パレードで決意したならばと
凱旋パレードで街路に出られなかったが、ヴェリカは屋敷の窓から様子を覗き見る事は出来た。
叔父達が貴族の為に仕立てられた観覧席の端っこでパレードを観覧しているその一方で、実はヴェリカこそ館の召使達によって用意された特等席から望遠鏡で悠々と覗いていたのだ。
執事のギャリクソンが用意していた梯子に昇り、屋根に近い明り取り用の小窓からギャリクソンから手渡された狩り用の望遠鏡にてパレードの列を追う。
丸い視界の中を、まず白と金で飾られた王都の近衛騎士団が進んでいく。
沿道の観客の歓声や手振りに、ゆっくりと進む騎士達は一々応え、お礼のようにして彼らには花吹雪や更なる歓声を浴びている。
「ふっ。あの花吹雪の花が毒花だったら大変でしょうに」
「お嬢様、ご想像を膨らませるのはご自由ですが、梯子の上という意識だけは手放しませんように」
「あら、私が梯子から落ちるよりも国が落ちる方が早そうよ。国の精鋭騎士団の方々が恐ろしいぐらいに無防備なの。無頓着に観客達に応えているし、私みたいに遠くから覗いている人からの攻撃を何一つ想定していない素振りだわ」
「パレードを眺めながら、ライフルを撃ったらどうなるかしらと考えるのは、お嬢様ぐらいです」
「そうでしょうけど、本当に暗殺者でもいたらどうするのかし、あら」
ガタン!!
「お嬢様?」
ヴェリカが思わず身震いし、梯子を揺らしてしまったのだ。
白い騎士団達が通り過ぎたすぐ後に真っ黒な重騎士が続いたのだが、その真っ黒な甲冑騎士がヴェリカの方へ一瞬だけ意識を向けた気がしたのである。
いいえ、全部気のせいよ。
あの甲冑男は動いた素振りも無かったじゃ無いの。
でも、とヴェリカは思い直し、望遠鏡の焦点をその騎士だけに絞った。
見たこともない大きな黒馬に跨るいぶし銀のような黒い鎧のその騎士は、鎧が空洞の飾りで無ければ、きっと神のような神々しさもある大きな肉体が収まっていると想像できた。
白い騎士達の隊列の真ん中にいて、白い騎士達が彼を囲むようにして前後左右と固めている。
「彼こそドラゴネシアね。なんて堂々として威厳のあるお姿なの!!」
ヴェリカの胸はドクンと高鳴る。
憧れだって抱いていた。
あの人こそが自分を救ってくれる騎士なのだわ、と。
パレードでの想い人(彼はヴェリカを知らないしヴェリカも全身鎧の彼の顔も知らないが)のあの日の勇壮な姿を脳裏に描いた彼女は、絶対に彼を狩ってみせるわと新たな気概を込めて右手に拳を握る。
さて、今現在のヴェリカの視線の先にある人物は、黒甲冑の中身ではない。
婚約者にふざけた事を言い放った、派手な服装をした優男の侯爵家三男でもない。婚約者にふざけた事を言われたままの、レティシア・ドラゴネシアを見つめているのである。
レティシアは背が高く、体つきも出ている所は出ているのにすらっとした印象だ。色合いなど蜂蜜色の髪に綺麗なエメラルド色の瞳という極上なもので、小柄なヴェリカは羨ましい理想の美女だわと溜息を吐く。
「レティシア、君は強い。私は私が守らねば生きていけない人を守りたいんだ」
「その細腕で守れる人なんているの?」
ヴェリカは怒りを込めて呟いた。
強い女と見做されているらしい美女こそは、口を噤んで顔を伏せている。
彼女を助けねばと一歩を踏み出したが、ヴェリカはそれ以上動けなくなった。
ひょいっとピンク色の小さな影が飛び出して、アランの腕に縋ったのだ。
「ああ!!アラン様。あなたは私の騎士様だわ」
「ああ。君の為ならどんな苦難にも立ち向かおう」
「苦難? 確かにレティシア嬢を失った未来は暗澹たるものね」
ヴェリカこそイライラしながら言葉を吐いたが、彼女のイライラは言われ放題にさせている顔を伏せたままの女性に対してだった。
「ほら、あなたが言われ放題だから、図に乗った馬鹿が図に乗るばかりなの。ほら馬鹿があなたに対して、いい気味、なんてむかつく笑顔を作ったじゃないの」
ヴェリカが哀れな女性にこそ腹立たしく感じてしまうのが、伯爵家での自分の境遇と同じだと感じるからだろうと思った。貴婦人として育てられたら、どんな目に遭っても表情を崩さず醜態をさらしてはいけないと考えてしまう。それでヴェリカこそ叔父達に色々と奪われるに任せてしまったのだ、と。
「立ち向かうべきだったのよ。私も。あの十二歳の頃に」