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あなたは今後はお静かになさりませ の3

 普段だったら単なる婦人達の憩いの場であった菓子店内は、ドアを開けた人間がすぐに閉めて逃げ帰りたくなる殺伐とした空気ばかりとなっていた。


 だがヴェリカは、自分に向けられるばかりの敵意に、怖い悲しいなど一切無い。

 今度こそ潰して良いのね、とワクワクするばかりである。


 彼女は実はとても疲れていたのだ。


 傍若無人に見えようが、ヴェリカは自分ルールというものがあり、彼女はそれを守っている。自分に親切しかしない人間は絶対に傷つけないようにする、である。そして四婆達とヴェリカは最初の躓きがあったが、四婆達は誰もが善人な上に、ヴェリカに対して重たいぐらいの庇護心を向けるばかりとなっている。


 それがヴェリカにはどんなにうざったかろうが、ヴェリカは彼女達にニコニコ微笑んで耐えるしかないのだ。

 なぜならば、ちょっとでもヴェリカが口から毒でも吐けば、彼女達は一瞬で死に絶えてしまいそうな繊細な方々だからである。


 ということで、ヴェリカは気を使わねばいけない繊細な善人よりも、思わず傷つけてしまっても心が痛まない相手の方が気楽である。なので今現在、自分に向けられた悪意にワクワクするばかりなのである。


 彼女のそういう所を四兄弟達にはしっかり見破られ、人でなしやら性悪と罵られているのだが、彼女は自分のそういう所を直す気は無い。


 このままの彼女こそを愛する男がいるのだから!!


「ダーレンがこんなにもお優しくて愛情たっぷりな旦那様なのは、父親同然だった方々があんなにも愛妻家だからですのね」


「ダーレンも単なる男だったってことね。こんな財産目当ての女にほだされて」


「ほんとうに。人間は一人では何もできないってわからないのかしら。ダーレンが素晴らしくとも、彼に従う兵士がいないのでは裸の大将になったも同じ。あなたはドラゴネシアを崩壊させたいの?」


「あらあら嫌だわ。私はキリアン様達はしっかり愛妻家よって言っただけですのに。どうしてダーレンに誰も兵を出さないってお話になりますの?」


「あなたは私達が何者かご存じ? 七家の人間です。私達が兵を出さないと言えばそれまでってお話ですわ」


「まあ。八名様いらっしゃいますけれど、皆様方全員七家のお方ですの?」


「ええそうよ。ハレーシア家、ロマート家、キャリニコス家、パナジア家にユートラス家、ロゼア家、マキュレット家の者全てが揃っております」


「あら。リイナのお母様こそハレーシア家の当主夫人ではいらっしゃいませんでしたの? ヘレン様は今日はご欠席ですの?」


「ヘレンはパナジアの娘ですわ。私こそハレーシアの娘です」


「そうですわ。エイデン様。何もできないお姉様でいつも申し訳ありませんわね。娘一人満足な相手に嫁がせられないなんて、本当に恥ずかしい」


「いいのよ。もともとリイナが婿を取ってハレーシアを継ぐなど無謀でしたの。私の息子が跡継ぎに入ればいいだけの話ですわ」


「ええ、ええ。ランバルトはいい子」


「あなたの娘のリーンガーネも綺麗で可愛いわ」


 なんと、この集まりのメンバーは七家当主婦人達の会合どころか、他家に嫁いだ元七家の娘だった女達が実家の名前を笠に着てご意見するだけの場だったのか。


 ヴェリカは衝撃を受けていた。

 なぜならば、彼女達は他家に嫁いだにもかかわらず七家の威光を笠に着て婚家にて威張り、実家に対しては娘だからと余計な口出しをして波風を立てているらしいと彼女達の会話から考察できるのだから。


 誰も注意をしなかったのって、ああ、キャサリン達が言ってそうだわ。

 彼女達が居場所を失ったら可哀想だわって。


 だからってここまで増長させたのかと、ヴェリカは頭を抱えるばかりだ。

 そんなところに更なる考え無しの人間による台詞が発せられた。


「まあ!!ではハレーシア家は跡継ぎ問題も問題なくて今後も盤石ね。これもみんなグロリンダのアドバイスがあってのことね」


「ふうん。ハレーシア家を乗っ取るために、グロリンダ様はどんなアドバイスをされたのかしら?」


「乗っ取るって失敬な!!」


「そうよ。リイナのしでかしで大変だったのをグロリンダは収めたのよ。彼女がいなかったら、リイナは一生結婚も出来ずに引きこもるしかなかったわね」


「あら、ジェシイ。私はリイナをダーレンが娶ってくれなければ、倒れたリイナを助けたファルネルとリイナは結婚するべきだって言っただけよ。もちろん、ユーゴ・ファルネルはハレーシアの器に無いからリイナは家を出るしかありませんけど」


 グロリンダはそこで言葉を切ってからヴェリカを真っ直ぐに見つめ、可哀想なリイナ、と全く憐れんでもいない口調で付け足した。


「ユーゴ・ファルネルでは以前のような暮らしはできないわ」


 ヴェリカはグロリンダがリイナがファルネルとの結婚で幸せになれないとほくそ笑んでいることで、グロリンダ自身の現在こそどうなのだろうと考えた。

 家名が変わっているわけでもなく、この七家の本当の女主人が一人もいない会の中心ならば、彼女は未婚のままなのだろうか。


「ダーレンは幼馴染の女の子にもう少し優しいと思ったのだけど、彼は母親がああだったから普通の女の子がどんな風なのかわからないのでしょうね」


 ヴェリカはグロリンダへのセリフによってプチンと何かが切れた気がした。

 グロリンダへの考察など放り投げ、彼女の思考は完全にグロリンダを踏みつぶす、それだけとなる。


「聞き捨てならないお話ですわね。リュシエンヌ様は素晴らしい方だったと聞いておりますわ」


「精神の病を患っていた方よ。普段は修道女のように静かに神に祈るばかりで、雨が降ると奇声を上げてドラゴネシアの平原を駆けまわる。きっとダーレンは静かだった状態の彼女こそを記憶に残したのね。だから、若く華やかなリイナを理解できなかった。可哀想ね。それであなたのような飾り立てたくとも飾り立てるお金のないぼろ布を纏った女に懸想したのよ」


 ヴェリカは口元に手を当てて、上品そうにコロコロと笑う。

 心の中では、リュシエンヌぐらいの精神状態にお前を落とし込んでやるぞ、と復讐の炎を燃え立たせながら。


「何がおかしいのかしら?」


「おかしすぎるわあ。リイナも私を罵る時に貧乏人という言葉を使っていたわね。それであなた方は、何度も下々、下々、と。どうしてドラゴネシアの地に足のついた方々をそんな風に見下されるのか疑問でしたが、たった今のあなたの言葉でわかりましたわ。あなた方の人物評価が、お金があるかないか、だけということは。ねえ、本当は生活が苦しいのでは無くて? 領主の妻として心配だわ。あなた方こそ生活にお困りではございませんの?」

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