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存在しない男と存在しない女性名

 ベイラムは己の実母の若い頃について答えるどころか言葉に詰まった。

 ヴェリカは奥歯を噛みしめているベイラムの顔を見つめているうちに、自分の頭に浮かんだ突拍子もない思いつきが間違いないことのように思えてきた。


 ベイラムは本物のベイラムではない。


 だがそれを真実とした場合、ダーレンは従兄弟達を血を分けた兄弟同然に愛し信頼している、という前提が覆されてしまう。

 なぜならば、ダーレンがガムラン生き埋め会からベイラムを排除しようとしたのは何故かと考えれば、ベイラムの実際をキースとガムランには教えたくないから、ということになるのだ。


 うーん。

 笑顔の裏で互に腹の探り合い、は、出来そうもない人達なのよね。

 リカエルは裏工作できそうだけど、情に流され易そう。

 でも彼は砦の中で一番ベイラムに絡んでいたし、ベイラムの猫に手を出してベイラムに叱られたりしていたから、彼だけはダーレンに知らされてたりするのかしら?


 いいえ、これこそ私だけの思い込みである可能性の方が高いし、ならばこのままベイラムを追い込むべきじゃなくて流すべき?


 ヴェリカは気がついたばかりのことについて頭を悩ます。

 だがしかしそれは一瞬程度だった。

 そもそもヴェリカは、人を思いやる前にまず自分を第一に、と考える人だ。

 そこで考えたのだ、自分が今一番望む目的は何か、と。


 今一番の彼女の目的は、毒入りペンダントを送ってきた人物を探すことだ。

 さらになぜ毒入りペンダントが三婆の実家の便に紛れ込んでいたのかを考えれば、ヴェリカを殺すことよりもヴェリカの毒殺未遂を三婆の実家に擦り付ける為だとしか考えられない。

 以上から犯人の目的は、ヴェリカではなく三婆こそを排除することなのだとヴェリカは答えを出している。

 ならば彼女がまずするべきことは、三婆の交友関係を探ることになるのだ。


 そしてヴェリカは基本行動の人であり、目的を叶えるのに手段を問わないし、手段が少々悪事に近くともわざと見逃してしまえる人でもある。

 また、人物評価こそ自分でしたい人間でもある


 つまり、自分が直接七家の女達と顔を合わせて話を聞いて回って、自分にとっての敵と味方を自分で分別したほうが間違いも無いだろうと判断したのだ。

 それならば、どこの家の扉も開けられるベイラムの存在は、現時点で切るどころか重用して当たり前だという結論に至り、ベイラムがベイラムではない事実などさらっと流して構わないという選択となる。


「ベッツィー、私に付添いの侍女を誰かつけて下さる? それからベイラム。私の町の散策に護衛として付き合っていただきますわよ」


「奥様。私が付き添いましょうか?」


「いいえ。ベッツィー。あなたにはお返しの手配をお願いしたいし、領主館はあなたが不在だと機能がストップするわ。四婆が不在なうちに主導権を取り戻して頂けるかしら?」


「奥様はもう少し本音を隠すことを覚えて下さいませ。では侍女を見繕ってきます。ご希望はございます?」


「ドラゴネシアに詳しくて、口が堅い方が良いわ」


「では、やはり私が」


「いや。ギグ(屋根なし二輪軽量馬車)を使う。ギグならば侍女は不要だろう。行き先も恐らく四婆か、彼女達に準じる年配女性ならば、ヴェリカの評判が悪くなることはない」


 ヴェリカは、そうね、とベイラムの提案を否定せずに受け入れた。

 普通ならばベイラムの提案に対してもう少し警戒するべきだろうが、ヴェリカは意味もなく大丈夫だろうとベイラムには感じている。それは、彼がヴェリカの執務室に顔を出した時から今も、ずっと頭の上に猫を乗せているからだろうか。


 私がドラゴネシアの非常識に慣れたのか、私の頭までこの猫の侵略を受けてしまったというのか。

 ヴェリカはベイラムの頭の上の猫をみやる。


 短毛の白い毛皮に頭と背中にだけ薄灰色の縞模様があるという、珍しくもない毛色の単なる猫だ。

 ただしこの猫は普通の猫よりも丸顔で垂れ目な上、両耳の先が犬みたいに情けなく折れている。そのせいで困ったような顔をしているように見える。

 そしてその猫は通常の猫の如く太々しさがあるどころか、ヴェリカと目が合った途端に、もぞっとベイラムの頭の中に顔を埋めた。ヴェリカの視線から自分の水色の瞳を隠してしまうように。


 …………砦の誰も猫について何も言わないわけだわ。

 この猫、人の庇護心を駆り立てるのがなんてうまいの。


「ヴェリカ。アムウを睨まないでやってくれ」


「睨んでいません。この子は砦において行きますよ。こんなにおどおどした猫は、もしも迷子になったら絶対に一人で帰って来れませんから。って、まあ」


 ヴェリカから変な驚き声が出てしまったのは、ベイラムが頭の上の猫を抱き直してから、ヴェリカに微笑んだからだろう。

 誰もが流してしまう猫の存在に気がついてくれてありがとう、そんな感じで。


「奥様、どうかなさいまして? 顔が真っ赤ですわよ」


「な、何でも無いわ。美青年の笑顔が破壊力あることを忘れていたのよ」


 今度はベイラムこそ顔を真っ赤に染めた。

 負けず嫌いなヴェリカは、よし、と右手に拳を握った。


「奥さま、わかりやすすぎるのも女主人としてどうかと思いますわよ」


「ベッツィー!!」


「ハハハ。急ごう。冬前は日が短いからな。それで、最初はどこに行く?」


「城から一番近いキースの家にお願いしますわ。ヴィヴィアン様からお茶のご招待も受けていますから、目の前で扉が閉められる事はないでしょ」


「今日の招待状で今日突撃するのはどうかと思うな。一番遠くのリカエル君()から始めた方がいいんじゃないのか? 事柄は外から見る方が一番真実の形に近いじゃないか」


 ナタリアならばベイラムは自分が見破られないと考えるのかしら?

 でも。


「ごめんさい。私は今日のお出掛けは、ハルメル伯爵家だけでも良いと思っているの。キャサリン様はお持ちでしょう。ダーレンのお母様がデザインされたペンダントを。同じものを王都で身に着けていたご婦人がいたそうなの。それで今回もペンダントでしょう。関係ないかもしれないけれど、私は見たいのよ」


 ベイラムは、ふむ、と頷き、ベッツィーは苦しそうな喘ぎ声を出した。

 ヴェリカはベッツィーもドラゴネシアで起きたあの痛ましい事件について当事者のはずだったと思いいたり、しまったと自分を罵る。

 けれどベッツィーは過去に引き戻されている素振りどころか、何かを思い付いたかのようにして、ヴェリカと穴が開くほど見つめていたメモに何かを必死に書き込んでいる。


「何かお気づきになったの?」


「はい。リュシエンヌ様のペンダントと聞いて思い出しました。リュシエンヌ様がペンダントをおつくりになったのは、女学院を卒業した記念としてです。そうよ、どうして思い出さなかったのか」


 ヴェリカとベイラムはベッツィーが書いたメモを見下ろす。

 そこには毒入りペンダントの送り主として書かれていた名前に矢印をつけ、矢印の先にはベッツィーが思い出したらしき学友の名前が書きこまれていた。

 かなり悪意のあるコメントと共に。


   マリアンヌ・ロートル  →成金レイネ家のマリー?

   キャサリン・グラコニス →金髪のキンキン声のキャシー?

   レジーナ・ハーパー →黒髪と鳥ガラ体が自慢のレジーナ・ハルファー?

   ユーグレーナ・トラス  →常に相槌のユーナ・キャンディス?

   エメリア・ロゼ     →ブリューア夫人

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