ダーレンが大事なのは愛する妻が横にいる世界
久々にダーレン視点 長くてすいません。
ダーレンは改宗し、女神レティシアを信奉しようと本気で思っている。
ヴェリカと四婆のこじれを、レティシアがたった一日で解決してくれたのだ。
それも最良すぎる形で。
今や四婆達は城の厨房にいる。
ダーレンは心から女神認定した妹分に感謝を捧げた。
ヴェリカが捕獲された子ウサギ状態で四婆達に囲まれて帰って来れたのは、全部レティシアのお陰だ。ダーレンはレティシアに感謝ばかりだ。ヴェリカとしたら暑苦しい愛情ばかりの母親が四人もできて、ぜったいに不本意どころではないだろうが。
四婆達がヴェリカを守るべき幼子と認識し(たぶんヴェリカの体が小さいから)、自ら進んでヴェリカに捧げる晩餐会の準備をしているとは、なんて平和をありがとう、と。
レティシアと手芸店に出掛けたヴェリカが、手芸糸だけでなく四婆を土産に帰って来るとはダーレンには想像できなかった。彼はヴェリカによって死屍累々となった四婆の姿ばかりを想像していたのだ。彼は町に二人が出掛けると聞くや、レティシアを捕まえ、「四婆とブッキングしたらヴェリカを止めて!!」と情けなく懇願していたくらいなのである。
帰城したレティシアにダーレンこそ呼び出され、妻を兵士に仕立てるなんて、とお怒りを受けた。だが今のダーレンには、それが濡れ衣でもぜんぜん些細なことである。
手芸店にてリイナがレティシアと四婆を侮辱したからと、ヴェリカがリイナの腕と口を捩じり上げたそうであるが、そんなことは些細なことなのだ。
そもそもヴェリカは大の男が抱えているトラウマに対して、同じことを経験させれば良いという持論で生き埋めにしてしまえる人なのだ。四婆を埋める結果にならなかっただけで儲けものだ。
そう、これでダーレンは、四婆がモズの早贄状態になる未来に今後一切脅える必要が無くなったのだ!!
「ああ、たった一日で嫁姑問題が解決だ。レティシアの為ならば何だってしよう」
「この口先男。お前は妻の為にしか動かないつもりだろうが」
ダーレンはせっかくの平安に水を差す年上の男を睨む。
レティシアの父のラルフ・ドラゴネシア伯爵だ。
ダーレンの父方の叔父であるラルフは甥の睨み程度怖くはないと流し、さらにダーレンを苛立たせるようにしてダーレンの秘蔵酒に舌鼓を打つ。
彼の執務室には今やヴェリカはいないが、その代わりとしてレティシアをドラゴネシア城に連れて来た大男が大きな態度で寛いでいるのだ。
「心外ですね。叔父上。俺はとりあえず王都に向かいますが、せっかくの王都ならば、やるべきことは全部してくるつもりですよ」
「あほう。やらんでいいんだよ。あの男は腰抜けだ。息子の話じゃ、娘を誑かしたのは思い出にしたかっただけだと嘯きやがったそうだ。そんな男にレティシアを渡すか」
ダーレンは大きく溜息を吐く。
先の戦では、敵国ジサイエルの兵の数は通常の倍であっただけでなく、生き残るつもりも武勲を得るつもりも無い自殺に近い特攻兵ばかりであった。そのためドラゴネシアは珍しく敵兵に脅威を感じ、守りに徹するしかなくなった。
勢いで負けてしまったドラゴネシアは、もう少しで防衛線を削られるところまでいったのだ。
だがしかし、ジュリアーノ・ギランが兵を王都から引き連れて来てくれた事で、ドラゴネシアは勢いを取り戻して攻勢に出る事が出来た。
王城の飾り人形に武勲など渡してやるものか。
そんなドラゴネシア兵の意地だ。
だが、とダーレンは思う。
結果としてギラン達が到着する前にジサイエル軍を追い払えて良かったと。
ギランこそ死地を求めるだけの特攻兵だったのだから。
「俺があいつをレティシアの相手に認めないのは、あいつが明日にでも死にそうだからですよ。俺もリカエルも、あいつの戦死の報をレティシアに伝える仕事をしたくない」
「ハッ。戦場で死ぬ気なくせに、俺の宝石には命を懸けられないってか!!」
「違いますよ。もう命は捧げています。あいつは昔ながらの本物の騎士なんです。自分には爵位も金もなく、そして名乗るべき名も父親から貰えなかった私生児だ。剣の腕しかない。ならば、愛した姫に心を捧げて戦地で散ろう。そこまで追い詰められている哀れな青年なんですよ」
「――お前はあれに目を掛けて可愛がっていたな」
「あいつの戦士としての腕前は、あなたの息子のルーファスとレンフォードよりも上です。純粋に欲しい。ただし、死にたいだけの奴は駄目だ」
「お前がそこを王都でなんとかする気か?」
ダーレンはそこでのどを鳴らす笑い声をあげる。
ラルフは自分の甥が時々自分よりも悪辣に立ち回ることを思い出し、自分の兄にそっくりだと頼もしく思った。
「叔父さんに教えてくれないか? お前の老獪な策を」
「策ってほどでもないですよ。欲しくもない爵位をギランの製造元に差し出してやろうってだけです。こいつをお前の大事な息子にくれてやれ、と。俺はイスタージュ女伯爵になったヴェリカがドラゴネシアと伯爵領の行ったり来たり生活になるなんて耐えられない」
「イスタージュ伯爵位がギランに? そんな事が可能なのか?」
「イスタージュ伯爵家は特記付き爵位なんです。イスタージュの血をひく者ならば、直系傍系男女問わず、庶子だろうが爵位を得られるという素晴らしい特記が」
「ああ特記か。そういえば親父が物凄くおっかない女伯爵がクラヴィスにいると言っていたな。妖精みたいに美しいが、その中身は獰猛な魔物だと珍しく褒めていた。いや、食虫花と言っていたか。彼女を侮り馬鹿にした奴らの財産は奪われ、人格まで壊されるんだそうだ。なんて小気味よく天晴だと。ハハハハ。お前の女房はそのおっかない女伯爵の孫なのか?」
大笑いする叔父とは反対に、ダーレンの表情は、すん、となっていた。
ダーレンは隠していた秘蔵酒の瓶を引き出しから引き出すと、叔父が飲んでいる最中の瓶の横に置いた。
「なんだ?」
「レティシアを本日お連れ下さりありがとうございました。お陰で四婆達は全員、天寿を全うできます」
「ハハハ。お前は。危機はいつだってあるだろうに、馬鹿者が」
そしてラルフの言う通り、状況はダーレンの手を勝手に離れて動いた。
ダーレンが早駆けでの王都行きを朝食の席で伝えたところ、ヴェリカも一緒に王都に行きたいと訴えた。そこは想定済みだ。
だがそこでレティシアこそ王都にすぐに戻りたいから、自分がヴェリカの付き添いをして馬車でダーレンを追いかける王都への旅を提案してきたのだ。
「俺は君達にはここで待っていて欲しい」
「わかったわ。でも、レティシアは行かなきゃ、なの」
「だから俺は馬車に付き添えない」
「私も馬で行きます!!私に乗馬を教えて下さったのはダーレンだわ。私の腕前は騎馬兵に匹敵するって、ダーレンこそ認めてくれたでしょう。大丈夫よ」
レティシアは控えめで大人しい娘だったのではないだろうか。
ダーレンは思わず妻へと視線を動かし、妻が誰よりも誇らしそうな顔で自分の親友を見守っているという姿を知ることとなった。
レティシアを変えたのは、君か?
「俺も行こう。馬替えして二日。馬替えせずに隊を組んで二日半で王都に着きゃ、三日の行程を二日半で百人隊連れて来たあの美人と同等と胸張れるか? あっちは現役兵だけでこっちはお姫様付きだ。それ以上となるか? どうだ、ダーレン」
ダーレンは、負けた、と歯噛みする。
ドラゴネシアは挑戦が大好きだ。
そして、大事な妻がホッと安堵の溜息をつく姿を見たならば、彼女は単騎で王都行きを考えていた自分にこそ付添いを付けたかったのだと考えるべきだ、と。
ダーレンは横に座るヴェリカの手をそっと握る。
「心配かけてすまん」
「安全第一でお願いします」
ダーレンは珍しく反省した。
彼はヴェリカを女伯爵にしたくないばかりに、彼女の意見も聞かずに彼女から爵位を奪ってしまおうとしている。その上、その浅ましい行為を知られたくないと、一日でも早く戻れる早駆けなど選んでヴェリカに心配させているのだ。
「ヴェリカ。絶対にすぐに戻る」
「それは当たり前です。私が望むのは、安全第一です」
「はい」




