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邪魔をしないでくださる? その2

 ヴェリカは壁に手をついて自分の行く手を阻む男を睨む。

 そして当の男は自分こそ何をした、という表情に一瞬なったが、それを取り繕う真面目な顔に戻してヴェリカを真っ直ぐに見つめて来た。


 真っ直ぐすぎるぐらいだわ。

 ヴェリカは貫かれるような視線を受けて、胸をどきんと高まらせた。


「君に聞きたい。俺との密会が君の人生を狭める理由について。多分、今までの令嬢達と同じ理由だと思うが、俺は君にハッキリ言って貰いたい」


「誘惑上手な軽薄な男と結婚してごらんなさい。女の地獄よ」


 初対面なのに妙に馴れ馴れしい男だからいいだろうと、ヴェリカは男にハッキリ言って見せた。が、男はやっぱりヴェリカの想定外の仕草をした。

 笑い出しそうな口元に拳を当て、彼女から目を逸らして照れてしまったのだ。


「俺が誘惑上手な軽薄? 初めて言われたよ」


 妙に機嫌の良い小声を男は出す。

 ヴェリカはこんなわけのわからない男の相手は出来ないと、再びアラン達へと視線を戻す。頃合いを見てレティシアに助けを求め、二人してどうしようもない男達から逃げられるように算段しよう、と。

 すると、男こそこれが仕事だったという風に、ヴェリカの横から顔を出してレティシア達を見守り始めた。

 ヴェリカは、近い、と思いながら男の顔に手の平を当てる。


「可愛い女の子に頬に優しく触れてもらえるなんて夢のようだよ」


「押しのけようとしているだけなのですけど?」


「失礼した。俺に脅えない君が嬉しくて」


「あら? 物凄く脅えてますわよ。見ず知らずの男の人に壁に潰されそうなんですもの。もう少し離れて下さる?」


「嘘吐き。俺にそんな言い方ができる女の子なんかいないぞ。世の中は俺の顔を見ると卒倒してしまう女の子達ばかりだ」


 ヴェリカは再び男を見返し、最初の第一印象から何も変わっていないと考えた。

 筋肉質の大きな体は見苦しいどころか、これが美だと芸術家が作り上げた男性の裸像に近い。また、そんな体に乗っている頭は、やはりこれが美だと神を模して創造した胸像の顔の様な見事な顔を付けている。

 真っ直ぐな鼻筋に秀でた額は、王者の貫禄だってありそうだ、と。


 額から斜めに左眉を横切る大きな傷跡はあるけれど、見苦しいどころかその傷があるからこそ煽情小説のヒロインを誘惑する登場人物みたいだと、ヴェリカは感じるだけなのである。


「それはあなたの行動が常軌を逸しているからじゃない? あとね、自分がおモテになるからって、どの女もあなたに惚れると考えるのは自惚れすぎよ。私への振る舞いが少しどころか馴れ馴れし過ぎです」


 パシン。


 大きな打ち付ける音は、男が自分の顔を自分で叩いた音である。

 大きな図体をした男が自分の大きな手で自分の顔を叩いて、その後は両手で自分の顔を覆っているのだ。


 男はなぜか耳まで真っ赤になってしまっている。ヴェリカは男の「常軌を逸したその姿」に、目を丸くして見つめるしかない。


「……どうなさったの?」


「誘惑上手な軽薄。モテる。自惚れが過ぎる。……素晴らしい褒め言葉を噛みしめている」


「褒め言葉って皮肉? でも女の失礼な物言いに怒るどころか、そうやって誤魔化して許してくださるのは尊敬に値しますわね。私こそずけずけと失礼な物言いを重ねてしまいました。謝罪します」


「いや。もっと言ってくれて構わない!!」


「ひゃっ」


 男は自分の顔を覆っていた両手をぱっと外し、ヴェリカの両手をぎゅうと掴む。

 ヴェリカは自分の手こそこんな簡単に握られる位置にあったかしらと、大きな手で包まれた両手を見下ろす。


「そこに誰かいるのか!!」


 アランの大声にヴェリカはハッとした。

 男性に手を握られている、こんな場面を誰かに見られたら大変だ。


「離してください」


「ああ、すまなかった」


 自分の手が解放された瞬間、ヴェリカは男から身を翻した。

 見ず知らずの男性と逢引きしていたと見咎められたら大変だ。

 アランこそ自分の醜態を見せないようにと、こんなパーティ会場から離れた廊下にレティシアを引っ張ってきたのだ。アランとレティシア、いや、アランとララの醜聞消しにヴェリカこそ引き合いに出されたら困った事態になる。


 どうしましょう?

 とにかくレティシアの友人のふりをして、彼女と一緒に逃げればいいのでは。


 がし。


 ヴェリカはまたもや一歩も先に進めなくなった。

 今度は男性の大きな手によって、彼女の右の二の腕が掴まれている。

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