喧嘩は同じレベルで無いと成り立たない
「財産目当てと言われたくないって理由で引き下がるのは、財産目当てであった証拠でしょう」
リイナのこの台詞にヴェリカは大喜びで喰いついた。
ヴェリカは舞台で台詞を放つ女優のようにして、リイナが嫌うだろうワードと声音を使い、リイナのセリフを真っ向から全て支持する台詞で返したのだ。
「その通りですわ!!何と言われても平気。私が彼を愛しているのは真実だし、彼こそ私を望んでいるのだもの、ですわ!!」
ヴェリカの狙い通り、リイナはヴェリカのセリフに反応した。
リイナはダーレンを手に入れられなかった女だ。
ダーレンが化け物と蔑まれ、ドラゴネシアのどのパーティからも招待状が届かなくなった事件は、ダーレンの妻の座をなんとしてでも勝ち取ろうとしたリイナが起こした五年前の事件が発端だ。
とあるパーティにてリイナは包帯が取れたばかりのダーレンと顔を合わすや、芝居がかった悲鳴を上げて気絶するふりをした。
それは、愛する人の顔の傷に心を痛めた繊細な乙女の演技であり、衆目を集めた上でダーレンに抱きしめられることでリイナとダーレンが恋人同士であると印象付け、婚約を確実なものにするつもりであったのだろう。
だがしかし、彼女は浅はかすぎた。ダーレンと彼女しかいないところであればダーレンだって受け止めたであろうが、他に彼女を受け止める人がいるならダーレンが手を出すはずはない。
結果、リイナは衆目の中で彼女の信奉者の一人に抱き留められ抱きしめられることになり、そんなスキャンダラスな姿を公然の場で晒した結果としてリイナは自分を抱き留めたその男と結婚しなければならなくなった。
跡継ぎでもなく、金もなく、ドラゴネシアを守る兵士でもない。
クラヴィスから流れて来た文化人ぶるだけの青年と。
ヴェリカはリイナの人生の賭けをした姿については称賛するが、その方法については、よくもそんな方法でダーレンが手に入ると思いましたわねと、呆れるばかりである。
ヴェリカがリイナの策が絶対に成らないと考える理由は二つある。
まずダーレンは潔癖で誇り高い。
信奉者という名の取り巻き男性を、当時のリイナは常に二人以上は侍らしていたとヴェリカはレティシアから聞いている。
三下程度の取り巻き男性と一緒になって一人の女性を口説くなど、誇り高いダーレンがするはずなど決してない。
それに、ドラゴネシア砦は男所帯とも言える場所である。
複数の男性に愛を囁かれたい女性は余計な問題を作ると、一番最初に候補リストから消されるのが当たり前なのだ。
次にダーレンは、自分の評判には無頓着だ。
逆に評判が悪い方が敵には侮られるから好都合と、ダーレンは悪評こそ自分の利にできる男だとヴェリカは考えている。欲しくもない女が倒れかかって来たところで、その思惑を知りながら自分の評判の為に抱き留めて、自分の人生を台無しにするような男ではないのだ。
以上についてヴェリカはリイナに突きつけてやる気でもあったが、リイナは浅はか過ぎたのか、次にヴェリカに放った言葉でヴェリカこそやる気が削がれた。
わくわくとリイナの次の言葉を待ち受けていたからこそ、ヴェリカはかなりの肩透かしを受けた感じで、今までの高揚感がスンと一気に落ち込んだのだ。
「あなたは凄い貧乏だそうじゃないの!!」
貧乏じゃないのって、子供がする罵りでしかないでしょう。
この人は子供を持つ母だって私は聞いていましたわよ?
子供を産んだ時に、理性や知性とかまで出しちゃったの?
ヴェリカがぼんやりしちゃったせいで、リイナはさらに調子に乗る。
これこそ、ヴェリカを傷つけられる言葉だとわかったと意気揚々と。
「認めなさいよ、ダーレンのお金に惚れたって。これ見よがしに頭に飾っている宝石付きのピンだって、ダーレンからのプレゼントなのでしょう」
「これは母の形見よ。母の実家のクーベリ家はガーネット鉱山を持っているの」
「何がガーネット鉱山よ。緑色の石がガーネット鉱山から出るわけ無いじゃない。人を馬鹿にするのもいい加減になさいな!!あなたは財産目当てなのよ!!だって私は知っているのよ!!あなたのご実家は穴だらけのあばら家だって!!」
「いい加減になさい。あばら家なのはダーレンが壊しちゃったからよ!!」
やる気のなくなったヴェリカの代りにリイナを叱る大声を出したのは、決して声を荒げた事のないレティシアだった。そして、レティシアの剣幕にリイナも一瞬だけ驚いたようだが、リイナはレティシアを自分の一段下に見ている。そんなレティシアに窘められる事こそ許せないとリイナは思ったのか、さらに憤り、ヴェリカよりもレティシアを攻撃しはじめた。
「それもこの女にそう聞いたからでしょ。レティシア。全くあなたは単純ね。キレイだって言われたからってコロって騙されて。私はキレイになりました、なんて人前で恥ずかしげもなく自慢するし。大丈夫? それから、誰でも綺麗にしてくれるドレスデザイナーを紹介するなんて、この人は財産狙いどころか詐欺師なんじゃないの? それじゃあなたも小母様達の二の舞よ。小母様達みたいに騙されてまたドラゴネシアの子供が生き埋めに――」
ヴェリカは自分は何をしているのかなって、動いてから思った。
今まではちゃんと考え、口だけで相手を潰していたのに。
「いた、いたたた。やめて、やめてよ」
気がつけばヴェリカは、リイナの左腕を捩じり上げて動きを封じ、その上で彼女のろくでもない事しか言わない口を抓り上げていたのだ。
レティシアを小馬鹿にする物言いをしたから。
それに、今でも幼少時の出来事に苦しんでいるガムランと、彼を見守りながら自分を責めているダーレン達をあげつらう事になる台詞は許せはしない。
しかもここには四婆達がいて、リイナのセリフを聞いた途端に全員が全員、顔を真っ赤にして下げてしまった瞬間をヴェリカは見たのだ。
だから瞬時に理解した。
四婆達がヴェリカに会おうとしなかったのは、過去の不幸な犯罪が自分達が招いたものだと彼女達こそ罪悪感で苦しめられているからだろう、と。
メリアの話では、四婆達から宝石と金貨を盗み、逃亡するための時間稼ぎでガムランを生き埋めにした泥棒一味の一人は、四婆達が子供達のためにとクラヴィスから呼びよせた家庭教師だったのである。
亡霊のように落ち込んでしまった四婆の姿に、ヴェリカは彼女達への怒りは忘れた。けれど怒りはいくらでも湧く。例えばレティシアと四婆に平気で暴言を吐けるリイナに対して。
「痛い!!放して!!」
「ろくでもない事しか言わない口なんか、捩じり切ってしまった方がいいのよ」
「あなたはおかしいんじゃないの!!」
ヴェリカはそっと身を屈め、周りには絶対に聞こえない声でリイナに囁く。
毒を。
「滑稽なのはあなた。おかしな私を誰も止めないのはなぜかしら? 小母様達があなたを切り捨てたからよ。口は禍のもとね」
リイナはハッとして周囲を見回す。
リイナが罵ったレティシアはドラゴネシアの四婆達に囲まれ、幼子のようにして慰められている。そして、リイナを娘のように可愛がってくれていたドラゴネシアそのものの女達は、リイナに顔を向けてももはやその目はリイナを認めてはいないと語っていた。
彼女の母親でさえ。
「いくらでも噂話を流しなさい。あなたの作った噂話を聞いてくれる方が、これからもいらっしゃるならば」
ヴェリカは自分がしている暴力的な行為について、全員が唖然として声も出ないだけ、とわかっていたけれど、彼女達のリイナへの印象が今までとは変わったのは間違いはない。
そしてヴェリカは大人しくなったリイナを見下げ、小者過ぎてつまんない、と思った。




