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不穏なセリフを聞きましたわ

 リカエルのお陰でヴェリカは領主館の実権は握れた。

 ついでにダーレンがギャリクソンを執事として領主館に呼んでくれていたので、ヴェリカは館の運用については何の心配も無くなった。

 しかし、領地の女性達と打ち解けるには、やはり四婆に認められる必要があるのだと女中頭のベッツィーがヴェリカに説明する。


「リカエル様のお母様のナタリア様はクラヴィス貴族の方ですが、他のお三方はドラゴネシア七家と呼ばれる家々のご出身になられます。七家はドラゴネシアの古くからある重要な家の方々です。ドラゴネシア王があり、王を守る四兄弟と呼ばれる四家、そしてそのすぐ下で民をそれぞれまとめるのが七家です」


「七家の長は民をまとめる。機嫌を損ねたらその長が束ねる民ごと離反を起こすということね」


「その通りです。七家の存在は、ドラゴネシアではとても大きいのです。その七家の出身である彼女達を軽く扱うことはドラゴネシアの民を軽んじるも同じ。逆に言えば、彼女達に認められれば、ドラゴネシアに受けいれられた人と見做されるのです」


「つまり、ドラゴネシアでは私のクラヴィスの伯爵家という肩書は何の意味をなさず、私がドラゴネシアで生きて行けるかどうかは四婆の気持ち次第ってことなのね。今の私はドラゴネシアでは、何の後ろ盾も無いよそ者の小娘という扱い」


「そこまでは」


「そうでしょう。だから私にあからさま敵対行為ができたのよ。もし、私の母がドラゴネシア人で七家に連なる人間であれば、私がどんなアバズレだとしても笑顔で晩餐会の一つや二つは開催していたわね」


「――残念ながら、ええ。そうでございますわね。ですが、ドラゴネシア人こそクラヴィス人に見下されてきた歴史もございますのよ。最近だって、レティシアお嬢様へのあの酷い扱いは何ですか!」


「そうね。でもあれは、レティシア様がドラゴネシアだからではないわ。彼女が我慢強い素晴らしい淑女すぎたせいよ。淑女はどんな時も笑みを絶やしてはいけない。それだけなのに、馬鹿が彼女を愚鈍だと侮ったのよ」


「仰る通りなら、本当にクラヴィスは腐ってますわね」


「腐ってるのは正しいわね。そうね。だからレティシアを汚したかったのかもしれないわね。私は彼女ほど清廉で気立ての良い方に出会った事は無いわ。それはドラゴネシアの人達こそ分かっているわね。ええ、だから私は仕方が無いと受け入れてもいるのだわ。私がクラヴィスそのものとして、ドラゴネシア人の悪意を投げつけても良い生贄にされたってことは」


「いいえ、ヴェリカ様。そこまでではありません」


「あら、外から見ればそうなりますわよ。でも、この対応はとてもドラゴネシアにとっては危険ね。ドラゴネシア人が自分達を排除したいと考えているなんて、クラヴィス人が考えはじめたらとても危険よ」


「奥様?」


「私は心配しているのよ。ドラゴネシア人がどんなに勇猛果敢な方々でも、人口的に言えばクラヴィスの全人口と比べ物にならないぐらいに少ないの。ドラゴネシア人がクラヴィス人を消す気だと思い込んだら、クラヴィスではパニックが起きる。ドラゴネシアに守って貰っているも同然だったからこそ脅えるわ。怖いものは排除しなきゃって。大変なことになるのよ。クラヴィス中にそんな考えが蔓延したら、ドラゴネシアはって、痛い」


 ヴェリカの後頭部は軽く叩かれ、ヴェリカは叩いた人へと振り返る。

 引継ぎだと砦に行っていたはずのリカエルが後ろに立っていて、彼は鼻の上に皺を寄せ、まるで子供を叱りつけるような厳めしい顔付きでヴェリカを睨んでいる。


「――何よ?」


「お前は普通に人と仲良くしようって考えないのかな? ベッツィー使っておっかない噂話を流布するのは禁止。お前が今言った怖い話を聞いたら、四婆はその日のうちにお前の足元にひれ伏すが、それでは駄目。心から仲良くを目指してくれ」


「心から仲良くって、洗脳の仕方は分からないわ」


「ダーレンにしたようにしろ」


「まあ!!ダーレンにそんなことはしていないわ。私達は互いに一目惚れをしたのよ。目が合ったそこで恋に落ちるなんて、夢のような事が起きたのよ!!」


「悪夢って奴か。極限状態だと何でも起きるよな」


「あなたは!!」


「それで、ベッツィー。俺に何かな」


 ヴェリカはリカエルを呼んだのがベッツィーだったのだと、自分もベッツィーへと視線を動かした。ベッツィーは珍しく戸惑った顔で、ヴェリカとリカエルへとちらちら視線を動かす。


「私がいては話し辛いならば、席を立ちましょうか?」


「お前こそ黙って去れ。領主夫人にそんな言い方されて、ではお願いしますって言える人間はいない」


「だって私も聞きたいし」


「聞いただろ、ベッツィー。こいつに配慮なんかいらないんだよ。恐らくダーレンがこいつに何も言っていないようだから心配だったんだろうが、ダーレンはたぶん、リイナに関しては語るまでも無いと考えているだけだと思う」


「リイナ? 誰それ」


 リカエルはヴェリカに何も答えず、再びさっさと部屋を出て行った。

 そしてヴェリカはベッツィーに尋ねようとしたのだが、リカエルと入れ替わりのようにして茶器が乗った盆を抱えたメリアが部屋に入って来た。そこでヴェリカは言葉を飲みこむしかなくなった。

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