邪魔をしないでくださる? その1
「あっと。静かにしてくれれば何もしないから安心してくれ」
背が高く筋肉質の体をした男は、その体型に見合うように髪は戦士の如く短めに刈られている。そしてその飴色の髪が短いのに寝ぐせみたいに収まりが悪いくせ毛だからか、成人しきった男性である彼を少々若く幼く見せていた。
またヴェリカの水色の瞳を覗き込む瞳は、透明なセージグリーンで、ヴェリカはとても綺麗だと見惚れてしまった。
私が彼に見惚れた事に気付かれた?
男が悪辣な笑みを口元に浮かべたのだ。
誘惑されたら大変!!と、ヴェリカは慌てながら了解の意味を込めて頭を上下に振る。
その瞬間彼女の口から大きな手の平が消えたが、男は手を外した後にわざわざ人差し指ででヴェリカの上唇をつんと突いた。
やっぱり誘惑してきたわ!!
もちろん瞬間的に、ヴェリカの足は破廉恥な男の脛を蹴っていた。
「っで!!」
「はふっ」
ヴェリカから男の手が外れた。
彼女はそのままその場から逃げ出そうとした。
だが、男の両腕に捕まる方が早かった。
「逃げ出したそこで悲鳴を上げる選択はあったよね。悲鳴をあげなかったのは、君こそ俺に囚われたかった、のかな?」
「あなたといるところが人目について自分の選択肢を狭めたくないだけよ。ごらんなさいな。人生の選択肢が消え去った哀れな男があそこにいるじゃないの。私はあんな男みたいな未来が無い人になりたくないの」
男は、ふん、と鼻で笑うと、ヴェリカが暗喩した男へと視線を動かした。
「――まだあいつは自分の人生が儚いって気が付いてもいないようだぞ。それにあいつはまだまだ好きにやれる。あいつはあの令嬢を捨てても、あの美貌と家名で新たな婚約も叶うはずだ。初対面の君に、人生が潰える選択肢の一つに入れられた俺こそ哀れだと思わないか?」
ヴェリカは、何を言い出したのか、と大男を見上げる。
男は余裕そうな笑みは崩してはいないが、ヴェリカの目には数十秒前よりも意気消沈しているように見えた。
なぜだろうと彼女は目を細めて彼を見つめ返し、彼女に見つめ返された事で彼がセージグリーンの瞳を煌かせたことから、傷ついていそうなのは気の迷いと思い直した。
「アランは終わり。侯爵家でも三男よ。長男が侯爵を継いでいるならば、既に侯爵家の遺産相続は済んでいる。今までは素晴らしき婚約者との成婚のために兄である侯爵様の援助があったでしょうが、その婚約を台無しにした弟に侯爵様は恩情を手向けてくださるかしら?」
「さあ。その侯爵様も婚約者がブスだから悪いと、弟の肩を持つかもしれないぞ。あんなブスと我が弟を結婚させたいならば、もっと金貨を積み上げろ、とかね」
ヴェリカは男の台詞に再び哀れな伯爵令嬢に振り返り、再び男へと顔を向けた。
少々蔑んだ目つきで。
「ブス? 酷い言いざま。この国の男達の趣味が悪いって、思い知らせてくれてありがとう。初対面のあなた」
「い、いいや。俺は彼女が綺麗だと思うよ」
「軽い男。女性の言葉にすぐ追従するなんて」
「君こそレティシア嬢が不細工だと思っていたんだ?」
「まさか。確かにぱっと見はあまりよく無いけれど、それは、ええと、アラン達の言葉みたいでいやだけど、自分に似合っていないドレスを着ているからよ。彼女は背が高くて美人なの。流行だろうと可愛いドレスは止めるべき。飾りなど無い、ラインがとにかく素敵なドレスを着るべきなのよ。あと、ピンクは止めて。……そうね、あなたの目の色に近いセージグリーンはどうかしら。きっと彼女の美しさが誰の目にも明らかになるぐらいに見違えるはずよ」
男はヴェリカに向けていた顔を再びレティシアへと向け、すぐに感心したような吐息をほうっと吐いた。
「凄いな。確かに。そうだな。あのドレスが全部悪いんだ。だがどうしてあんなドレスを選んだのだろう」
「右へならえの文化の弊害でしょう。影響のある人がイイネと言ったら、だれも悪いとは言えなくなる。よくあることですわ」
「ああ、本当に嘆かわしい文化だよ。可哀想なレティシア」
「御同意いただけて何よりですわ。では私を離してくださる?」
男は腕を開く。
ヴェリカは男から離れ、そして哀れな伯爵令嬢のもとへと向かおうとしたが、男は彼女から腕を外した代わりに彼女を逃がさないように壁に手を突いた。
「邪魔なんですけど?」
ヴェリカは男を睨む。
そして男は、初めて自分が何をしてしまったのか気が付いた、と言う顔で壁に当てた自分の手の甲を見つめていた。