ドラゴネシアへ帰還途中の馬車の中で その1
ダーレンは自分の選択が失敗ばかりだと、ドラゴネシアに向かう馬車の中でイライラを募らせていた。
腕に抱く新妻のヴェリカが悪いのではない。
彼女に対しては人前でも襲い掛かりそうな自分を必死に抑えねばならない程に、一分一秒経つごとに愛情ばかりが増していく。
必要なドレスや身の回り品を勝手に用意したというのに、彼女は感謝ばかりをダーレンに向けたのだ。
新品の品は両親が亡くなって以来だわ。それに、どれも王都で流行していると聞いていたものばかりだわ、と。
全部リカエルが用意したんだよ。
そのささやかな真実を伝える事がヴェリカの心を裏切るようで、彼は真実をヴェリカに告げられなかった。それどころか、どうしてリカエルに全部任せてしまったのだろうと落ち込むばかりだ。
そして落ち込む自分を慰めようとヴェリカに腕を回して自分へと引き寄せるのだが、ここは馬車の中。抱きしめた事でヴェリカの香りを感じ、劣情がムラムラしてしまってもダーレンは紳士を貫こうと我慢しか出来ない。
ダーレンはヴェリカを本当の妻にする時は、ドラゴネシアにて、と決めている。
王都のドラゴネシア伯爵邸で叔父である伯爵夫妻に懇意で新婚夫婦の初夜には最適な客間を与えられたが、ダーレンはヴェリカを抱く事は出来なかった。
それはダーレンこそ自分の恋心に翻弄されていたからだ。
彼は既に既婚者のレティシアの兄達やドラゴネシアで城を守る従兄のキースが経験している、恋の駆け引きをし合う恋人達の時間を過ごしてみたかったのだ。
その思いをヴェリカに告げれば、ヴェリカこそ尊敬の眼差しでダーレンを見上げてくれたと彼は思い出す。ついでにその時のヴェリカのセリフを思い出し、前言撤回したくなった自分のいたたまれなさも思い出す。
「ええ、ええ。わたくしもあなたと恋人同士の時間を過ごしたいわ。私も愛する婚約者がいる乙女の体験をしてみたかったの。でも、あなたの唇を知ってしまったから、今すぐもっとを知りたい自分もいますの。この気持ちがきっと結婚式までの日取りを数える乙女の気持なのでしょうね」
その先……ダーレンの体こそ持ち主のダーレンに、くだらない提案を考えたと、大いなる仕返しをしてくれるだろうとダーレンは瞬間に理解した。
そしてその通りになった。
二人で同じベッドで抱き合い抱きしめても、彼はその先を進めない。
燃えるような体は煉獄で焼かれる地獄そのものだ。
しかし、ダーレンは地獄の中に居ようと、ヴェリカを放せなかった。
「ダーレン。私が見つけた秘密達は秘密の小箱に全部片づけてありますわよ。使う時はちゃんと相談しますから、こんなに心配しなくても大丈夫よ」
「心配じゃない。俺はモテない男だったからね、君という存在が俺の見ている夢のような気がして手放せないだけなんだよ」
「まあ!!それなら私も好きに動いても良いのね」
「ああ、やっぱり嫌だったか。ひゅっ」
ダーレンは変な声が出た。
ヴェリカが動きたかったのは、ダーレンの腕から出る、ではなくて、ダーレンの胸板をそっと撫でる事だったのだ。
「君?」
「うふふ。硬い。きゅって指先の下であなたの筋肉が動いたわ」
「ハ、ハハハ。君は本気で小悪魔だ」
「おい、クラヴィスの女はあんなに蠱惑的な生き物だったか?」
「ドラゴネシアの女はいつまでたっても生贄の処女みたいだっていうのに。おい、リュート。お前の大事なナタリアもあんな感じなのか?」
ダーレンは二人だけじゃ無かったと今さらに思い出し、乗合馬車よりも広い車内の癖に狭いばかりに感じる原因を睨んだ。
そう、ダーレンが後悔しているのは、ヴェリカの大事なものを全部ドラゴネシアに持ち帰ろうとドラゴネシアの巨大馬車を牽き出したばかりに、ドラゴネシアの四爺と呼ばれるダーレンの後見人達と同乗しなければいけなくなったからだ。
ドラゴネシアの馬車は巨大すぎて、馬を六頭は繋げないと動かせない。
そこで馬車用の馬と繋いだのは、ダーレン達が王都まで乗って来た愛馬達である。馬車用に別の馬を購入するには時間が無く、また用意できたとしても、ドラゴネシアの名産でもある馬とは思えない巨体と性格の粗さの馬達と一緒にしたら、普通の馬は一日持たずに精神消耗して胃腸を壊す。
よって四爺達との同乗がダーレンの選択のせいで仕方が無い。だがしかし、ダーレンはここまでこんなにも四爺達がうざったいとは思ってはいなかった。
少しでもヴェリカと甘い空気を生み出せば、思春期になったばかりの子供のようにしてダーレンとヴェリカを肴にふざけ出すのである。
「ヴェリカすまん」




