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この人達も埋めてしまおうかって思ってしまう の1

 当たり前だがヴェリカが考案した人体実験で、ガムランが二十年以上抱えていた心の傷が消えるわけが無かった。それどころか使用した樽の継ぎ目が甘かったため、ガムランは樽の中に流れ込んできた泥水に溺れて死にかけた。


 よって実験がもたらした結果は、キースとメリアのヴェリカへの評価が、不遇の領主夫人から血も涙もない地獄の鬼へと変化しただけでである。


 ヴェリカとしては不本意この上ない。


 樽に入れられる段階で、混乱し泣き叫んで暴れるガムランの手足を縛ってしまえと命令するのは当たり前だし、ギリギリだったとみんなは怒るけど、幼児の時と同じぐらいの恐怖をガムランが感じねば実験の意味がないではないか。

 だけど、ダーレンもひいていたどころか実験を中止させようとしたのを無理矢理強行しちゃったし、仕方が無いか。


 ヴェリカは一人ポツンとダーレンの執務室にいた。

 昨夜のことでヴェリカがダーレンに見放されたのではなく、ガムランが動ける状態で無いという事で、ダーレンはガムランの副官には任せられない部分を担いに行っているから不在なだけである。


 コンコン。


「どうぞ」


 顔を上げれば、ドアを開いたのは実験体にされたガムラン当人だった。

 彼はとても元気そうで機嫌のよい姿である。


「昨夜は久しぶりによく眠れたよ」


「良かったわ。お身体の調子はいかが?」


「熟睡できたお陰かいつもよりも軽く感じるよ」


 ヴェリカはガムランに笑顔で応えるが、彼が一人でヴェリカに会いに来なかった事で、本当かしら? と訝しがる。報告に来た笑顔のガムランの横には、むっつり顔のメリアが立っているのである。

 ついでに言えば、ガムランの左手はメリアの右手を握ったままだ。


 実験後のガムランの状態を心配したメリアが、ガムランに付添い、彼の部屋にて彼の手を一晩中握っていた事実をヴェリカは知っている。


 ガムランの瞳は夢見心地?

 そしてメリアが保護者のように付き添っているのは、精神状態が悪い――いえ、もしかしたら!!


 ヴェリカは気がついた。

 幼馴染で喧嘩友達だったメリアとガムランは、今回のことで心を通わせた恋人同士になったのでは無いかしら? と。


 だとしたら、ガムランが夢見心地で私に感謝を伝えたいのは、私のお陰で二人が幸せになれたという事の方ね。


「私に御礼なんかいらないわ、なるようになっただけですもの」


 すると、ガムランの左隣にいたメリアがなぜがずいっと前に出てきた。

 とっても不満そうな表情で。


「奥様、なるようになったって、ガムランは死にかけたんですよ!!」


「そうね、キースが持って来た樽があんなに脆かったとはびっくりよ。ちゃんとガムランを入れて埋めるって言ったでしょうに」


「キース様は冗談だと思ってらしたから、あの樽だったそうです。そしたら本気で土の中に埋めちゃおうとなさるから、だから、待って待って待ってってキース様はずっと叫んでいたじゃないですか!!」


「でも制止聞かずに埋めたのはベイラムだし」


 ダーレンとキースによる中止の大合唱の中、ガムラン生き埋めは実行された。

 なぜならば、ダーレンが呼びに行かなくて良いといった人物、四兄弟の一人のベイラムが現場に現われ、ガムラン生き埋め会に参加してくれたからである。


「奥さま!!責任転嫁しないでください!!主導は奥様でしょう!!」


「もういいだろ、メリア」


「ガムランは!!あなたはなんかいつもと違うわよ!!」


「メリア。何度も言うが、俺が楽になったのも事実なんだよ」


「だけど――わかったわ。それで奥様。ガムランと話し合ったのですが、このことは内緒にした方がいいと思います」


「あら。皆にお知らせして、あなた方の婚約式は大々的にしましょうよ」


「え?」

「へ?」


 ガムランとメリアは思い出したように自分の左手と右手を見下ろし、同じ様に顔を耳まで真っ赤に染めて、同じタイミングで左右に離れた。

 ガムランは、ちが、ちがう、とヴェリカに両手を振って否定している。


「いいじゃないの。めでたい話題でガムランのお母さんは私を認めて下さるかもしれないじゃない。良い知らせは有効活用しましょうよ」


「いや、だから違うって」

 バアン。


 メリアはガムランのように言葉で否定する代わりに、身を乗り出すやヴェリカが前にしているダーレンの執務机の天板を両手で強く叩いた。


「メリア。いくら照れたのだとしても、侍女にあるまじき行動よ」


「ちがいます!!全然違います!!ああ、リカエル様が母にくれぐれもって、ヴェリカ様のことを頼んで来た気持ちがわかった!!」


 ヴェリカは嘆くメリアを見つめ、では何が秘密だったのだろうかと腕を組み、うーんと唸る。


「ヴェリカ。何か悩み事が?」


「いいえ。ガムラン。悩み事では……あ」


「どうした?」


 ガムランは既にヴェリカを呼び捨てにしている。

 ヴェリカもそれでガムランを呼び捨てにしているが、そんな二人が親しくなったことは四婆達にはまだ知らないことだと気がついたのだ。


「ガムランと私に親交があることは内緒ってことね。そうね、ガムランとメリアの仲は私公認だなんて聞いたら、クリステル様がきぃってなって、認められるものも認められなくなりますものね」


「ち・が・い・ま・す!!」


 バン、バンと、リズミカルに天板を叩きながら、メリアは言葉を区切って叫ぶ。

 いい加減に五月蠅いとヴェリカは苛立つ。


「では何が内緒なの?」


「俺を埋めた事だよ。俺の状態が良くなったとしても、適当な箱で生き埋めされて死にかけたわけだから、知ったら母も父もぶちぎれるはずだ。泥で窒息は水に溺れるよりもやばかった」


「でも効果があったようだし、何度か繰り返してみるのはいかが?」


「もうしないよ!!」

「させません!!」


「まあ!!お二人とも息がぴったり」


「そんなことは、ない」

「何を言っているんですか!!」


 二人は仲良く同時に一方は照れ一方は吼えた。そして何故か互いを睨み合う。

 実はそうだと言って欲しいならば、自分こそそうだと認めれば良いのに。

 ヴェリカは目の前の両片思いの二人の相手が面倒になってきた。


 私はダーレンの言いつけを守って部屋に閉じこもっているというのに。


 別に鎖で足首を縛られている訳でも、伯爵家で幽閉されていた時のように部屋に鍵が掛けられているわけでもない。なのに彼女がダーレンとの約束を守って、ダーレンが不在でも部屋から出ないのは、純粋にダーレンからの信頼を台無しにしたくないだけだ。


 でも、ちょっと私ばかり負担が大きくなくて?

 ヴェリカは急に不公平さを感じた。

PTSDの治療として有名な持続エキスポ―ジャー法は、安全第一で生き埋めなんてしませんよ。ヴェリカさん! 回でした。

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