俺の女神である君に
「ほんっと、あの人は~!!」
ヴェリカはダーレンの膝の当たり前のように座り、リカエルにクッションを押しつけられたせいでくしゃくしゃになった髪を必死に整えている。しかしヴェリカの巻き毛は布地でこすられたせいか、撫でつけても収まるどころか、さらにおかしな感じにフワフワと逆立つ。
ダーレンは笑いながらヴェリカの髪の毛のひと房を掴んで口づける。
「私を嫌っているからって、酷いことをするわ」
「嫌ってはいないよ。あいつは君を弟分だって思っているだけだ」
「あら。妹分では無いの?」
「ハハハ。俺には君が最高の女にしか見えないが、あいつには君が負けん気の強い男の子にしか見えないんだろう」
「まあ。ドラゴネシアの女の子達は私よりもお転婆ですのに。メリアもレティシアも戦乙女のように馬を乗りこなしていたわよ」
ダーレンはヴェリカの髪の毛をそっと撫でる。
小柄な彼女は自分の膝に乗せても、それでもダーレンの目線よりも低い。
それなのに彼女は自分を怖がるどころか、この自分をいかにやり込めてやろうかと時々瞳を好戦的に煌かせる。
男でも俺の姿が怖いと脅える奴はいくらでもいるんだぞ。
「馬に乗れなくとも、君こそ戦士だからだよ。どんな時も顎を上げて前に進む。たぶん俺が地面に突っ伏す時があっても、君はそんな俺の首根っこを掴んで前に進んでくれるだろう」
ヴェリカは嬉しそうに顎をツンとあげる。
ダーレンは今だと彼女の唇に自分の唇を重ねる。
「ぷ、ふふ。あなたは豪胆で、なのに時々とっても繊細な策略家になるのね」
「生まれながらのドラゴネシアだからね。好機は逃がさないんだ」
「ダーレンったら」
ヴェリカはコロコロと可愛らしい笑い声を立てながら、ダーレンの髪の毛を指先で撫でつける。これ以上愛しいものが無いだろう、という風に。優しく。
ダーレンの胸は幸せで一杯だ。
ただし、胸がいっぱいだからこそ、彼女を裏切った罪悪感を感じていた。
彼はヴェリカから彼女のルーツを完全に奪い、そして捨てた。
全てを叔父夫妻に奪われた彼女が、父親から受け継ぐはずの全てを取り戻せる機会を、彼が独断で奪い去って捨てたのだ。
「!!」
目元に柔らかな指先を感じて、ダーレンは目をしばたたかせた。
ヴェリカがダーレンの目元を指先で軽く拭ったのである。
「ダーレンって涙もろいわよね」
「情けないかな?」
「私は泣き方を忘れてしまった。だから、あなたの涙で癒されるわ。それにね」
ヴェリカはダーレンの胸板に頭をくっつけた。
それだけでなく、仔犬が甘えるように彼の胸に自分の顔を擦り付ける。
ダーレンは、可愛らしさに耐えられない、と彼女を抱き締める。
「ふふふ。幸せ。そう、あなたと一緒だと両親が生きていた頃の記憶を思い出すの。幸せだったあの頃の記憶ね。私は単なる無力な幼い令嬢で、明日もこんなに幸せなはずだって疑う事など無かった頃の記憶を」
「もし、もし、君のご両親がご健在でいらっしゃったら、君は俺の膝に乗っていないな。俺は君が不幸で良かったと喜ぶ浅ましい男だ」
「いいえ。両親が生きていても、私はあなたを選んだわ」
「いいや、恨んださ。俺は君が幸せだろうが、君を奪う。君の幸せを壊してでも君を奪うだろう。俺が幸せになるために!!」
ヴェリカはダーレンへと首を伸ばす。
ダーレンはキスが来るとそっと両目を瞑ったが、彼はヴェリカの攻撃を受けてぱっと両目を開けて頭を引いた。
彼の瞳に映るのは、ヴェリカの「してやったぞ」という笑顔だ。
彼女はキスではなく、ダーレンの鼻の頭を軽く齧ったのだ。
「悪戯っ子」
「いいえ。悪戯っ子は、あなた。これは相談なく勝手に行動して、それで勝手に落ち込んでいるあなたへの体罰ですわ」
「体罰? ご褒美だったぞ」
「まったく。この素晴らしい鼻を齧られて喜ぶなんて」
「君に美味しいと食べられるのは、俺の本望だからかな」
「もう。では、ちゃんと体罰になることをしましょうか? あなたをお馬さんにしてお部屋を一周? もちろん私が乗って、のろのろしてたらお尻を叩くの」
「ハハハ。君が考える躾は、俺にはどれもご褒美じゃないか。これでは俺は自分で自分への罰を考えねばだな。俺は自身の我儘で、君からイスタージュ伯爵位を剥ぎ取ったのだから!!」
クスクスクスクス。
ヴェリカはダーレンの腕の中でくすぐったそうに笑うだけだ。
そして彼女は拳にした右腕をあげ、ダーレンの顔の真ん前まで持っていくと。
パチン。
指先でダーレンの眉間を弾いた。
「つっ」
「だから私は言っているでしょう。あなたのお鼻を齧ったのは、相談なく勝手に行動して、それで勝手に落ち込んでいるあなたへの体罰だったって」
「ヴェリカ?」
「いいのよ、あなた。私が欲しいってお気持ちで我儘をされるのは、全然かまわないの。私はあなたが私に我儘をしてくれることこそ嬉しいのだから」
「ヴェリカ」
「でもね。落ち込むぐらいだったら相談して? 私はあなたがお辛いのは嫌」
「ハッ、ハハ。君は本気で女神だよ。凄い献身ぶりだ」
「バカね。私は私が一番よ。あなたの精神状態がぐらぐらだと私を甘やかす余裕が無くなっちゃうじゃないの。私はあなたにぐずぐずと甘やかされたいし、私もあなたをメチャクチャに甘やかしたいのよ。ん」
ヴェリカはダーレンに向けて瞼を閉じた顔を突き出した。
ダーレンこそクスクス笑いながら、ヴェリカへと唇を落とす。
君は女神だよ。
俺を単なる男に戻してくれる。
台無しオマケ
「リカエル。聞きたいことがあるの。セシリアとのことで」
「心配してくれたのか。俺達結婚したよ。それであいつも元気で、君に」
「聞きたいのはそういうことじゃなくてね、あなたはセシリアに馬になれって言われたら嬉しい? 体罰にならない? ダーレンったらご褒美って言うの」
「……祝いの言葉もすっとばしかよ。あとな、そういうことは貴婦人が男に聞く事じゃないよ」
「あら私を貴婦人と? ダーレンがあなたが私を弟扱いしているって言うから大丈夫かと思った。やっぱり私もあなたの妹分なのね」
「いや。俺は今も昔もぶっちぎりでお前を性悪王としか見てねえな。ダーレンさんは混乱中だから言ってること信じんなよ? ていうか俺の立派だった兄さん返せよ。馬にして遊んでるんじゃねえよ!!馬になって喜んでいる全裸な兄さん想像させんじゃねえよ!!俺が悲しいだろ!!」