俺は飛び降りる。
俺の近くにいた追手は驚愕の表情を浮かべる。俺はそのまま、そいつの頭に剣を突きさす。奇襲だったので、そいつは反応できなかった。
俺は残るは三人だと思いながら、俺はそいつらのほうをみる。全員がもうこちらに対して、戦う態勢を整えていた。侯爵家の雇った暗殺者である。おそらくではあるが俺より実力は高いもしくは同じくらいだろう。それに、相手は三人でこちらは一人。死ぬ可能性が高い。
だが、それでも俺はこいつらを殺して、生き残らなければならない。
ティアとの約束を守るために。
俺は追手たちとの戦いを始めた。絶望的な戦いを。