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ドラゴネシア砦での練兵見学

 リカエルがドラゴネシアから消え、ヴェリカがダーレンによる囚われの日々を送るようになってから三日目。ヴェリカは今や日課同然となった見学会、砦の訓練場に併設する建物二階のバルコニーから兵士達の剣闘を眺める、をしていた。


 ドラゴネシア城は領主の居城で領主の権威を示すための建物ではなく、完全に国境を守る前哨基地でしかなかった。

 一応は領主館は独立できるように砦内に建っているが、領主館を出れば普通に兵士達がそこかしこを闊歩している。クラヴィス民の誰もが考える城とドラゴネシアの城は、全く違うものだったのである。


 だがヴェリカは前線基地でしかないドラゴネシア城を愛した。

 ダーレンが全貌を知らせたいとヴェリカを監視塔に連れだったが、高い塔の天辺から見下ろせば、星のような形が幾重にも重なった敷地は美しいとさえ思った。

 実際に無意識に呟いていた。


「美しいわ」


「怖くは無いのか? 無骨だと思わないのか?」


「無骨? 芸術的だわ」


「そうか? 敵の攻勢に有利に働く形を追求してのこれだぞ」


「あなた。あなたこそ誇らしげな顔をなさっていますわよ。あなたの城をお好きなだけ自慢なさって」


 ダーレンはヴェリカに最高と言える笑顔を返した。

 ヴェリカの心臓がひっくり返るくらい、それは甘くて尊さまで感じる笑顔だ。

 ただし、その後はヴェリカは足元がひっくり返りそうだった。


 ダーレンは塔の天辺でヴェリカの鼓膜が破れる程の雄叫びをあげたのだ。


 その後にはダーレンに呼応するように砦中のそこかしらから雄叫びが始まり、最後には砦を揺るがす勢いで全兵士達がウオーウオーと大騒ぎだ。


「ハハハハ。これがドラゴネシアだ!!」



 ヴェリカは数日前のドラゴネシアの勇壮さを思い出しながら、剣技の訓練をしている兵士の中で格別に目立つ存在を熱さの籠る眼差しで見つめていた。


 もちろん兵達を扱くダーレンだ。


 ダーレンはヴェリカを常に捕まえておこうとするが、実はヴェリカが望めば好きにさせてくれるのだ。城内で、四婆を虐めに行かない目的ならば。

 なので、ヴェリカは自由も実は感じていた。

 かつて伯爵家に幽閉されていた彼女だが、ドラゴネシア砦を好きに出入りできない閉塞感を感じるよりも、実は安心感ばかりだった。


 砦内の誰もがヴェリカに敬意を示し、安全を考慮し、世話を焼こうとする。

 また兵達が剣を合わせ肉体をぶつけ合う訓練場を観覧できるのは、ヴェリカにとって楽しいどころではないのである。

 心に貯めていた重苦しい気持ちがあれば、戦い合う兵士の打ち合いの音と共に打ち消されていく感じなのだ。


 あの日、ダーレンがヴェリカを救うために、屋敷の壁や扉をどんどんと壊してくれた時のように。


 そして今、ダーレンは壁ではなく壁みたいに大柄なドラゴネシア兵達を蹴散らす勢いで指導を行っている。

 彼の剣捌きや優美にも見える身のこなしの一々が、ヴェリカには素晴らしいご褒美だと、彼女は惚れ惚れと見惚れるばかりである。


 庶民のような平服であるが、それでダーレンの威厳や美貌が損なう事は無く、薄い布地と汗で透けてみえる肉体美はヴェリカに夜伽をまでも思い出させた。

 ヴェリカはほうっと熱い息を吐く。


「すごいわ。ダーレンって本当に強くていらっしゃるのね!!」


「俺と戦っていないところで臆病者って責めなよ。それにしても、剣闘を見て飛び跳ねてこんなに喜ぶとは。リカエルが血に飢えた獣と言っていた通りだね」


 ダーレンが愛する妻に良い所を見せつけようと訓練場で兵士を扱いているならば、一人になったヴェリカを護衛するのはダーレンが信用する男しかいない。

 ドラゴネシア四兄弟の一人、兵団長であるガムランだ。

 ヴェリカは顔を歪めて同意できない気持ちを現わしたが、この十代の頃のダーレンを彷彿とさせる若者は、ヴェリカの素振りに戸惑うどころか喜ぶばかりだ。


「ハハハ。リカエルが気に入るわけだ」


「あら。性悪性悪って罵られるばかりよ。平気で頭を叩いて来るし」


「あいつは一番下だからね、気に入った相手にはお兄ちゃんぶりたいんだよ。俺とはたった半年違いなだけなのに、俺が兄だと言い張ってもあいつはたいして言い返さない。ダーレンの可愛い末の弟の立場は絶対に譲りたくない。だけどお兄ちゃんをしたい。面倒くさい奴だよな」


 ヴェリカはガムランの酷い物言いに吹き出した口を押さえる。

 けれどすぐここにリカエルを信奉するメリアもいたと、彼女に視線を動かす。

 メリアはガムランのリカエルに対する失礼な物言いに対し、怒った顔付どころか、侍女にはあるまじき偉そうな目つきと揶揄いばかりの顔付をガムランに向けているではないか。


「ふ~ん。ガムランさんは面倒くさく無いんだ~」


「うるせえよ。メリア。お前はそれで王都はもういいのか? 女優になるんだって言ってた夢はいいのかよ」


「女優じゃ無いわよ!!歌手よ!!」


「同じだろ。いや、女優よりも悪い。歌手なんざ、大きな舞台で歌えなきゃ、場末の酒場行きだ」


「ひどっ」


 ヴェリカはこの二人の諍いが取り返しのつかないものにならないようにと、どうするべきかと思わずダーレンへと視線を向けた。

 …………いなかった。


「まあ!!ダーレンはどこにいらっしゃったの!!」


「ぷ。アハハハ。見てもらえないって拗ねたにちが――」

「ここだ。雷と雨が来る」


 ダーレンがバルコニーに飛びこんできたのだ。そして彼は自分の言葉だって最後まで言わずに、物凄いスピードでヴェリカ達に向かって動いた。

 ヴェリカを右手でひょいと抱き上げると、なぜか、ガムランの肩も抱いて部屋の中へと駆けこんだのである。


「ダーレン!!」


 ピカッ。

 ゴロロロロロロロロ。

 ザアアアアアアアアアアア。


 青白い光が室内に差し込み、同時に雷の音が室内を揺らすほどに響いた。

 その次には、バケツの水をひっくり返したような雨音だ。


 ヴェリカはダーレンが慌てていた理由が良くわかった。


 ダーレンは室内に飛び込んだ瞬間ヴェリカを腕から下ろし、その代わりとして、ガムランこそを両腕でぎゅうと抱きしめているのである。

 外の雷の音と建物を叩きつける雨音に脅え青白い顔をしているのは、この部屋ではダーレンとガムランだけだった。


 それだけではない。

 ガムランは床に崩れ落ちているのだ。

 ダーレンがガムランを抱き締めねばならなかったのは、ガムランの足が完全に力を失っているし、ダーレンにしがみ付かねばガムランは意識も失いそうだからだろう。


 ガムランの脅え方は尋常じゃない。

 ヴェリカは一体何が起きたのかと、大きな兄弟が抱きしめ合う姿を見守るしか無かった

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