おかえりなさいと報告はじめ!!
ダーレンは結婚して良かった、と噛みしめる。
ヴェリカが外出から戻ってきたそのままダーレンのいる執務室へと一直線にやって来て、そしてダーレンに言葉通りに飛びついて来たのだ。おかえりなさいと叫びながら。
ダーレンは、なんて可愛い、と全身が痺れた。
このまま後ろに倒れて後頭部を床に打って死んでしまっても天国、いやだめだ、この幸せをしっかり噛みしめねばと、彼は踏みとどまる。
腕の中のヴェリカはダーレンを見上げ、幸せそうな仔犬みたいな顔をしていた。
かわいいな、なんだこれ。
生きてて良かった、今こそ天国!!
「おかえりなさいって、妻に抱きしめられるってこの上ない幸せだな」
「私も、ただいまって帰って来たあなたを抱き締められて幸せよ!!」
「こんなに可愛い人はどこにもいない!!」
ダーレンは数日分の喪失感を埋めるようにしてヴェリカを抱き締める。
ああ、帰って来てよかった。
疲れている自分の愛馬の鞍を空にするためにラルフのバッファーを奪い、愛馬が唯一元気なリカエルを共にして帰郷を断行して良かった、とヴェリカに口づける。
ガムランやルーファス達による、リカエル可哀想、の連呼とブーイングなど完全に無視して良かった。どうせリカエルにはドラゴネシアの馬車を王宮に戻すという任務を与える予定なのだから、彼は再び愛しのセシリアに会えるのだ。
全く親父め。
辛かったらドラゴネシアに逃げてこい、と親友にドラゴネシアの馬車を与えるとは。クラヴィス王がドラゴネシアに逃げてきてどうするんだ、と言いたい。
「そうだ。色々報告があるのよ」
「俺がいない間、困った事があったかな?」
「困った事は無いですけど、まず、自称ドラゴネシアのご意見番方の飲食代のツケを私が持ったの。おかしな話よね。お店とお客では、借金している人間の方が借金を盾に強く出られるのだもの」
「……どういうことかな?」
「簡単な事よ。売り上げが無い状態でも、ツケをつけた客の信用で店は材料などをツケで用意できるし、生活のための日用品や食費もツケ払いが効くのよ。でもそのせいで、ツケを付けている相手が支払いを拒んだりして来たら、あるいは彼女達が払えない状態になったら、一蓮托生になってしまうの。そんな状況を作って善意のお菓子屋さんを虐めの場所に仕立てていたのよ。許せないでしょう」
「そうだね」
「でももう心配ないわよ。あの人達は女学院を出たグロリンダさんがとにかく素晴らしいと思い込んでいらっしゃったから、キャサリン様達と違って、クラヴィスの貴族に媚を売って売って売っての惨めでございましたわね、と暴露してさしあげました。今後はお互いに噛みつき合うだけの仲になりますから、他の方々への被害は減るはずよ。大体、あの程度の方々に何か言われたら、何か? って返してやればいいだけなのよ。女の派閥の下位メンバーになりたい人など、好きなようにさせてあげれば結構」
「……そうですね」
「それで、私宛のペンダントのこと、ギャリクソンかベッツィーに聞きました? 硫酸銅入りのペンダントの事ですわ。わたくしはすっかり二人に乗せられたようでございますのよ!!そうよね。考えれば作ったのは鉱物に詳しいギャリクソンに違いないのよ。セシリアのご家族だけが疫病にかかったなんて不条理は、ご家族に毒が使われたって彼が思い付いたってことなんだから」
「…………そうなんだ」
「ええ、そうよ。でもペンダントをグロリンダが作っていないのに、反応はしたのよ。そこは今後グロリンダにゆっくり追及していくつもり」
「グロリンダか」
「ええ。グロリンダ・マキュレット。ご意見番の女達は娘時代は甘やかされて育てられた七家の元娘達ばかりだったわ。嫁いでいるのに実家の自慢ばかりの人達。そういえば、グロリンダだけマキュレット家を名乗っているわね。彼女はずっと一人身なの?」
「グロリンダね」
ダーレンは、ふうと溜息を吐く。
幼い日、壊れていようが母がまだ生きていた頃の記憶が蘇る。
庭の花が咲いているからと、無気力な母を呼びに行ったダーレンが目にしたのは、無気力な母が拳で誰かを殴りつけている所だった。
「何をするの!!リュオンが殺されたのは私のせいじゃないわ!」
「あなたが、あなたの友人だからって、あの家庭教師を連れてきたのはあなたでしょう!!ベッツィーみたいに、家族が戦死して行き場が無いからって、雇ってあげてと連れてきたのはあなたでしょう!!」
リュシエンヌに殴られた女は口から血反吐混じりどころか、毒を帯びた台詞で言い返す。嘲るようにいして。
「ええ、そうよ。あなたに傷つけられた私のささやかな意趣替えしだった。お友達の誕生石で作ったコケモモに囲まれている、可憐な貝殻のお花が自分? そんなので私を仲間外れにしたあなたへのささやかな嫌がらせだったの」
「どうしてそんなひどいことを」
「間違えないで。酷いことになったのはあなたのせいでしょう」
「わた、わたしの?」
「あらだって、あれが貴族のふりが上手なだけのまともな教養もない女だってことは一目でわかるじゃないの。あなたが見破っていたら終わった話しよ。いい人ぶって、大事な子供を預けて。馬鹿じゃないの。私を責めるのはお門違い、全部あなたの選択ミス。そうよ、あなたがリュオンを殺したのよ!!」
グロリンダのその言葉にリュシエンヌは動きが止まり、それをいいことに彼女はリュシエンヌを突き飛ばして逃げて行った。
ダーレンの母が完全に壊れたのは、その時からだった。
自分がすべて悪いと思い込んだの罪悪感で、自分の心を殺してしまったのだと、今の彼にはわかる。
「悪い奴がした事なのに、どうして善人は自分のせいだなんて思うのかしら」
ダーレンが母に思った事と同じ疑問と同じセリフは、ヴェリカから発せられたものだった。
ダーレンが母親がデザインしたペンダントについて思い違っていたのは、弟が亡くなったばかりの幼い過去に母とグロリンダの諍いを見ていたからでした。




