雲間から太陽が顔を出すようにして顔を見せる悪意
新領主夫人への贈り物から二つも同じものが出てきたことを、当のヴェリカは不思議に思った。二つとも、中にはドライフラワーの小花と綺麗な青い結晶が入っている、蓋がガラスとなっているロケットペンダントだ。
ヴェリカは別の箱を開け、その中身を調べる。
やはり同じネックレスだった。
彼女は首を傾げながらも、リストに品名と送り主名を記入する。
食べ物と食べ物じゃないものじゃなくて、もう一つペンダントの送り主リストも別に作った方がいいかしら?
「ベッツィー。ドラゴネシアでは結婚祝いに青い鉱物と小さな花のドライフラワーが入ったネックレスを送るのが習わしなの?」
ベッツィーこそヴェリカは何を言っているのだという風にして、ヴェリカへと疑問ばかりの顔を向ける。
「いいえ。そんな習わしなどありません。どうしてそのようにお考えを?」
「同じペンダントが三つ目なの。箱もそれぞれ違うから手作りなのかしらって。刺繍したハンカチを意中の男性に贈るのが今度のお祭りでしょう」
「本来のお祭りの目的は女性から男性への恋の告白ではなく、冬に備えられる恵みを今年もありがとうと神に感謝する催しなのですけどね」
「まああ。では無理に刺繍はしなくて良かったの」
「してあげてください。ダーレン様が絶対に喜びます」
「緑色の竜のはずが、手足のある潰れたパンにしかならないのよ」
ベッツィーはクスクス笑いながら、ヴェリカの残念な刺繍の腕前についてのコメントを避けるようにヴェリカの机の上のペンダント入りの箱を取り上げようと手を伸ばす。しかしベッツィーの指先が箱の中のペンダントに触れる寸前に、ヴェリカがベッツィーの手を遮り止めた。
「奥さま?」
「ペンダントヘッドはロケットなのよ。このガラスの蓋が開いたら危険です。むやみに触ったら駄目よ」
「危険、ですか? 綺麗な青い結晶と可愛い小花の組み合わせのこのペンダントがですか?」
「ええ。この青い結晶は毒の花と呼ばれているの。銅鉱山の近くの村では、体が上手く動かせなくなってやつれて亡くなっていく人が多く出る時があるの。その病気は、この青い結晶が川の水に溶け込んだからだって言われているわ。最初は腹痛や下痢などの症状が出て……」
ヴェリカはそこで言葉を切る。
ヴェリカの母の実家がガーネット鉱山を持っていたからか、元はクーベリ家の使用人だったギャリクソンは鉱物毒にも詳しい。それでヴェリカも毒の花について知っていたのだが、ギャリクソンがヴェリカに時々渡す情報という名の毒の一つを連想的に思い出したのだ。
「お嬢様。あの針子は本名と過去を隠しております。いざという時はこれを利用するといいでしょう」
ヴェリカがセシリアと出会ったばかりの頃、ギャリクソンはヴェリカに古い手配書を差し出した。手配犯の姿絵はセシリアとは似ても似つかないものであるが、目は青く髪が真っ赤に塗られている事で、人とは違う鮮やかすぎる色を持つセシリアを確実に連想させる。恐らく、本人が自分だと思い込むには十分なものだと、ヴェリカは思った。
「よくこんな濡れ衣を彼女に着せたわね」
手配書に書かれた罪状は、家族を疫病で亡くして天涯孤独になったセシリアが、後見人となった村長宅で村長に大怪我を負わせて盗みを働いたというものだ。
「お嬢様は濡れ衣と断じられますか」
「彼女が恩を受けた相手に大怪我を負わせて盗みを働ける人ならば、今のみごとなまでの不幸のどん底にはいないでしょう」
ヴェリカはセシリアの妙な脅えについての理由をそれで理解し、そしてセシリアに出会った時から抱いていた気持ちを新たにした。
善人で誠実な彼女を私が守ってあげねば。
だからヴェリカはリカエルに目を付けたのだ。
猜疑心溢れる目でヴェリカを観察するくせに、レティシアの心を傷つけまいと自分がヴェリカに抱く悪感情をレティシアからは隠そうとする男。
そこでヴェリカは、リカエルにセシリアの状況を見せれば絶対にセシリアを助けてくれることだろうと考え、彼に望みを賭けたのである。
結果、リカエルとセシリアが一夜で恋仲になってそのままこじれるとは、そこまでヴェリカは考えていなかったが。
さて話を戻すが、ヴェリカは善人セシリアとは違い悪人思考の人なので、セシリアの無実を断じたと同時に、村長こそがセシリアの家の財産を奪った人なのではないかと考えた。
村長が冤罪をセシリアに被せたのは、セシリアに己を告発をさせないようにするためだろうと。
当時十五歳の世間知らずの少女が村長から重罪を背負わされた状態で、憲兵に自らの潔白と両親の死の真相の再調査を求めるなど、絶対にできるはずないのだ。
冤罪ならばと考えれば、セシリアの両親の死が疫病であるのも眉唾ものとなる。
そこで青く美しい結晶の毒の花による初期症状が嘔吐に下痢だとベッツィーに説明しかけたところで、ヴェリカはハタと気がついたのである。
コレラやペストの初期症状によく似ているわね、と。
「ふうん」
ヴェリカは自分の手元のリストを再び見る。
毒の花入りのペンダントが、自分の結婚祝いだと三つも届けられている。
青い結晶について何も知らなければ、ベッツィーがしたようにしてロケットの蓋を開けて小さな小花の一つくらいは取り出したかもしれない。
ヴェリカは机の上に置きっぱなしのカップへと視線を動かす。
この毒は水に溶けやすい。
指先についてしまった事に気がつかないまま唇に触れる、あるいはお菓子を掴んで食べてしまったら? と。
「なるほどなるほど」
「ヴェリカ様?」
「プレゼントを全部確認するわ。同じペンダントがいくつ出てくるか楽しみね。あとでリストにまとめた方々の人となりや人間関係について教えていただける? 私はその方がどんな方か何もわかりませんから」
ベッツィーは少々血の気を失った顔をしていたが、前領主夫人の代から領主館を切り回して来た女中頭だ。凛とした表情は崩さない。
「危険なものならば、あとは私が確認します。奥様に触らせるわけにはまいりません」
「いいえ、私にさせて。毒については私の趣味でお楽しみなの」




