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あなたは今後はお静かになさりませ の4

 ヴェリカの放った「生活にお困りごとはないの」の一撃は、元七家の娘達による自称ご意見番達にはクリティカルであったようだ。


「なっ」

「失礼な!!」


「あらだって、兵を出せないなんて仰っているから。ほら、戦争に出撃するにもお金が必要でしょう。盾や剣。それに防具。代々のものがあろうがそれをいつでも使えるようにメンテナンスをしていかねばなりません。夫の命を守るものですもの。それが万全でなければ出撃なんかさせられません」


「何を言いたいの?」


「いいえ。私に反発したから、でようございます。お金が無くて出撃できる状態じゃないなんて、そんな恥ずかしいことをご主人様に言わせたくないでしょう」


「何を言っているのよ!!」

「そうよ!!馬鹿にするのもいいかげんにおし!!」

「そんな事を言っていないわ!!生意気を言えば兵を出さないって言っているだけ」

「そうよ。ドラゴネシアを回しているのは私達こそなのよ!!」

「そうよ。だから、よそ者は私達に教えを請い、ドラゴネシアの輪を乱さないように努めるべきだって話をしているのよ!!」


 ヴェリカは煩いな、と思いながらも騒ぎ立てるドラゴネシアのご意見番やらを見回した。本当の意味で一族を率いる立場で無い女性達が、自分達が騒げばドラゴネシアのいざという時に兵は出せなくなるのだと思い込んでいる滑稽さにどうして気がつかないのだろうと思いながら。


 ほら、私の横に立つ店員は、あなた方の剣幕と本音で呆気にとられた顔になっているわよ。

 あなた方がドラゴネシアの女性達を呼び出しては「ご意見を授ける」なんてことができたのは、あなた方が他の女達に尊敬されているからなんて、彼は思っていたでしょうに。

 だから彼だってあなた方の思惑に従うように、私にケーキを売って良いのか迷ったというのに。

 

 醜悪な女の厭らしい所ばかり吹き出しちゃって。

 では、呪縛を解きましょうか。


 あなた達には何の力も無いって教えてあげる。


「逆に言えば、あなた方の教えを請わねば、ドラゴネシアの輪に入れない、と?」


 ヴェリカはグロリンダに視線をしっかり向ける。

 この問いかけだけはお前が応えるべきだろうと、そんな視線だ。

 一方グロリンダの方は、ヴェリカのこの言葉を待っていたという風に微笑む。


「ええ。わかって下さり嬉しいわ。レティシアがあなたをここに連れて来たかったのは、的確な助言ができる私達と顔つなぎが出来るようにでしょう」


「うふ。ではその場合は、私を仲間に入れて下さったのかしら」


「もちろん。私達の共同体になりたいとお望みならば」


「――不思議な話ね。私はキャサリン様達こそがドラゴネシアの女性達の代表で総意だって聞きましたけれど?」


「代表? 雑用係よ」


 グロリンダではない誰かが嘲った声で言えば、女達は一斉に笑い出す。

 クスクスクスクスクスと、十代の少女のような笑い方で。


「雑用? 悲しい方々。ドラゴネシアの為に身を粉にして奔走して下さる方をそのように仰るなんて。それでご存じ? 女主人こそ下々の見本となるために人一倍働かねばならないってこと。やはり、キャサリン様達こそ女達の代表よ」


 ここでグロリンダは憐れむような目でヴェリカを見返し、蔑むように微笑んだ。


「可哀想な方はあなた。クラヴィス人であるくせに、貴族とは何たるものかを全く理解していない。女学校にも通っていらっしゃらないのですものね」


「まああ。あなたはドラゴネシア人なのに理解なさっているの? もしかして、何もしないことが貴族であると? 違いますわ」


 ヴェリカはようやく席を立つ。

 それから彼女達の所へと歩く。

 ヴェリカは自分が近くに立っても動きはしない彼女達を見下ろし、躾指導をする家庭教師が出来ない子供にするように吐き捨てた。


「全くなっていない」


「失礼では無くて?」


「あら。あなた方がちぐはぐすぎて滑稽なのよ。クラヴィスを気取るならクラヴィス貴族のルールに従いなさいな。家格が上の者が立ったならば立つ。ここで己がドラゴネシアだと言い張るならば、ドラゴネシアの誇りを思い出していただきたいわ。ドラゴネシアは勤勉さこそ尊ばれる場所でしょう」


「うふふ。あなたは本当にわかっていない。砦の大将は大きく構えているものよ」


「私のダーレンは誰よりも働いているわ。四兄弟の皆様だって。リカエルなんて、せっかくの休暇前に五日もかけて引継ぎのために砦内を走り回っていたわ。彼等の仕事は彼等にしか出来ない事ですもの。あなた方は誤解されていませんか?」


 ヴェリカはまっすぐに背筋を伸ばして立っている。

 これぞクラヴィスの上位貴族しか持てない傲慢さと威厳が一目でわかる凛とした姿である。そしてヴェリカは完全なる上から目線で、自称ご意見番達に女学校では教えられない貴族について語りだす。


「いいこと? クラヴィス貴族が自分が出来る事でも人に何でもやらせるのは、それが贅沢になるからですのよ。出来ないことを人にやらせるのは、それは単に必要な事をやって貰っているだけなので、まったく贅沢にはなりません。そして当主にしか出来ない仕事については、当主にしか出来ないからこそ自分でやるのよ」


「自分のドレスのボタンも嵌められないのが、クラヴィス貴族なのではなくて?」


「出来ますわよ。でもそのできる事に使用人を雇う。贅沢でしょう? だから、大事なお友達には決して頼みませんわ、ボタンを嵌めて下さる? なんて」


 ガタン。


 グロリンダが席を立った。

 これはクラヴィス貴族のルールに従ったのではなく、ヴェリカのセリフにただ激高しただけの無意識だ。


 ヴェリカは女学校に通った経験など無くとも、女による嫌がらせは嫌というほど受けて来た過去はある。他者に嫌がらせする人間が悲しいぐらいに行動も考え方も同じであれば、他者への嫌がらせ方法だって代わり映えしないものなのだ。


 見下すために相手を使用人扱いする。


 グロリンダは女学院時代に仲間に入れて貰うために、どれだけその仲間内で使用人めいた事をさせられたのだろうか、とヴェリカは彼女に憐れみを持った。

 ただしヴェリカの憐れみは、レティシアのような慈愛からの憐れみではなく、間抜けな人と嘲るところからきた憐れみである。


「キャサリン様達は大事なお孫さんやお嫁さんに対しては、ボタンを嵌めたりなんていくらでも当たり前になさるでしょうね。でも、友人でも無い方に命令されたら、後で何をされようと誇りを持って断るでしょう。ご自分でなさってと」


「それで仲間外れにされて罵られる。馬鹿みたいじゃないの!!それに、友人同士ならボタンを嵌めてあげることぐらい当たり前よ。キャサリンもリュシエンヌも、互いにやっていたじゃないの」


「それはお二方が親友だからでしょう。それであなたは、ボタンを嵌めてあげた相手があなたのボタンを嵌めて下さったことはあるの? ありませんわよね。どうして貴族がメイドのボタンを嵌めてさし上げねばならないのかしら? そんな贅沢を下々の者に与えると思って?」


 バシッ。


 ヴェリカはグロリンダが平手打ちしてきた手を簡単に弾いていた。

 貴婦人が落ちて来た枯葉を跳ねのけるような優雅な仕草で。

 しかし撥ね退けられたグロリンダはよろけ、お菓子皿や茶器が並ぶテーブルに倒れかかる。


「きゃあ」

「わあ」


「グロリンダ?」


 グロリンダはヴェリカによって支えられていた。


「倒れるままにするわけ無いでしょう。せっかくのお菓子が台無しになったら勿体無いわ。ここのケーキやお菓子はとても手が込んでいてどれも可愛らしいもの」


 ヴェリカは掴んでいるグロリンダを一番近くにいる適当な誰かに突き飛ばし直してから、彼女達全員を見下げる視線でねめまわす。すると誰もがヴェリカから目を逸らした。


 グロリンダからの暴力を軽くいなしたどころか、自分よりも大柄な女が倒れるところを支え切ったヴェリカなのだ。また、癖のある執事達から次期伯爵家当主たる教育を受けているならば、ヴェリカはその気になればそれなりな威圧感も出せるのである。


 そもそも彼女達は娘時代に親に甘やかされていたからこそ、未だに実家の権威を振りかざすことがどれほど恥かわからないどころか、群れねば何もできない女達だ。叔父達からの虐待に耐えてきたヴェリカに敵うはずなどないのだ。


 全てを見取ったヴェリカは、何事もない風に自分の席に戻る。

 店員は驚きながらも、ヴェリカの為に椅子を引いた。


「ありがとう。ずいぶんカウンターをお留守にさせて申し訳ありませんね」


「いいえ。お茶が冷めましたので代りのものを入れてきます。ちゃんとお紅茶を」


「このソバ茶で結構よ。これは本当に気に入ったの。嫁入りしたばかりの女への洗礼なのでしょうけど、あなたが少しでも美味しくなるように淹れてくださったお陰ね」


「そこまでお気づきですか」


「せっかくの美味しいケーキ屋さんをおかしな派閥争いに巻き込んでごめんなさいね。あそこの方々にツケがありましたら、全部私に回してくださる?」


「でも、それは」


「領主夫人として城下の素晴らしいお店は大事にしたいわ。あの方々のツケで困っている知り合いがいらっしゃいましたら、お声掛けして下さいな」


 店員は深々とヴェリカに頭を下げた。

 そして、いつでもいらしてください、と言った。


「もちろんよ。親友のレティシアのおすすめのお店ですもの」



 ヴェリカは店を出る時にはいい気分だった。

 ヤギミルクケーキは思っていた以上に甘かったがしつこさを感じない軽さもあり、また、ヴェリカに敵意を向けていた女達の弱みとなるツケという名の借金をヴェリカが握っている。

 これがあれば今後ヴェリカが望まない行動を、彼女達はしたくとも出来なくなるだろう。


 いえ、七家に押し貸しできたも同じこと。

 ダーレンは褒めてくれるかしら?


 だが、店の前で待っていたベイラムにどうなってどうしたのか伝えれば、えげつない、との一言だ。それで良い気分が一瞬で台無しになった。


「そのふくれ顔。砦までちゃんと保てよ。戻って来たダーレンに見せたい」


「うそ!!彼が帰って来たの!!」

これ以上話数増やしてもと思ったので、長くなって申し訳ありません。

ちなみに、クラヴィス貴族ルールは某国貴族ルールを元にしてます。

出来ないことに使用人を雇う→必要経費

出来る事に使用人を雇う→無駄→贅沢

お貴族様のお嬢様もお坊ちゃまもお一人で何でもできるように躾けられてます。でないと、贅沢、にならないし、お付きの人間の仕事の出来具合を監督できないので。

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