その3
ヴェリカの拾い癖についてダーレンの耳に忠告を囁いて来たのは、ダーレンの為に誰よりも周囲に気を配る彼の従弟のリカエルである。
ダーレンはリカエルが自分と同じくらい目敏いと忘れていた。
こいつは顔だけじゃないんだよなと、うんざりしながらリカエルへと囁き返す。
「ヴェリカについては俺が全てを把握している。お前は周囲に気を配れ」
失恋したばかりらしい美男子のお前は、見るからに慰めたくなる雰囲気を纏っているし、何もしていなくとも美男子なんだ。だから、新婦を誘惑しそうなお前は少しは俺達から離れるとか、新婚夫婦に気を使え?
「そうやってしっかりあの腹黒に誑し込まれているから、俺がこうしてそばに立ち、目を光らせていなきゃなんですよ。あいつがレティシアの小間使い達に何をしたか報告しましたよね。潔白ならば毒虫入りのコップの水を飲め。ですよ」
レティシアがヴェリカの為に用意したお茶だというのに、小間使い達がポットにわざと汚水を注いだというのである。ヴェリカはかなり憤り、そのようなレティシアを貶める行為をした者達を締めあげたのである。
汚水だけでは証拠もなく逃げるだろうからと、ヴェリカこそが隠し持っていた毒虫をポットに入れ、何も知らないというのならば飲めるはずだと小間使いを責めたのだ。
害虫など目に入らないように部屋を整えられているのが基本の貴族と違い、平民であれば毒虫など見知っているのが当たり前だ。
ただし、私達は何も知らない、と先に言い張ってしまったがために、小間使い達はポットに入れられたその虫を、知っていると言い張れなくなった。
ポットに湯を注ぐ時点で虫の死骸があれば気付くもので、その時点で騒がないのならば、わざと見過ごしたか自分達が入れたか、という事にしかならない。
ならば彼女達は知らなかったを通すしかなく、よって彼女達は、毒虫入りの水を飲むか悪事を認めるかの選択しかなくなった。
「天晴の一言だよ。あの糞ガキが自分の愛人をレティシアの小間使いにしていた事実も吐き気がするが、その穢れ共がレティシアを馬鹿にして嫌がらせ三昧していたなどと、本気で虫唾が走る」
「俺もそうですが、そうなんですけどね。使えそうな何かを見つけたらポケットにって、俺もよくしますからいいんですけど」
「わかっている。お前がそれをするのは、どんな時でも敵の手から逃げ切れるように、それを想定しているからだってことは。だからヴェリカが心配なんだろ? 今も脅えて最悪を想定して動いてしまう、あの幼気さに同情してしまうんだな」
彼女は俺から逃げたい、そう思いつめてもいるかもしれないんだよな。
リカエルが黙り込んだ。
彼は誰よりも腹黒く冷酷である人物を演じるが、それはダーレンを守るためで実際は優しく思いやりのある青年でしか無いのだ。
ダーレンこそヴェリカの行動を知っていながら止めずに見守るだけなのは、ダーレンこそヴェリカの行動が単なる習慣なだけと思い込みたいのだ。
リカエルが黙り込んだのは、たった今のダーレンのセリフで、ダーレンの臆病な内心に気がついたに違いない。
ダーレンはそう考えてリカエルへと振り返った。
が、リカエルは同情どころか、「すん」とした顔となっていた。
「何だ?」
ダーレンは自分の声がひび割れていて情けないと思った。