0.0.4.少女の失楽園 -1-
「これはお早いお帰りだ。まぁ、予想通り…といった所かな」
「舞波。アンタ…疑いたくないが、何か細工したんじゃあるまいな?」
異形の少女から離れてザっと廃病院の中を見回った俺だったが、彼女の居る階層は植物達に覆いつくされてしまっていて、まるで仕事にならなかった。さっき、この病室に入るまでは何も無かったはずだし、物資があったはずなんだ。だから、俺はふと頭の中に思い浮かんだ説を確かめる為に彼女の元を再度訪れた…という訳なのだが…
「まさか、僕の仕業じゃないよ」
彼女は白々しい微笑を浮かべて俺の言葉を否定する。ワザとらしく上ずった口調から、それが嘘だと…そう分かるのだが、俺はそれに対してどうする事もできなかった。
「そうかい…分かったよ。俺の負けだ」
"今日の収穫は無しみたいだな"
# > アァ…余計ナ刺激ハ無用ダ。オ前モ植物ノ仲間入リスルカモシレナイゼ
"洒落になんねーよ"
異形の少女。今のところは友好的…なのだが、1から10まで味方だと信じた訳じゃない。外の惨状で分かる…この廃病院は、この廃村は、彼女のテリトリーだと。俺とハンドラーはいたずらに彼女を刺激する事をせず、俺は再びさっき座っていた椅子に腰かけると、再度彼女との交流を再開した。
「話し相手になってやるよ。ダラダラと…気が住むまで雑談しようぜ」
「くっく…ありがとう。ヤナギン。流石に1年…あー、君達の時間で言うと…パッと計算出来ないや。ま、それだけ長い間1人ボッチだと退屈でね」
「そりゃそうだろうよ。良くもまぁ、こうして俺と話せるだけ気持ちが残ってたもんだ」
「そりゃあね。不思議なんだけども、手先のお陰かな。陽の光が…地面の栄養が、僕に力を与えてくれてるみたいなんだ」
彼女がそういうと、シュルシュルと細長いツタが俺の足元に伸びてくる。
「この細いツタにも感覚があるのか?」
「そうだ、僕が意思を持って操ってる。この1年…長い間…鍛えたんだ。訳も分からない所で目覚めて…これが唯一の取り柄になりそうだったからね」
俺はあっけらかんと言ってのけた彼女の表情を見て、マスクの中で目を点にしていた。廃病院はおろか…この廃村を覆っているツタ全てに彼女の、舞波の感覚が行き届いていて、自由自在に操れるのだという。それは一体、どのような感覚なのだろうか…死をも超越してしまった俺達ですら、到底到達出来そうも無い感覚に、俺は背筋が僅かにヒリ付いた。
「外敵が居るかもしれないと鍛えた力。気づけば結構広い範囲にツタを張ったものさ。生憎、僕の目はこの病室内しか見えないのだがね。残りはツタから来る感触だけ…そんな事するんだったら、これだけ長々と生き延びれるのなら、もう少し何か…人生についてでも考えておけば良かったかな」
「そんな姿で人生について考えても…どうせ動けやしないんだ。それに、死なんて良くある事だろうに。考える事あるのか?」
「死が良く合ってたまるものか。いや…この世界の、君の…ヤナギンの常識ではそうなのかな?」
「あぁ、俺もこれまで3度は死んでるんだぜ。死は日常さ。この体で3体目」
適当な会話が、再び俺達の違いを浮き彫りにする。舞波は目を丸くして俺の姿をジロジロと眺めると、首を左右に振って「信じられないな…」と呟いた。
「不思議な感覚…常識だ。僕の居た世界じゃ死は終着点だったのに。死ねば終わりなんだ」
「昔はそうだったらしいぜ。もしかしたら、舞波は過去の…遠い昔から来たのかもな」
「そう思えてきたよ。でも…そうじゃないと思う。上手くは言えないけどもね」
「そう思う理由があるのか?」
「まぁね。確証を持ってないから…言葉にするのは憚られるが…ま、そういう事さ」
常識の差異があろうとも、俺達はそれを分断の理由にしない。俺は一種の畏れもあってそうしないのだが…舞波は心の底から、俺に興味関心を持って…公平な視点で物事を受け入れようとしている様だった。
"かしこい子だよな。少なくとも、地下には居ないタイプだ"
# > タワーノブルジョワ共ニモ居ナイナ。得難イゼ。コンナ素直ナ女。雇イタイクライダ
"残念ながら身動きが取れないがな"
雑談の合間に脳内でハンドラーと冗談を言い合いつつ、ちょっとした不思議を楽しんでいた俺だったが…
「ん?」
そんな和やかとも言える空気を壊したのは、目の前に居る異形の少女だった。何か異常に気づいたらしい。ピクっと表情を引き締めて口を閉じると、怖さをも感じる無表情な顔を、俺の方へと向けてきた。
「ど、どうしたんだ…?急に」
突然の豹変に内心で焦る俺。そんな俺の問いかけに彼女は表情一つ変えず、ワケを告げた。
「また、来客みたいだ。だが…今後のお客は…少しばかり不躾でね。時にヤナギン。もしよければ…少しばかり僕に協力しては貰えないだろうか?」
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