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ガムランとドラゴネシアの過去と傷

 ドラゴネシアは雷はよく鳴るが、大雨を伴うのはなかなか無い。

 そんな雷雨がせっかくの訓練場の見学会を襲った。


 勿論ダーレンはいち早く雨が降る前に見学していたヴェリカの元に来て、彼女が濡れないようにベランダから室内へと引っ張り込んだ。そして部屋に引き込まれたヴェリカは気がついたのだ。ダーレンが動いた本当の目的を。


 彼はヴェリカが雨に濡れる事よりも、雷雨に晒されたガムランを心配して動いたのだった。ダーレンは雷の音で崩れ落ちているガムランを抱き、ガムランは雷に脅える幼い子供そのままにダーレンにしがみ付いている。


「奥様、内密にしてくださいね。ガムラン様は仕方が無いんです」


「誰だって苦手なものはあります」


「そういう事じゃ無いんです。幼い時に箱に入れられて埋められたんです。雷が鳴り響く大嵐の日に。幼い子供にそんなことができるなんて、人じゃ無いわ」


 メリアは顔を真っ赤にして堪え切れないという風に唇を噛む。

 ヴェリカは彼女を抱き寄せたが、彼女はヴェリカの腕の中で悔しいと呟いた。


「こんなひどいことが出来たのは、あいつらがクラヴィス人だからよ。クラヴィスは血も涙もない人ばかり。私は、私は劇場で歌えるはずだった。だけど、見覚えのある首飾りをしてた夫人に声をかけただけで、私は劇団を首になったのよ!!」


「――見覚えがある首飾り?」


「ええ、ええ。ヴィヴィアンと一緒に、キャサリン様に見せて頂いたの。キャサリン様達がお若い時に友情の印としてお揃いをお友達で作ったって。でも、盗まれてしまって、今は自分が持つ一つだけって」


「どんなネックレスだったの?」


「――母がデザインしたネックレスだ。貝細工の薄ピンクのコケモモの花と自分と友人達の誕生石で作ったコケモモの実の房が下がっている。メリア。その首飾りを付けていた奴の名前を覚えてるか?」


 ヴェリカはメリアの体をぎゅうと抱きしめた。

 それは、ガムランを抱き締めているダーレンから発せられた声が恐ろしく、自分こそメリアにしがみ付かなければ力を失った足のせいで転びそうだったからだ。


 メリアこそそうだったのだろう。

 ダーレンに声を出してそうだと答えられず、泣き顔で首を上下に大きく振るしかできないのだ。


「メリア」


「ダーレン。メリアはそうだと言っているわ。私が詳しく聞きます。だから」


「詳しくなくていい。その女の名前さえわかればいい」


「いいや、言うな。メリア」


 ダーレンを止めたのはガムランだった。

 彼は大きく息を吐くと、ダーレンからゆっくりと剥がれていく。

 それから深呼吸をしながら立ち上がる。


「大丈夫か?」


「兄貴、助かった。部下の前で醜態を見せるところだった。雷鳴ひとつぐらいならば大丈夫になったが、雨と一緒だとどうしても恐怖を思い出して駄目になる。ハハハ。大の男が狭い所と暗い所、そして雷雨にこんなに脅えてしまうなんてな」


「――お前のせいじゃない。俺達だって雨の日はお前を探してしまう。ついね。それで落ち着きたくてお前を抱き締めてしまう。同じだよ」


「いいや。違うな。俺が克服できないから兄さん達の傷が治らない。だからさ、俺にメリアを傷つけた女を探りに行かせてくれ。母さん達の首飾りと金貨を盗んだ、ハハ、俺の母さんはアベイ男爵家の家宝の指輪まで奪われている。俺が結婚できないのは、いや、好きな相手が出来ても指輪がないから求婚できないと今でも泣いている。俺が実家に帰らず砦に棲み付いているのはそういうことだ」


「違うわよ!!クリステル様が泣いているのはあんたが不甲斐無いせいよ!!あんたは凄い男なのに、こうやって自分を卑下してばっかりだから泣きたくなるの。それで、いつ行くの? 私も行くから。私こそあの女に復讐できるならしたい。それに、私がいなきゃ、どこのどいつかわからないでしょ!!」


 ヴェリカの腕から出て行ったメリアはガムランににじり寄っており、ガムランこそメリアの剣幕によって数分前まで震えていたことを忘れている。

 それどころか、外はまだ雨も雷も勢いを失っていない。


 ヴェリカは、ふうん、と一人唸った。


 リカエルがいれば警戒警報を発しての大騒ぎをするところだが、そんなヴェリカと目が合ったのは「ヴェリカが」しか語彙が無くなったと噂のダーレンだ。

 けれどダーレンにも理性と弟分への労わり心は十分に残っている。

 彼は視線だけでヴェリカに返す。


 そんな考えは捨てるんだ。


 しかしヴェリカは逆らった。彼女は思い付いた事は試してみたい探究者であるし、ダーレンに心配されて常に見つめられるのは自分一人でなければいけないと考える我儘な恋煩い人だ。


「ダーレン。今すぐガムランを生き埋めにしちゃって。それで十分後にちゃんと掘り返してあげるの。幼い頃の怖い記憶を大人になってからのものに書き換えられるか実験をしましょう」


「奥様!!あなたは鬼ですか!!」

「君は何言ってるの!!」


「書き換え? できるのか? できるならそれをやろう!!頼む。俺だって自分じゃどうにもならないこの体にうんざりなんだ」


「よく言ったわ。では、四爺とキースとベイラムも呼びましょう」


「いや。呼ぶのはキースだけでいい。君は知らないだろうが、四爺はな、俺達をまだ十歳児くらいにしか考えて無いんだよ。知られたら面倒だ」


「ハハハ。なのに自分達は五歳児程度の行動しかとらない。迷惑だよな」


「じゃあキースを呼んで来るわね。大きな箱は樽でもいいかしら」


「奥様。あなたは楽しんでませんか?」


「善は急げって言うでしょう。気が変わらない、いいえ、雨が止む前にやるわよ」

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