ヤギのミルククリームケーキはいかが?
ヴェリカが毒入りペンダントがハルメル伯爵家の便から三つも届いていると伝えると、ヴィヴィアンは訝しそうな表情をヴェリカに見せた。
女主人の知らない贈り物が他家に、それも主人格の家に届いているはずなどない。それがまかり通ったならば、ヴィヴィアンあるいはキャサリンに女主人としての差配力も人望も無いと言っているも同じとなるからだ。
「まさか。我が家の使用人の誰かが? 勝手に?」
「あまり気にしませんように。これは最初から私やあなた方を貶める目的の、悪意しか無い行為ですから」
「まあ!!そんな……ことはないはずです。きっと私が知らないだけでドラゴネシアで流行っている手芸品なだけですわ。本人は危険なものだと思わず、ペンダントの中に入れるには最適なものだって思い込んだだけで、ええ、綺麗な結晶って、私だって思いましたもの」
「庇う必要も私を慰める必要もありません。ハルメル伯爵家の便に悪意の小箱を紛れ込ませたのはハルメル伯爵家の者ではないでしょうから。教えて下さる? 先日の贈り物の便を出す頃に来客があったのか。そしてその方は誰なのか。だって、余計な小箱を紛れ込ませることが簡単に出来るのは、ハルメル伯爵家の使用人の誰もが戒められない相手でしょう?」
ヴィヴィアンは、まさか、と言ってしばし口を噤んだ。
ヴェリカも彼女がそうなることは仕方が無いと思っていたので、彼女が重くなってしまった口を開く事をいつまでも待とうと思った。
親友の母を告発するなど、そう簡単にできる事ではないのだから、と。
「……まさか、グロリンダ小母様が?」
「え? ベッツィーじゃないの?」
―――――
「――俺をも惑わした君の推理には脱帽だよ。君の敗因は、出来事だけを考慮して、その中で悩み惑う人間の気持を一切無視しているところだな」
「人でなしってハッキリ言ってもよろしくてよ」
「恩ある女性に笑顔を向けながら魔女だと断罪できる。人でなしを越えているな」
ハルメル伯爵家までの道のりと違いヴェリカが威厳を持てる程度の速度でギグを走らせる男は、ヴェリカに振り返らずにヴェリカを罵るばかりである。
「ご自分だって一時は賛同していた癖に」
「言質を取られるようなことは言っていないな。俺は意見を保留にしていた」
ヴェリカはベイラムを睨みつける。しかし彼女の目の前で馬を御している大男には見えはしないと思い直し、そこで牛のように唸るだけにした。
「うむぅ」
領主夫人のヴェリカが大声を出してベイラムを罵るには、場所が悪すぎる。
ベイラムがギグをゆっくりと走らせているのは、街の中の道であるからで、覆うものが無い馬車ではヴェリカの一挙手一投足など周囲の人間に丸見えだ。
そしてヴェリカが唸る羽目になっているのには、理由がある。
それは、ヴィヴィアンがヴェリカに伝えた人物名が、全くヴェリカの考え違いを教えてくれるばかりのものだったからだ。
ヴェリカは、ベッツィーやリカエルが大笑いしていそうだと、憎らしく思った。
「ベッツィーにまんまと乗せられた気がする。私こそ操られていたんだわ。彼女は私を使える今こそ、大事な友人達を助けられると踏んだのね!!」
結局ヴェリカは大き目の独り言を呟いてしまった。
もともと人にどう見られようが気にしない人である。
だがヴェリカの呟きによって、さらにヴェリカは憤懣ばかりとなる。
不機嫌そうに見せていた男こそ笑い出すのを堪えていただけだったと、ヴェリカの呟きを聞くや大きな笑い声をあげたのだ。
「ハハハ。俺こそしてやられた感だよ。君に乗せられ、無実の高潔な女性を断頭台に送る手伝いをしそうだった。ああ、リカエルがいなくて助かった」
「もう!!全部私のせいですか!!」
ヴェリカはヴィヴィアンが真犯人の名を呟いた瞬間、ベッツィーじゃないのと言って顰蹙を浴びたことを思い出す。
「あなたって、本気で人でなしだったのね」
「誰から聞いたの、その私の評価は」
「あの」
「リカエルね」
「いえ。メリア」
「次にはどんなに頼まれても侍女にはしないわ」
「ふふふ。頼んで来たら侍女にして差し上げて。あなたに守ってもらえないとメリアが、ロゼア家か父親のお家に無理矢理連れていかれて、政略結婚の道具にされてしまいますもの。本当に大変よね。ベッツィー様はロゼア家の元お嬢様で、父親がクラヴィスの子爵家次男で騎士様だった方よ。そのせいでメリアはクラヴィスのお嬢様教育で寄宿舎に入れられたり、そこから逃げたりと、波乱万丈な人生ですの」
「王都の寄宿舎から逃げたのは二年前くらい?」
「そうね。ガムランが助けてくれたばかりか、メリアをどこぞの歌劇団に入団させてくれたそうよ。ほんっと、ガムランって尽くすわよねえ」
その時ヴェリカがベイラムに向けた視線は、ヴェリカにしては珍しく憐れみが含まれていたと思い出す。ベイラムはガムランが自分を探して助けてくれたと感謝していたが、どうやらベイラムこそ「ついでのおまけ」だったみたいよ、と。
そして思い出し中だったヴェリカはその時と同じ視線をベイラムの背中に向けていたが、ベイラムはなぜか砦の時よりも胸を張っている様子である。
「楽しそうですわね。私はあなたが落ち込んでいるかと心配でしたのに」
「俺がなぜ落ち込む必要がある?」
「だってガムランが助けたかったのは、メリアを、だったみたいじゃない?」
「ハハハハ、性悪が!!さあ着いたぞ」
馬車は止まる。
ヴェリカは馬車が止まった建物を見上げて、レティシアも気がついていたのかしら、とふと思った。
王都の街中にありそうな可愛らしい建物は菓子店であり、店の戸口には本日のおすすめが書かれた小さな立て看板も置いてある。
「ヤギミルククリームのケーキ。レティシアが誘ってくれたお店ね」
「レティシアは君をドラゴネシアの女達に認めさせたかったんだな。ここはね、ドラゴネシアの女達の集合場所だ。誰にも会いたくなくても誰かが絶対にいる。グロリンダ」
「まあああ。魔の家なのね」
「そうだな。気立てが良く素朴な女達の、ドラゴネシア唯一の社交場だ。さあ、どうぞ、奥様。本当の魔女というものを彼女達に教えてあげてくれ」
ベイラムはヴェリカを抱き上げると、そのまま颯爽とギグから飛び降りた。
ヴェリカは悲鳴など呑み込んで隠したが、今後は絶対にベイラムの頭から猫を引っぺがしたりしないぞと心に決めた。
この男は猫に操って貰って方が私の平和だわ。




