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和解と決別

 俺は目を覚ます。クリスティア様の手を握りながら俺は眠っていたようだ。彼女はまだ起きていない。俺は彼女を起こさないようにしながら握っていた手を離す。そして、そのまま椅子から立ち上がり、部屋を出ていこうと考える。彼女もいきなり俺横にいたらびっくりするであろうから、と思って。


 俺が椅子から立ち上がった瞬間、彼女の眼がゆっくりと開き始める。俺がしまった、と思う瞬間、彼女は寝起きの声で問いかけてくる。


「誰?」


 俺が何と返そうかと迷っている間に、徐々に彼女の意識ははっきりしてきたようだった。そして、俺に気づいたようである彼女は驚いた顔をすると、俺の名を呼ぶ。


「えっカーヒル」

「おはようございます、クリスティア様」


 俺は苦笑いしながら、そう返答する。彼女は顔を真っ赤にすると、布団を頭の上まで引っ張る。そして、か細い声で聞いてくる。


「いつからいたの?」


 俺は噓を言ってもしょうがないだろうと思いながら、あなたが寝てからずっと、と言う。彼女はうーという可愛い唸り声をあげる。どうやら相当恥ずかしかったようだ。しばらくして、ある程度落ち着いた様子の彼女は無邪気な笑顔を見せながら言う。


「カーヒル、ありがとう。あなたのおかげで今まで一番良く寝れた気がする」

「どういたしまして、ミシェル呼んできますね」


 俺はそう言うと椅子から立ち上がる。彼女はうん、という小さな声をあげる。布団も動いており、頷いたようでもある。俺はそのまま部屋を出る。


 部屋を出ると、俺はほっと息を吐く。クリスティア様が普段の雰囲気と違うことに驚いたが、どうやらあれが素なのだろうと思う。普段からずっと感情を殺しているに近いことをしていたのだろうと思う。本来の精神は未熟なのだろう。それを思えば、俺の昨日の選択はおそらく間違っていないのだろう、と思う。


 その後、ミシェルを見つけた俺は彼女に後を頼む。ミシェルは俺にあまりよく寝れていないのだろうから、今日は休んでいるように、と言ってくれた。俺はお言葉に甘えて、部屋で休むことにした。


 一度ベッドで寝た後、外を見る。太陽の位置から、昼遅くまで寝ていたようであった。俺は少しぼーっとしながら外を眺めていた。すると、ロドリグさんがどこかへと出かけていくかのようであった。俺はそれを見て、何か違和感のような、悪い予感を覚えた。ロドリグさんから何か緊張感のようなものを感じていた。


 すぐさま俺は部屋にあった自分の剣を持つと、ロドリグさんの後を追う。ロドリグさんは森へと入っていた。何の用事だろうか、と思いながら隠れてついていくと、ロドリグさんは突如歩みを止める。俺は近くの木に隠れていた。


「ロドリグだ、もう来ているだろう」


 ロドリグさんがそう言うと、突如彼の前に黒いフードを被った男が現れる。男はロドリグさんに話しかける。


「ロドリグ、旦那様からの手紙は読んだか?」


 ロドリグさんはああと言って頷く。男はだったら話は早いな、と言うと俺の耳を疑うようなことを言い始める。


「クリスティアの処分が決定した。日没に確認しに来る。それまでにだ、わかるな?」


 俺は声をあげそうになるのをなんとかこらえる。処分とは明らかに殺す、という意味であろう。そして、旦那様と言っているところから、今ロドリグさんと話している男はルートヴィッヒ侯爵家の手のものであろう。侯爵からの直々の命令。それが下された、下されてしまった。しかも、こんなタイミングで。


 ロドリグさんは頷きながら、わかっていると言った後に、目の前の男に尋ねる。


「ミシェルについては?」

「殺せという命令だ。後々生きているとめんどくさいことになるかもしれないからな」

「わかった」


 ロドリグさんは平坦な声でそう言って頷く。男は背を向けてそのままどこかへと行こうとするが、突如足を止めてロドリグさんのほうを振り向く。


「裏切るなよ、日没のころにお前も含めて殺せるように我々は準備して来るからな」

「わかっているさ。ずっと前からお嬢様を殺すことは覚悟している。問題はない」


 ならいい、と男は言うとどこかへと消える。俺は隠れたまま、どうすればいいのだろうか、と思っていた。今の話はおそらくは、いや確実に事実だ。

 となると、今から俺はどうすればいいのか?すぐさま、屋敷へと戻って、このことをクリスティア様とミシェルさんに伝える。信じてもらえはするかもしれないが、その次はどうする?ロドリグさんをどうすればいい?

 彼を殺す?馬鹿な、そんなのできるはずがない。なら逃げる?どこに?しかも逃げるといってもすぐに対応できない。クリスティア様のためになるのはなんだ?最善の選択肢は?


 俺は様々な考えを巡らせながらその場で動かないままでいた。すると、ロドリグさんが大きく息を吐くのが聞こえる。俺がロドリグさんのほうをちらりと見ると彼はこちらのほうを向いていた。そして、彼は声をかけてくる。


「カーヒル、聞いていたのだろう?」


 俺はばれていたのか、と思い、もうこうなら出ていくしかないと判断して、ロドリグさんの目の前に出る。そして、俺はロドリグさんに問いに返答する。


「聞いていました。どういうつもりですか、ロドリグさん?」

「聞いた通りだ、私はお嬢様も君たちも殺す」


 そうロドリグさんは言うと、ナイフをどこからか取り出し、こちらに向かって突っ込んでくる。突然のことだったし、思いのほかロドリグさんの動きが速く対応が遅れかける。だが、なんとか彼の腕をつかんで、ナイフが自分の体に当たる前に止める。


「どうして、こんなことを?」

「ずっと前から決めていたことだ。お嬢様は死ななければならない。それがお嬢様の幸せだ」


 ロドリグさんはそう言った。そう言っているロドリグさんの表情は真顔だった。だが、その視線は、そのまなざしは悲し気なものだった。


「本当にそう思っているのか?それが彼女の幸せだと本気で?」


 ロドリグさんは何も言わずに、俺を蹴り飛ばす。俺は後ろへと吹き飛んでいき、木に当たると、そこで止まる。

 俺は血を吐く。想像以上に彼は強かった。だが、今思えば彼は侯爵家付きの執事だ。別におかしなことでもない気がした。それに俺の体は思うように動かない。まだ迷っている。何をすればいいかがわからない。


「ほかに選択肢はない。今のお嬢様は君と言うものを手に入れた、だから今殺してあげればお嬢様は幸せのままに死ねる。だがな、お嬢様は生き続けていれば辛い人生を送るだけだ」


 ロドリグさんはそう吐き捨てる。ロドリグさんの悲しげな表情は変わらない。俺は怒りを覚える。ロドリグさんはきっと昨日の夜の俺とクリスティア様の会話を聞いていた。なのに、なぜそう思えるのか?


「クリスティア様は生きたいと願った。聞いていたのだろう、だったら」


 俺が続きを言う前に、ロドリグさんは炎の魔法を飛ばしてくる。俺はまずい、と思いながら即座に剣を引き抜き、それを斬る。ロドリグさんは感激したように言う。


「さすがだな、騎士団に入れるだけはある」


 俺は舌打ちをする。このままでは戦うだけだ。だが、戦っても意味はない。ロドリグさんを殺したくはないし、無傷で抑えるのもこのロドリグさんの実力だと難しい。となれば、俺はどうすればいいのかわからなかった。


「カーヒル、君には感謝している。君のおかげでお嬢様は孤独から本格的に解放された。君のおかげで私は何のためらいもなくお嬢様を殺せる」

「どうしてだ、どうしてそこまでクリスティア様を殺すことに固執する。クリスティア様はあんたを愛してる、今でもだ。それはあなたも一緒だろうが」


 俺がそう言い切ると、ロドリグさんは何も言わずに突っ込んでくる。何も答えたくないとでもいいたげであった。だが、彼の覚悟は決まっている。対する俺には迷いがあった、だから反応が遅れてしまう。突如、目の前にナイフが飛んでくる。俺はそれを辛うじて、剣で叩き落す。

 だが、隙が生まれてしまった。その隙をつくかのように、ロドリグさんは俺に向かってもう一本隠し持っていたナイフを突き立てようとする。


(死ぬ、よけきれない)


 そう思った直後、どこからか黒い鋭利なかたまりが飛んでくる。それはロドリグさんのナイフを持っていた右腕を切断する。腕から飛び散った血液は俺の顔にも飛んできた。そして、その黒いものが飛んできた方向を見て、俺は驚愕の表情を浮かべる。


 なぜなら、そこにはクリスティア様がいたからだ。


 彼女は震えていた。そして、自分でも驚いていた顔をしていた。俺はどうしてここに?と一瞬思うがそれよりもロドリグさんのことを考えようとする。あの傷では、すぐに死んでしまう可能性がある。ロドリグさんはその場で右腕を押さえてしゃがみ込んでいた。


「ロドリグさん、大丈夫ですか?」


 ロドリグさんは何も答えない。ロドリグさんの右腕からは流れるように血が出ていた。俺はクリスティア様のほうを見る。彼女は震えたままでしゃがみ込んでいた。そして、震えた声で言う。


「ロドリグがカーヒルを殺そうしていたから、私は」


 俺は今この場で治療できるのは彼女しかいないとわかっていた。俺は治癒魔法を使えない。それにこの傷は深すぎる、だがかつてぼろぼろの俺を治した彼女なら応急処置ぐらいはできるだろう。だから俺は彼女に声をかける。


「クリスティア様、治療を。ロドリグさんをこのまま死なせていいんですか?」


 俺の問いに少し遅れて彼女はゆっくりと首を振る。そして、彼女は震えた足取りでこちらまでくると、ロドリグさんの腕に触れる。すると黒い霧のようなものが現れる。そして、徐々にロドリグさんの腕を治していく。


「ごめんなさい、ロドリグ。ごめんなさい」


 クリスティア様は何度も謝る。ロドリグさんは何も言わずに、下を向いたままであった。俺はこのまま治療していいものかを迷っていた。なぜなら、ロドリグさんはクリスティア様を殺そうとしているのだから。傷を治した瞬間に、また襲い掛かる可能性もある。だが、このままでは死んでしまう。俺は迷う。ロドリグさんをしなせたくはない。それはクリスティア様の望みに反するのがわかる。


「謝るのは私です、お嬢様。私はお嬢様を殺そうと考えていました」


 ロドリグさんは下を向いたままそう言う。そして、クリスティア様の手を弱弱しい力でも引きはがそうとする。俺がどうすればいいのか、と迷っている間にクリスティア様はロドリグさんに向かって言う。ロドリグさんの腕の治療を絶対やめようとせずに。手を引きはがそうとするロドリグさんに抗いながら。


「知ってる、ずっと前から知ってる」

「そうですか、なら私を助けようとしないでください。私はお嬢様を」

「黙って」


 クリスティア様はそう叫ぶ。そして、泣きながら言う。


「私はあなたに死んでほしくないの。ずっとあなたを恨んでた、ゆるせなかった。それでも私はあなたに死んでほしくない」


 クリスティア様はそこで言葉を切り、ロドリグさんは顔をあげて彼女の顔を見る。そして、ロドリグさんにとっては驚愕の言葉を彼女はつむぐ。


「だってあなたは私のお父さんなのよ、もうあなたがそう思っていなくても」


 クリスティア様は泣きながら微笑んでそう言った。ロドリグさんは驚愕したような顔で固まる。そして、同時にクリスティア様の応急処置が完了したようであった。ロドリグさんの腕から血が止まった。だが、顔色は非常に悪い。


「お嬢様は馬鹿です。私が戯れで言った言葉を信じていたのですね。でもそれ以上に私は大馬鹿者のようですね」


 ロドリグさんは涙を流し始める。


「お嬢様を殺そうとずっと前から覚悟してきたのに。もうできなくなってしまった。私はお嬢様を殺せない、いや殺したくない。いくら娘のためと想っても娘を殺せる父がいるでしょうか?」


 ロドリグさんはそう言うと笑う。クリスティア様はロドリグさんに抱き着く。そして、そのまま泣き始める。彼女はずっと待っていたのだ。ロドリグさんと和解できるときを。クリスティア様とロドリグさんはようやく昔のように戻ることができた。今更だがようやく彼らのすれ違いは解消された。


 少しして、ロドリグさんは泣いたままでいるクリスティア様を片腕で抱きしめながら、俺に声をかけてくる。


「カーヒル、君に頼みがある。今更何を言っているとは思うだろう、だが頼む」

「クリスティア様を逃がせってことだろう。言われなくてもやる」

「そうか、助かる」


 ロドリグさんはそう言うと、クリスティア様を体からゆっくりと離す。俺はロドリグさんに肩を貸す。クリスティア様も一緒に立ち上がる。


「とりあえず、屋敷に戻ろう。ミシェルにも話さなければならない、すべてを」


 俺は頷く。そして、急いで俺たちは屋敷へと戻る。



 ミシェルさんは外にいた。そして、こちらを見つけると一瞬こちらを怒鳴ろうとするも、片腕を失くしたロドリグさんのことに気づいたらしく固まる。

 ロドリグさんはミシェルさんに地図を持ってくるよう言う。ミシェルさんは何も言わずに、すぐに屋敷の中へと戻っていく。俺たちは玄関の近くにあった一室に入る。ミシェルさんが地図を持ってくるとロドリグさんは話し始める。弱弱しい震えた声で。


 ルートヴィッヒ侯爵がクリスティア様を処分しようとしていることと自分がずっと前からそれに協力してきたということを。ミシェルさんはそれを聞いて、ロドリグさんのことを何も言わずに頬を叩く。そして、「これ以上は後で」と言う。

 

 ロドリグさんはわかった、と笑顔で言うと地図を机の上に、ミシェルさんと俺に広げるように頼む。広げ終わると、それを示しながら話しを始める。


「とりあえず、隣国に逃げるのがいいだろう。隣国まで行けばルートヴィッヒ侯爵家であろうと手出しは難しい。馬で行けば二、三日で隣国に入れる」

「クリスティア様とミシェルさんは馬に乗れるのですか?」

「「乗れます」」


 二人は口をそろえて言う。二人ともこの森にいる間に、ロドリグさんに教えてもらっていたらしく十分に乗れるようであった。それはロドリグさんが教えたものであった。ロドリグさんは実は逃げ出すことも多少なりとも準備していたようであった。それが必要なことにならないとも内心思いながら。その覚悟は自分にはなかったから。


「であればすぐに行こう。荷物をまとめて着替えて」


 俺がそう言って、クリスティア様たちが動き始めようとしたとき、ロドリグさんは突然思いもよらないことを言う。


「私はここに残ります」


 その場にいる全員がロドリグさんのほうを見る。そして、クリスティア様が俺たちの気持ちを代表するかのように「何を言っているの?」と言う。


「侯爵家の暗殺者を足止めします。私の話であれば、彼らは話を聞く。それに片腕がない私は足手まといになるでしょう」


 ロドリグさんの言っていることは正論であった。だからといってそれを許せるわけではない。だが、彼の覚悟が決まった表情を見ると俺には何も言えなかった。ミシェルさんも俺と同じ気持ちなのであろうが何も言わないでいた。だが、クリスティア様だけが口を開く。


「ふざけないで、一緒に行くの」

「お嬢様、後から向かいます。約束します、必ず合流すると」


 ロドリグさんがそう言うとクリスティア様は首を横に振る。


「嘘、あなたの嘘ぐらい私にはすぐわかる。もうあなたの嘘は聞きたくない!」


 クリスティア様だけでなく、その場にいる全員がわかる嘘であった。ロドリグさんは困ったような顔をする。


「そうでしたね。でも置いていってください、お嬢様。私はお嬢様に生きてほしい、ずっと仕えてきた執事として、それと父親として」


 クリスティア様はそれを聞いて、小さな声で下を向いて言う。


「ずるい、そう言われたらもう私は何も返せないじゃない」


 クリスティア様はそう言った後、しばらく黙り込むとミシェルさんのほうを向く。クリスティア様は覚悟を決めたような表情をしていた。


「ミシェル、着替えを手伝って」

「わかりました」


 ミシェルさんはすぐさまそう言うとクリスティア様と共にこの部屋を出ていく。部屋に俺とロドリグさんが残された。


「カーヒル、すまん。あとは任せる」

「気にしないでください、でもお願いがあります」


 何だろうか、とロドリグさんは言う。俺はロドリグさんの顔をまっすぐ見据えて言う。


「絶対に生きて俺たちと合流してください」


 ロドリグさんはふっと笑うと、ああと言って頷く。俺も部屋をでて準備に向かった。


 準備をし終えて、俺たちは厩舎の前に集まっていた。馬は用意されていた。いつでもこんなことがあってもいいように。


「隣国までの道のりはわかりますね?」


 ロドリグさんが尋ねると、俺たちは頷く。そして、俺とミシェルさんは馬に乗る。クリスティア様は馬に乗らずにロドリグさんのほうを見て言う。


「先に行きます、ロドリグ。待っていますからね」

「ええ、待っていてください。お嬢様」


 ロドリグさんは笑顔でそう言う。クリスティア様はロドリグさんに一度抱きつくと耳元で何かを言う。ロドリグさんはそれを聞いて、一瞬驚いた顔をした後、微笑む。そして、耳元で何かを言い返す。クリスティア様はそれを聞いてから少し抱擁を惜しむようにして、ロドリグさんから離れて馬に乗る。


「では、行ってらっしゃい、お気をつけて」


 ロドリグさんの笑顔のその一言と共に、俺たちは馬を走らせる。隣国を目指して。


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