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出会い

 騎士の格好をしている青年は真っ暗の森の中を進む。服装はボロボロであり、大量の血が様々なところに付着していた。彼のあしどりはふらふらとしており、また右足を引きずるように歩いていた。彼は血で真っ赤となった剣を支えにしながらただひたすらに歩みを進める。


 青年にはどこか目的地があるわけではなかった。ただやみくもに森の中を進んでいたのだった。彼はある目的を果たした。しかし、その後どうすればいいかはわからなかった。その目的を達成するためだけに生きてきた。だが、その目的を果たした今、自分の生きる意味というものを失っていた。彼はいつでも死ぬことができた。彼が果たした目的による追ってもあった。それに持っている剣で、どこか致命傷になりうる場所を斬るのでも突き刺すのでもいい。死に方はいくらでもある。だが、その選択肢をとることは青年は一度もしなかった。死への恐怖がなかったわけではない。わけもわからずに彼は生きることを選んだのだ。

 

 そう、彼は生きるためにこの森を進んでいた。この森に逃げ込んだのには追っ手を振り払うのに良いと思っただけでなく、なぜかここに行かなければならないと思ったほうが大きい。何かに導かれるように、わけもわからずに、ただただ歩みを進める。意識はだんだんとなくなっていき、自分がまっすぐ歩けているのかも徐々に分からなくなっていく。そもそも自分が歩みを進めれているのかすらわからない。現実かどうかも。とうに死んでいるのかもしれないと思っていた。


 青年は森の中をどれだけ歩いたかわからなかった。そして、青年はもう死ぬなと思ってきた瞬間に森の中に屋敷を見つける。屋敷の外見はボロボロであったが、誰か住んでいるようであった。青年はその屋敷を見つけた瞬間、糸が切れたように倒れこむ。安心したかのように。そして、青年は意識をそのまま失くしてしまう。


 青年が倒れこんで、少しして屋敷から一人の女性が出てくる。その女性は黒髪の若い女性であり、ドレスを着ていた。女性は青年が倒れこんでいるのに気づくと、大きな驚きを覚える。ここに来る人間などほとんどいないのを知っているからだ。その後、すぐに青年の近くまで来て、しゃがみ込んで青年の様子を確認する。傷だらけの青年にさらに驚きを覚えながら、声をかけて見る。だが全く反応がない青年の様子に、すぐに対処しなければと思う。

 その後、女性は何かをつぶやきながら、青年の額に手を置く。その瞬間、真っ黒い何かが青年を包み込んでいく…


「ここはどこだ?」


 俺は目を開けると同時に見えた天井を見てつぶやく。俺はすぐに体を起き上がらせようとする。ここがどこだか全くわからない。となれば、今は場所を把握するべきだ。だが、その瞬間、体中に激痛がはしる。俺はそれに耐えながら、上半身を上げて周りを見る。そして、ここが、自分が意識を失う前に見つけた屋敷の一室であろうことを予測する。


(ここにいる人は俺を助けてくれたようだな)


 俺はこれからどうするか、を考える。自分の立場もあるので、ここにいつまでもいるわけにもいかない。できたら今すぐ逃げるべきだ。となれば死んでしまうかもしれない。それにここの屋敷の主にとって、俺の存在は危険なものだ。だが、すぐに体は動かせないな。


「まだ生きているんだな、俺は」


 俺は自嘲気味につぶやく。実際、そう思うのだ。


(あれだけの傷を負ったが、よく逃げられて、生き残れたものだな。生きる意味などもうわからないというのに)


 俺がそう思っていると、部屋の扉が唐突に開く。そこには、茶髪で短い髪の女性がいた。おそらく年は20歳ほどであろう。また、服装からして、ここで働いているメイドのようであった。メイドは俺を見て驚いていた。おそらくではあるが、起き上がっているのに、驚いたのだろう。メイドはすぐに「お嬢様」とか言って背を向けてどこかへ行く。


 俺は屋敷の主を呼びに行ったのだろうと思う。だが、お嬢様という言葉に引っかかりを覚える。こんなところで令嬢が暮らしているとでもいうのか、と俺は疑問を抱く。それにもし暮らしているにしても、貴族のご令嬢がなんでこんなところで暮らしているのだ、とも思う。ここは森の奥深くだ。ここに住む意味があるとは思えない。


 そんなことを思っていると、部屋に先ほどのメイドとともに一人の女性が入ってくる。その女性はこの国では珍しい黒髪であり、年も自分の予測では一緒にいるメイドより若く15、6とこの国では成人まであと少しの年齢である女性であった。その女性に俺は見惚れてしまった。とてもきれいで美人な人物であった。そして、何かの予感を感じた。まるで、彼女に会うためにここに来たのだと。


「無事にお目覚めのようで何よりです」


 黒髪の女性はそう笑顔で言う。俺は感謝と謝罪の意を示そうと頭を下げようとする。だが、痛みがはしってうまくできなかった。


「無理はなさらないでください、騎士様」


 騎士という単語を聞いて、俺はすぐに苦い顔をしてしまう。俺はもう騎士ではないのだ。騎士と言える資格は自分にはとうになくなっているのだ。まあもっともそんなものになれたことなど肩書だけであったし。だが、それをいきなり伝えても相手は困ってしまう。俺はそう思いながらとりあえず自分の名を名乗る。


「俺、いや私の名前はレインと申します。この度は私の命を救っていただきありがとうございます」


「気にしないでください、傷だらけの騎士様が倒れていたらお助けするのは当たり前のことです。私の名前はクリスティア・ルートヴィッヒと申します」


 ルートヴィッヒという名を聞いて、俺は大きく驚く。それはこのフェイル王国の三大侯爵家の一つである家の家名であったからだった。確かに一応この森の場所はルートヴィッヒ侯爵家の領内だったはずだ。だが、自分は貴族の事情についてそれほど詳しくないとしても、そんな三大侯爵家の一つのご令嬢がいくら領内といえどもこんな森の奥深くで暮らしているのはおかしなことだと感じていた。


 彼女は俺の動揺と驚きに気づいたようでただにっこりと笑顔を見せた。まるで、何も言わないでほしいと言いたげだった。俺はその意図をくむ。それにいきなりそんなことをわざわざ聞くことでもない。

 

 とりあえず、今日が何日かを尋ねる。すると、彼女はすぐに日付を答えてくれた。


 俺は聞いた日付から、三日間もここで寝ていたようであることに気づく。俺はそのことについてまずは謝罪の意を示した。


「三日もの間、申し訳ありません」

「いえ、お気になさらず。それではレイン様、所属されている騎士団の名前などお教えくださいませんでしょうか。こちらで連絡をとりますので」


 俺は固まる。なんと言ったらいいかわからなかったからであった。だますほうはいくらでもある。だが、騎士の格好をしていたとしてもわけのわからない人物を助けてくれたこの令嬢をだますのには腰が引けた。それに彼女にはうそをつきたくない。そんなわけのわからない感情が自分の中にあった。それにすぐにばれるようなものだ、たった一瞬の誤魔化しにはなんの意味もない。それに噓をつき、だましつづける生活をしてきた。もう疲れてきていた。


「どうかなさいました?」

「すみません、私は騎士ではないのです」


 令嬢は驚いた顔をする。そして、すぐさまメイドは令嬢の前に立ち、こちらをにらんでくる。おそらくではあるが、賊か何かだと思ったのだろう。素早い反応に俺は感嘆を少し覚えた。


「私はあなた方に危害を加えるつもりはありません」


 俺は一応そう言ってみたが、メイドは俺のほうをにらみながら言い放つ。


「そんなことは信じられません」


 俺はそうだよな、と思う。そして、この場をどうしたらいいか、どのような話をするべきかを考える。まあ別に話すべきことがあるわけではないが。緊迫した雰囲気が場を支配するとき、令嬢は落ち着いてと優しい声で言う。メイドは「お嬢様」と令嬢のほうに視線を向けながら言う。令嬢はメイドに「下がってくれる、話をしたい」と言う。メイドは「だめです」とすぐに答えたが、「お願い」という令嬢の短い言葉を聞くと、「わかりました」と了承の返事を言う。すぐにメイドはしぶしぶといった感じで下がり、椅子を持ってくる。令嬢はその椅子に座る。

 メイドは俺に警戒の目を向けたままであった。


「では、レイン様は何者なのでしょうか」

「ただの裏切り者ですよ、騎士団、いや王国にとっては」

「どういうことでしょうか?」


 俺は答えをどうするか悩む。自分の本当のことを伝えることに意味があるのかどうかわからなかった。だけど、令嬢のまっすぐこっちを見てくる眼を見て、本当のことを伝えることを決める。なぜだかわからないが、この人には本当のことを果たしたい、と思ったのだ。どうせ、話す相手などいなかったものだ。最後に話してみてもいいと思えた。


「私の父は平民でありながら王国の第一騎士団の騎士でした」

「平民で第一騎士団とは相当優秀な方だったのですね」

「ええ、優秀でした。優秀すぎるくらいでした」


 俺は一度言葉を切る。そして、思い出す。第一騎士団の服装を着た父の姿を。今でも脳裏に思い出せる。俺が騎士の道を進もうと思った夢を抱いたあの瞬間。

 あの時、俺はかけらも思っていなかった。それから起きたことについて。


「そして、私が幼いころ、私の父は騎士団の任務中に亡くなりました。事故と言う扱いで。ですが、私はすぐにおかしいと思いました。だって、あの時俺や家族にそれを伝えてきた騎士は詳細を教えてくれませんでしたし、それに同時期噂を聞きました」

「噂ですか?」

「ええ、父は平民だったから周りに厄介視されていて殺されたんだ、と」


 俺は窓のほうを見る。そこには、森が広がっていた。そして、あの日のことを思い出す。俺と同じ村に住んでいた人が俺に聞かれないように話していたのだ。俺の父は貴族に殺されたに違いない、と。でも、それを糾弾できるわけがない。諦めるしかない、と。レインはかわいそうだ、とも。俺はそれを聞いた。聞いてしまった。


 母もそれを知っていたようであった。俺よりも前に。だが、俺には何も言わなかった。母はそのあと、すぐにはやり病でなくなってしまった。そして、俺は一人になったのだ。だからこそ、決めた。もう何も失うものなどなかったから。


「俺はその後、死ぬほど努力して王国騎士団に入りました。父の死の真相を調べるために。俺は騎士団で活動しながら、父が死んだ任務について調べました。そして、知りました。俺の父が死んだ本当の事実を」


 俺はこぶしを握り締める。あの時の真相を知った時、俺の中で何かドロドロした感情が芽生えた。いや、正確には芽生えてはいたもっと前から、その感情に支配されたに近いのだ。


「父は殺されたんです。元第一騎士団の団長で今、いえ以前は王都にて悠々自適に暮らしていたキリング・アルラッドに」


 キリング・アルラッド。三大侯爵家のアルラッド侯爵家の現当主の弟。令嬢とメイドは知っている名前が出たことで少し驚いている様子であった。それだけの大物だ。


「やつは平民が嫌いでしてね、優秀だった俺の父を相当嫌っていたようです。だから殺した。ただの妬み、ひがみで、そして、その事実はいとも簡単に隠蔽された。図に乗った平民が悪いとでもいいたげに」


 俺はそこまで一気に言うと、一度深呼吸をする。自分の感情だけを乗せすぎてしまった。そして、俺の中にまだその感情が根付いているのを知る。


 メイドは驚いた顔をしていたが、令嬢は驚いた顔をしていなかった。だけど、少し寂し気な表情をしていた。まるで俺をいたわるかのような視線も向けていた。


「前置きが長くなりました、申し訳ないです。俺はその事実を知ったのでキリングを殺しました。ただそれだけです」


 俺は何の気もなしにキリングを殺したということを言う。そう言った時の自分の顔はわからなかった。自分がどう思っているのかすらも。瞼を閉じる。


 あの時、キリングを殺した瞬間、それだけは瞼の裏にこびりついているようにすぐに思い出せる。


 キリングを俺はどうにか呼びだした。そして、父の一件を聞いた。


 キリングはしばらくして、思い出したかのように言った。


『ああ、あの目障りなごみのことか』


 そして、俺の目の前でキリングは流れるように言った。『平民が図に乗るから悪い。あいつが悪い。私はただごみを処分しただけだ』と。


 俺は何も言わずにいた。黙ったままの俺を少しいぶかしみながらキリングは笑って言い放った。


『ああ、そういえばお前も平民だったな。あまり調子に乗るなよ、死ぬぞ、あの無様なごみのようにな』


 それを聞いた瞬間、俺の体は動いていた。腰に差した剣を素早く引き抜き、キリングを斬るための剣を振るった。


 キリングは俺の素早い反応、いや何も起きないとたかをくくっていたのだろう。何もでき

ずに、ただ驚きの表情をしたままであった。


 俺の剣はキリングの首をはねた。いとも簡単に。俺の十数年の復讐の旅は簡単に終わった。あっけないほどに


 俺の話を聞いて、メイドは驚いた顔のまま、固まっていた。令嬢はしばらくして、寂し気に笑うと俺に尋ねてくれる。


「あなたは後悔しているのですか?」


 俺はその問いを聞いて、すぐに答えを返せなかった。自分でもわからなかったからである。自分の行為に後悔があったのか否かを。キリングを殺した時、俺は復讐を果たした高揚感だけでなく、どこかこれからどうすればいいかという困惑を感じたのだ。だって、俺にとってはそれだけが復讐を果たすことが俺のすべてだったのだから。俺の人生のすべてになっていた。復讐は。


「わかりません」


 俺が絞り出せた言葉はそれだけだった。本当にわからなかったのだ。後悔したというのも事実だ。でも後悔していないというのも事実のように感じられた。俺はその返答を返すと、漠然とこれからどうするかを考える。きっとこの令嬢とメイドは俺を騎士団に突き出すであろう。その時、どうするか、を。何かする気持ちは全くと言っていいほど起こらなかった。抵抗する気力はとうになくなっていたのだ。それにこの話を伝えた瞬間に、すべてが終わったかのように思えた。ここまでが俺の神に定められていた人生であったように感じた。


 でも、俺にとっては全く想定外の言葉が令嬢から聞こえてくる。


「お話は理解しました。では、とりあえずうちで傷を治すといいでしょう。傷が治れば、あとはあなた次第です」


 俺は大きく驚いた。そして、本気で言っているのか、とも思う。メイドも俺と同じような気持ちをしているようであった。俺はかなり困惑しながら尋ねる。


「本気で言っているんですか?俺をかくまっていることを知れれば、あなた方に不都合が生じるはずです」

「本気で言っています。不都合は多少ありますが、問題ありません。それはどうとでもなります」


 令嬢の顔は本気で言っていた。俺はなぜ、彼女がこんなことを思うのかはわからなかった。なぜ、そこまでして俺を助けようとするのか。俺は予想もつかず、わけもわからないままだった。だから俺は問う。クリスティア・ルートヴィッヒ侯爵令嬢の真意を。


「なぜそんなことをするのですか?俺を騎士団に突き出すほうが最善でしょう。あなたにとって」


 メイドは俺の意見に賛同しているようで、「そうです」と言って、何度も首を縦に振った後に、令嬢を見つめる。少しして、令嬢は答える。


「確かにあなたの言うとおりです。でも、私はあなたと話してみたいと思ったのです。もっとあなたの話を聞きたいと。そして、見たくなった。これからのあなたのことを」


 俺はわけのわからないままだった。この令嬢に話すようなことは自分にあるのだろうか、と思う。俺の話を聞くことで、この令嬢にとってどんな利点があるのかが全くわからなかった。


「申し訳ありません。一度私の話をしても構いませんか?」


 俺は驚きながら了承を示す頷きをする。彼女の真意を知りたかった。それがこの話にあると思えた。令嬢は朗らかに笑うと横にいるメイドのほうを見る。


「ミシェル、思うことがあっても私の話をさえぎらないように」


 ミシェルと呼ばれたメイドは一瞬嫌な表情を浮かべる。それに気づいた令嬢はもう一度「お願いね」と声をかけると、メイドはしぶしぶといった様子で「わかりました」と言ってうなずく。令嬢はありがとうと言ったあと、俺のほうに向きなおす。


「いきなりですが破滅の魔女」というものをご存知ですか?」


 『破滅の魔女』俺はその単語をどこかで聞いた気がして、頭の中にある記憶や知識からその単語を聞いたことがないかを確認する。そして、俺は昔小さな頃に聞いた物語の中でその単語を聞いたことを思い出す。おとぎ話のようなものであったはずだ。村にいた老女が昔子どもたちに話していたことを思い出す。その話の内容はどうだったか。俺は必死に思い出す。そして、細部は思い出せないが、概要を思い出す。俺は自分が思っていることが合っているかどうかを確認する。


「『破滅の魔女』はかつて王国を滅亡ぎりぎりまで追い込んだとされる黒髪の魔女のことですよね。彼女によっていくつかの国も滅んだとも言われる」


 令嬢は頷く。だが、なぜそのような存在が話にでてくるのだろうか。そもそも『破滅の魔女』は俺の記憶が正しければ存在そのものがあやふやだったはずだ。ただの物語。王国建国当初の話に近い。もう100年以上の前のことだった。


「なぜ、そのようなことを聞いたのかと困惑なさっているでしょうね。でも、とても重要なことなのです。なぜなら私は『破滅の魔女』の生まれ変わりとされているからです」


 俺は驚きで固まってしまった。突拍子もない話だったからだ。そもそも信じられなかった。そう俺が思っている瞬間、証拠をお見せしますね、と言うと何かをつぶやく。それと同時に、令嬢の手のひらから黒い霧のようなものが出てくる。

 

 すべての光を飲み込むかのような真っ黒の霧。


 その黒い霧は、自分の知識だけで実際に見たことがないので、確実な判断ではなかったが、闇魔法によって生じているのではないかと自分は判断できた。闇魔法を使えるものはめずらしい。いやもはや伝説級であった。王国の歴史の中で使えるとされるものは数えるほどしかいないはずだった。そのうちの一人が『破滅の魔女』であった。

 希少な闇魔法を使える黒髪の女性。破滅の魔女と特徴は一緒だ。 

 だからこそ、俺はこの人が『破滅の魔女』と生まれ変わりとされてもしょうがないと思えた。『破滅の魔女』の生まれ変わり、そんなものが存在するなんてほとんどありえない。だが、貴族社会ではその小さな噂が大きな火種になりうる。貴族社会に対して詳しくないが俺にはそれはわかる。そして、俺は考え付いた予測があっているかどうかを尋ねる。


「ルートヴィッヒ侯爵の令嬢ともあろう人物が、こんなところにいるのは『破滅の魔女』の生まれ変わりとされているからですか?」


 ええ、と令嬢は笑顔で答える。笑顔であったが、その視線はどこか寂し気なものであった。


「私の母は父と仲がよくなかった。そこに『破滅の魔女』との生まれ変わりの疑惑。父にとっては厄介払いする好機でした。母は私を産んだ時になくなっていましたし、新しい妻との子どもはもういました。ですから、私は表向きには病気で療養していることとなり、ここに暮らすように指示されました。父から」

「失礼ですが、なぜルートヴィッヒ侯爵はあなたを処分しなかったのですか、『破滅の魔女』の生まれ変わりではないか、と気づいたときに」


 自分でもこの質問をするべきではないと思っていた。だが、聞かなければいけないと思った。令嬢は俺にすべてを話す気でいるようだし、すべてを聞かなければ自分が納得できないと思っていた。だからこそ、俺は酷い質問をする。メイドがこちらをにらんでいるのがわかる。だが、俺に何かを言うことは抑えているようだ。令嬢の指示をしっかりと守っているようであった。


 令嬢はすぐにわけを説明してくれる。その様子はあたかも傷ついてないと思わせるものだが、逆に傷ついているのではないか、と思わせるものだった。


「現在ルートヴィッヒ侯爵家には、男児がおらず、私と妹の二人しか子どもがいません。となると、外部から婿を入れるしかありません。そして、現在王太子である第一王子には婚約者がおらず私たちは婚約者としては適齢期です。ですので」


 令嬢は一度言葉を切る。そして、窓の外を見る。その見た方向にはおそらくルートヴィッヒ侯爵家の屋敷があるであろうと思った。冷たい視線であった。


「私はルートヴィッヒ侯爵家を存続させるための存在です。といっても妹が第一王子と結婚できなければ処分するでしょう」


 俺の中では、話を聞くごとにふつふつと怒りの感情が沸き起こっていた。この令嬢はただ生かされている。侯爵家のために。そして、侯爵家のためならば殺される可能性があるのだ。俺は静かにこぶしを握りながら、唇をかむ。怒りを抑え込むために。ここで俺の感情を吐露しても、意味はない。俺はできる限り冷静になりながら尋ねる。


「あなたの境遇は理解しました。あなたはこれから何をするつもりですか?」


 俺は暗に尋ねた親や家族になんらかの形でこの境遇に追いやったことを復讐するのか、と問うた。だからこそ、復讐を果たした俺の話を聞くつもりなのか。おそらく令嬢は俺の質問の本当の意図を理解しているのであろう。令嬢は俺のほうを向くと、困ったような笑顔でさっと答える。


「まだ決めていません。いや決められないのです。私は父と母と妹、特に父をおそらく憎んでいます。でも、それでも家族なのです。母と妹と血がつながっていないとしても。だからあなたの話が聞きたいと思いました。復讐を果たした者の話を」

「わかりました。でも一つだけ言わせてください。あなたはあなたの人生を生きるべきです。あなたはまだ後戻りできるのだから」


 俺は小さく付け足す。俺とは違うのだから、と。俺はもうすべてを終わらせてしまった。今さら戻れない。令嬢はそうですね、と言うと椅子から立ち上がる。


「では、今日はお休みになってください。体が治るまでの世話などはこちらのミシェルがしてくれます」


 そう言われたメイドは俺のほうを一瞬にらむと、わかりました、クリス様と嫌そうに言う。令嬢はクスリと笑う。


「お困りのことなどありましたらお願いします」とのメイドの棒読み。

「迷惑をおかけしますが、お願いします」


 俺は痛みに耐えながら、軽く頭を下げる。そして、令嬢はこの部屋から出ていき、ミシェルと呼ばれていたメイドと二人だけになる。メイドは俺のほうをいぶかしむような目で見ながら、忠告する。


「お嬢様になにかあったら絶対に許しませんから」

「わかってますよ。というか本当に申し訳ない、俺がここにきてしまったせい多大なご迷惑をおかけすることになって」

「ええ、大変迷惑しております」


 メイドの俺へのとげのある反応。俺はこれが普通だと思う。あの令嬢の反応は普通ではない。だが、それを言うわけにもいかない。

「とりあえず、食事は私が運びます」

「感謝します」

「何か聞きたいことはありますか?」


 俺は今すぐ聞きたいことを考える。少しして、俺は尋ねる。


「この屋敷には、クリスティア様とあなた以外にいる人物はいますか?」

「執事のロドリグさんがいます。あなたが来る前から本邸のほうに行っていて今日の夜帰ってくるはずです」


 俺はなるほど、と言って頷く。想像以上にここには人がいないようであった。監視役などがいると思ったが、俺がここに来れたことを考えるといないようであった。まあ、逃げたりはしないという確信であろう。それに逃げたら逃げたでなんとでもなると思っているのかもしれない。そしたら手間が減るのだ、と。そこに苛立ちを覚える。

 「ありがとうございます、もう質問はありません」と俺は返す。今急ぎで聞くべきと思えることはこれだけであった。他にも聞きたいことはあったが、いずれ聞けるか、もしくは聞かなくてもすむであろう。それにミシェルさんのイライラが限界のように思える。一度俺とは離れたほうがいいだろう。


「では、食事を持ってきます」


 ミシェルさんはいらだったようにそう言うと、部屋を出ていく。俺はこの部屋に一人だけになると、外を見つめる。そして、自嘲気味に小さくつぶやく。


「まだしばらく生きることになりそうだな」


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