その1
ダーレンは眠る妻と生まれたての息子を眺め、自分の視界が再びぼやけてしまったと目元の涙を拭う。そして今度はこみ上げてきた笑いが口から零れないように口元を抑える。自分は幸せに対してこんなにも弱く泣き上戸だったのか、と。
彼は物心ついた時から、ドラゴネシアの次代の王として物事を考えるように躾けられていた。
それは仕方が無いことだ。
敵国ジサイエルと国境を接したドラゴネシア領は、クラヴィス国の要所でありジサイエルに絶対に破られてはいけない場所だ。そしてドラゴネシアの歴史は、ドラゴネシアと名乗る好戦的で放浪の部族がこの地に住み着き、ジサイエルの略奪に遭うばかりだった小国クラヴィスに安寧を与えた事でクラヴィス国の一員に迎えられたということだ。そしてドラゴネシアという大いなる盾を手に入れたクラヴィスこそ、大陸において大国として成り上がることになる。
ならば、ドラゴネシアがクラヴィスにてドラゴネシアであるためには、クラヴィスを雄々しく守る盾で居続けねばならない。
ドラゴネシア辺境伯こそ剣を持ち、先陣を切って敵を打ち払う。
いつだって気を抜けば戦死してしまえる。
だからこそ、ドラゴネシア伯の嫡子は生まれた時からドラゴネシアの長としての意識を植え付けられて育てられる。
いつでも戦死した父親の跡を継げるようにと。
「だが、それも終わりかな」
ダーレンは呟いた。
彼の息子は恐ろしいほどに小さい。
小柄な妻に似たのか、とっても小さく生まれたのだ。
そのため、誰も彼にも甘やかされる未来となるな、とダーレンは思う。
ドラゴネシア人は女も男も大柄であるためか、小さく可愛いものには異常なまでに庇護心と愛情を抱いてしまうのだ。
そしてダーレンには、彼の息子の顔が生まれたてのくしゃくしゃだろうが、今まで見たことのあるその状態の赤ん坊達よりも目鼻立ちが整っていると見えた。
「誰もきっとこいつには厳しくできないな。俺も含めて」