初手 地雷ワード
いつも悪役にされがちな竜人が特に悪くない話。
あれ? こんな時間に鐘の音?
ん? あぁそっか、今日なんだ。あの獣人の処刑。
獣人に限った話じゃないけど、この世界の生きとし生ける者には運命の相手が存在してる、っていくら遠い昔に神様に言われたからってさ、皆が皆その運命の相手をわかるわけじゃないじゃん?
獣人たちはそういうの感覚的にわかるみたいだけど、人間とかはさ、言われてもよくわかんないとかさ。
うん、そうだよね。
アリッサだって人間だもの、そんな風に言われたって困るよねぇ?
うん、俺も。
いや、俺は確かに竜人だからさ、会えばわかるよ。
えっ? まさかぁ。アリッサを捨てるなんてありえないよ。
結婚を前提に付き合って下さいってアリッサの家族に土下座してまで頼んだのにそんな事するわけないだろ。やだなぁ。
うん、最初は知り合い程度の関係だったのにね。縁って不思議で面白いものだね。
え? 処刑される獣人?
あぁうん、なんか他の国から来た使節団の人だったみたいだけど、この国の王女様を一目見て運命のつがいだ! ってなったみたい。
困るんだよねぇ、そうやって本能まるだしになって獣どころかケダモノになるような奴らのせいで獣人ってだけで周囲の目が厳しくなるんだから。
うん、ありがとアリッサ。俺はそんな事しないよ。してないってわかってくれる? 嬉しい。
好きな人に信用されないのってやっぱりツライもんな。
ところでその使節団の連中と王女様は別にかしこまった場で会ったわけじゃなくて、移動中、そう。お城の中庭みたいなところで出くわしたみたいで。
突然の事すぎて、あやうく王女様が危険な目に! ってなったところにたまたま俺がさ、空中から。
うん、お手紙届けるの頼まれてたからさ。
竜人だからね、これでも。飛ぶ速度は自信あるし、上空から取り押さえられる事になるとは思ってなかったみたいだからさ、驚かせたけど、それ以上に王女様を助けたって事で金一封もらっちゃった。
うん、そのお金はこの前アリッサの家の壁が壊れた時の修繕費用に。
いいっていいって。俺だってアリッサのお母さんとかお父さんに世話になってるんだからさ。
まぁ、突然の臨時収入ってのもあったからだけど。へへ。
うん、一昔前はさ、運命のつがいって言えば何でも許されるみたいに思い込んでた獣人も多くいたけど、でもそれって、運命のつがいが獣人同士ならお互いわかってるからさ、赦されるとは思うよ?
でも獣人以外の、つがいっていうか運命の相手だってわかりにくいというか、感知しにくい種族? 人間とか。うん。そういう相手にさ、言ったってわかるわけないじゃん。さっきも言ったけど。
大体初対面の相手にいきなりそんな事言われたってさ、困るじゃん?
仮に絶世の美女とかに言われたって俺だって困るよ。本当だって。
鼻の下伸ばすどころか、逆にドン引きだよ。
アリッサだってさ、超絶イケメンにそんな事言われていきなり連れ去られそうになったらときめける?
だよねぇ、怖いよね。そんな事言って実は嘘で、人身売買されるんじゃないかとか考えるよね。
人間だって獣人に比べれば感覚は鈍いかもしれないけど、だからこそ危機感は捨てちゃだめだよ。
まぁ、アリッサが危険な目に遭ったら、俺が近くにいればいいけどそうじゃなかったらとにかく大声出してくれれば飛んでいくからさ。助けを求めて、それから俺が行くまでどうにか逃げ回ってて。絶対立ち向かおうとしないで。心臓いくつあっても足りなくなるから、俺が。
あぁ、うん。
で、使節団の獣人たちもさ、昔と違って今は多種族にきちんと配慮しましょうね、ってなってるんだよ。どの国の獣人も。
昔にどこぞの国の獣人がやらかして大きな戦争になって、そこからだったかな。色々と変わったの。
うん、だからね、長生きしてる獣人でも、昔の感覚のままではいけないってわかってる奴はちゃんと情報アップデートしてるんだよ。うん、全部じゃないのが悲しいとこだね。
空からお邪魔します! って感じで俺が取り押さえたあいつはわかってなかったからさ。
運命の相手だなんだっていうけど、でも相手王女様だよ?
他の国の王子様と結婚が決まってる王女様だよ?
だよねぇ、運命だからってそれで全て許されるわけがないよね。
他の使節団の人たちだって、危うく国に喧嘩売るところになりかけてたんだからさ、その獣人を擁護しようとしてた奴いなかったっぽいよ。
まぁそうだよね、王女様と他の国の王子様との結婚を邪魔するとなれば、二つの国を敵に回す事になりかねないし。王子様のいる国がどう出るかはわかんないけど、王女様がいるこの国は間違いなく敵になるよね。
落ち着いて考えたらわかるだろうに。
使節団のそいつはさ、まぁ、使節団の一員としていたわけだから、優秀な方だったとは思うよ?
でも王女様の結婚相手と考えたら……ねぇ?
そいつがもし王子とかの身分だったら?
どうだろ、本来結婚予定の王子様との関係を解消してそっちとくっついた方が国にとってもメリットが大きい、っていうならあり得るかもしれないけど、でもそこまでするなら、獣人側の国だって色んなものを支払う事になるからね。下手したら運命の相手とくっついたものの、国が色々と支払う形になってあっという間に貧乏一直線、結果として王女様の国に取り込まれて獣人王子の国は滅亡、なんて事になりかねないよ。
まぁその獣人は王子でもなんでもないからそんな事にはならなかったけど。
一応他国に赴くにあたって、獣人たちもちゃんと礼儀作法に問題がないかとか、色々と試験を受けたりしてたみたいだけど……やっぱりさ、頭でわかってても突然本能が前面に出た場合とかはさ、実際そうならないとわかんないって事あるみたいだよ。
王女様に会うまでのそいつは、使節団の中でも一番真面目だった、って話だからね。
真面目だったから逆に今までの分が解放されて箍が外れた、とかでも問題しかないけど。
どっちにしてもさ、あの獣人はそのままにしておけなかった。
だって、運命の相手だと知った王女様は他の男と結婚予定だ。
そうなったらさ、そうだよ、王子様を殺そうとするかもしれないし、ましてや王女様を誘拐するかもしれない。
実際昔、運命のつがいだからって出会ってすぐに囲おうとして連れ去った、とかいうのもいたからね。
本能に忠実になってやらかすのはよくないよ。
獣人って獣の特性持ってはいるけど、それでも俺らも一応人であるわけで。
理性や知性失ったら終わりだと思ってるよ、俺も流石に。
うん、だからね、あいつはもう処刑するしかなかったんだよ。
王女様に失礼を働いた、どころか最悪誘拐する可能性もあるし、王女様の結婚相手の王子様を邪魔な相手だとして始末しようとするかもしれないわけだからね。
仮に国を追放して二度とここに来るなって言ったところでさ、本能に忠実になった相手が素直にそれを聞くとも思えない。出禁って言ったって来る奴は来るからね。じゃあもう危険分子は始末するしかないよ。
使節団の人たちもさ、あいつがあんな事しなかったら庇ったんじゃないかな、とは思う。
ああなる前までは真面目で仕事ができる奴っぽかったし。
怖いなー、人生崩れる時ってホント一瞬だもんなー。
魔が差したってのとはまた違うのがなんとも……
いやまぁ、わからなくもないよ?
いや、本能に忠実になるとかじゃなくて。
相手が王女様で、近々結婚するっていうならさ、運命の相手が自分以外の相手と結ばれるわけで。
焦ったんじゃないかなって。
うん、もっと早くに出会ってたらさ、もしかしたらワンチャンあったかもしれないけど、交流しようにももうじき人妻になる相手だ。恋に落ちてもらうにも、愛を共に育てるにもそんな時間すらないとなればさ、なりふり構ってられない、って思った、っていうのなら、そこはわからないでもないかなって。
ま、わかってても犯罪はダメだろってなるけどね。
そこでやらかさないで虎視眈々と狙ってたら、もしかしたら数年後に王女様の愛人くらいにはなれたかもしれないけど……運命の相手の愛人とか、まぁ、プライドが高い相手だったら受け入れられるわけもないか。やっぱりそうなると旦那の命が危険になるから……処刑一択かぁ……出会わない方がいい運命ってのもあるんだねぇ……
まぁ? 俺はアリッサに会えてよかったって思ってるよ。
えぇ? まだ疑うの? そんな事言って運命の相手が見つかったら自分なんて捨ててそっちにいっちゃうって?
ないないない。
本当だよ。
うん、だって。
俺の運命ってアリッサだからね。
そうだよ、言ってない。
でもさ、言われたって困るだろ?
だからだよ。
だから、普通に初めましての出会いから始めて、アリッサに好きになってもらえるよう頑張って、こうして恋人になって結婚を前提に付き合ってる。
初対面で運命の人、なんて言われたってさ、だから自分を好きになってくれ、とか言われたってアリッサに限った話じゃないけど、人間には無理な相談だろ?
どんな相手なのか。
信用できるのか。
好きになれそうな相手か。
そういう部分見極めてさ、一緒にいて楽しいなとか、もっと一緒にいたいなとか。
そういう風に思ってくれたから、アリッサだって俺が竜人だって、人間じゃない異種族っていうのを承知の上で付き合うって決めてくれたわけじゃん?
ついでに俺となら人生歩むのも悪くないって思ってくれたから結婚する気にもなってくれたわけでしょ?
俺としては充分だよ。
アリッサが納得して俺を選んでくれたんだからね。
うん。
だからさ。
一緒に幸せになろうねぇ。
出会い頭に運命のつがいよ! とか言い出す獣人ちゃんって、私はヒロインなのよ! っていう転生ヒロインちゃんと同じようなものだよな、幸せになれない展開的に、って思ったので改めてそれを書いた結果。
次回短編予告
令嬢には婚約者がいる。しかしその婚約者の不誠実な部分が最近目に余るようになってきた。
いっそ婚約を解消したい。そうだ、呪おう。
かくして令嬢は魔女に頼んだ。呪いをかける事を。
次回 呪ったら解かないでと言われました
人によってその呪いは救いだった。