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誰かがリカエルに家出の意味を教えてあげるべき

 初めての朝の目覚めが残念なものになったからこそ、ヴェリカは微笑みを絶やさないようにしてダーレンに向かい合っていた。

 けれど作り笑顔など五分もかからず必要が無くなった。


 朝食がとてもおいしいのである。


「ダーレン。この不思議なお団子が楽しいわ。白いお芋のペーストの中に肉団子が入っているのね。でもどうして赤いジャムが付いているの?」


 むっつりしていたダーレンが、にぱっと子供みたいに笑う。

 そして彼はウキウキの顔のまま、自分の皿にあるヴェリカが不思議がっている芋団子にフォークを入れて小さい一口分だけすくい、真赤なジャムをそれに軽くつけるとヴェリカへの口元に持って行った。

 ヴェリカは自分こそ子供みたいにダーレンのフォークに齧り付く。


「まあ!!お肉なのにジャムって不思議なのに美味しいわ」


「ドラゴネシアの定番料理だ。何でもかんでもヨーグルトソースをかける地方があるらしいが、ドラゴネシアはこのコケモモジャムを何にでもかけるんだ。もとは海の覇者だったドラゴネシアが海のないこの地にやって来て定住してしまったのは、コケモモの一大自生地だったからと嘯く奴もいる」


「ふふ。皆さんコケモモがお好きなのね」


「ああ。あとは肉であれば何でも、だ。リカエル以外ね」


「まあ。リカエルはコケモモ嫌いなの?」


「あいつはナタリアに偏食しないように躾けられたせいで、同じものばかり食べさせると機嫌が悪くなるんだ。だけど、俺は大丈夫だよ? 俺は同じものが続いても大丈夫な安上がりで単純な男だ。お買い得だろ?」


「あなたったら。わかったわ。まずは私もこのお団子が作れるように練習するわね。それでええと、私達の子供にもドラゴネシアの郷土料理を私が教えてあげられるように頑張るわ」


 ヴェリカは自分の肉団子をフォークですくい、今度は彼女がダーレンへとフォークの先を差し出した。もちろん、ダーレンはすぐさま嬉しそうに齧りつく。


「ああ。幸せだ。君と一緒だと同じものでも全て新鮮に輝くよ」


「あなたったら」


「まだ食ってんのか。ドラゴネシアは昼飯もある場所なんだ。さっさと朝食を切り上げてくれないか」


 ヴェリカとダーレンは幸せな朝食を邪魔してきた声に同時に振り返り、そしてヴェリカだけは大きく首を傾げた。


「ダーレン。出ていくといった人がどうしているの?」


 リカエルは女性に向けるにはかなり凶悪な顔つきをして見せてから、ダーレンには一切視線を動かさないままヴェリカに言い放つ。


「出ていく前の引継ぎだよ。大広間に召使全員を集めている。五分待つからお前は領主夫人の威厳が保てるような身繕いをしてこい」


「お前って、失礼な呼び方ですわ。私は領主夫人ですのよ」


「俺はこれから出奔する男だ。上下関係なんざもう無いんだ。ほら、急げ」


「もう!!」


 ヴェリカは立ち上がりダーレンへと目線を動かしたが、ダーレンはヴェリカとのひと時が邪魔されたにもかかわらず嬉しそうに微笑んでいる。


 ダーレンはリカエルがとても好きだから、リカエルがここに留まってくれそうだって喜んでいるのかしらね。では、私こそリカエルの機嫌を損ねないように、彼の誘いに乗りましょうか。


 ヴェリカは着換えの服として、親友がドラゴネシアに発つ日に徹夜で仕上げてくれたドレスに着替えていた。完全新作で、今の時点でクラヴィスのどこにも存在していない、セシリアが考案したティードレスである。


 ダーレンの瞳の色のセージグリーンのシルクドレスだが、普通はドレスに使わない張りのある生地な上に金粉を振ったような不思議な光沢もあるものだ。

 張りのある生地なため、室内着にするには煌びやかで少々堅苦しい雰囲気となるが、コルセットを付けないで着用できるという着換えやすいものでもある。

 つまり、急な来客や婦人達だけで開く茶会には最適なドレスと言える。


「セシリアは凄いものを作り出したわ。これは素晴らしい発想よ。とっても着心地が良いのに、ちゃんと格式高く見えるわ」


 髪の毛はメイドがいないので、簡単に捩じって結ってまとめた。

 ヴェリカは唇に軽く紅をひいてからバスルームから室内に戻ったが、すぐにリカエルから遅いと苛立った呟きを聞かせられた。


「女の着替えが十分程度で済んだのよ。感謝するべきじゃ無いの?」


「はんっ。感謝するのはお前の方だよ。さあ、来い」


「何だって言うのよって、ダーレン」


 ダーレンがヴェリカが自分で結った髪に何かを挿した。

 ヴェリカがそれが何かと確認する間も与えずに、ダーレンはヴェリカの頬に軽い接吻を与える。


「君は最高の女性だ。常に凛としていればいい」


「ダーレン」


「ほら、行くって。ちなみに教えてやるが、ダーレンはお前の頭に白い百合のモチーフの簪を挿した。百合は女王に捧げる花だ。ほら急げ」


 リカエルは乱暴にヴェリカの手首を掴む。

 なのにダーレンは何も言わずに、リカエルに引っ張っていかれるヴェリカに手を振って見送るだけである。


 一体何がと、ヴェリカが訝しく思ったその数分後、ヴェリカはリカエルに連れこまれた大広間にて目を見開く事になる。


 召使全員の大集合は聞いていた通りだが、その誰もからヴェリカへの敵愾心など一欠けらも見当たらないのである。


「四婆は領主夫人代行者じゃない。ダーレンの女房役の俺だ。俺が領主館の実権を握っていたんだよ」


「まあ。本当のお姑はあなただったのね!!」


「お前、ふざけるな!!本当のお姑はそこだ。俺にさっさとこの場を回せと無言で圧力かけてくる、女中頭のベッツィー様だ。ダーレンの母親と親友だったお人だから、今後はなんでも彼女に相談すればいい。だよな」


 最後の呼びかけに、ベッツィーという名の女中頭、茶色の髪に優しいハシバミ色の瞳をした女性がリカエルに軽く頷く。それから彼女はヴェリカに向き合うと、ヴェリカに対して腰を落として礼を捧げた。


 ヴェリカも同じように腰を落として礼を捧げる。

 しかし、領主夫人なのだから頭を下げず、微笑みを浮かべた表情を変えずに顎を凛と上げ、視線はベッツィーから離さなかった。


 よし、最初の礼に最高に威厳のある形を作れたわ。

 がつっ。


 体を直した瞬間、右肩を強く突かれ、ヴェリカの体が揺らいだ。


「いた。突き飛ばさないでよ」


「合格だそうだ。頑張れよ」


「リカエル様。乱暴が過ぎますよ」


「いいんだよ。ヴェリカから本気でありがとうなんて言われたら、天候が崩れる。俺は確実に五日後に家出したいんだからな!!」


「リカエル。本気でダーレンを困らせたいなら、引継ぎしないでその日のうちに出ていくべきよ? これじゃ家出じゃなくて、休暇前に仕事の引継ぎをしているだけの人にしか見えないわよ」


「奥様。リカエル様を追い詰めないで差し上げて?」

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