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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

幸福はそれぞれに違う

作者: ほぅ
掲載日:2023/12/11

「あなた。」

えくぼの可愛い愛しい妻、マリアンナ、その薔薇色の腕には跡取りの長男のエリーク。

産まれて間もないエリークに顔を近づけるとミルクの匂いのげっぷでこたえられた。

「こら」

思わず相好が緩む。

「ヘイデン家への支払いですが、お待ちいただくことはできないでしょうか?」

「ぅうーん。」

「エリークをエミ侯爵様にお見せしなければならないのですが、着せていく服が、、。」

我が子爵家はエミ侯爵家の傘下にあるので、子供が産まれたのだから3か月になれば共々挨拶に行くのは当然のことだ。その時に侯爵様に失礼のない産着を着せることになるが、たかだが産着がそんなにするのだろうか、それでなくても我が家の家計はひっ迫している。

だが、愛しい妻の大きな青い瞳が不安に揺れているのを見ると安心させねばと思う。ふわふわした薄い金色の髪に手を伸ばし、なだめるために優しく撫でてキスをする。

「わかった。なんとかする。」

気は重いが、先触れを出しヘイデン家へ向かう。

馬車から営峰にヘイデン家の馬鹿でかい門が見えた。ヘイデン家はかつての婚約者だったアリスの家だ。

婚約時代、アリスに会いにいくと大きな門と修理が真に合わず繕った門を見て、暗い色の髪をひっつめいつも下を向いていた没落伯爵家の陰気臭い婚約者を思い出し辟易したものだ。マリアンナに出会い恋に落ちて、婚約を解消したことで慰謝料が発生した。無理すれば払えたのだが結婚式の為、分割にした。

一気に払えば良かったと、支払いが滞り、こうして言い訳に行くたびに思う。

馬車が門に差し掛かり、崩れた部分がきれいに治っているのをみた。これはウチの慰謝料のお陰だろう。それを思えばヘイデン家には良いことをした。

馬車を留め執事の出迎えを受ける。通された応接間には当主であるアリスの父は居ない。

みれば応接間もきれいに整えられていた。これもウチの慰謝料だろうか。もともとの縁談さえなければよかったのに、話を決めた祖父を恨むが仕方ない。

少ししてアリスの父、伯爵がでてきた。あの襟の形は今年の流行だ。慰謝料さまさまだろう。

「ようこそ、アレグロ子爵。良いお天気ですな。」

「伯爵様にはご機嫌良う。来週の陛下の即位10周年の式典も晴れそうでなによりです。」

「ご在位10年。恙ないのはなによりですね。」

まず天気のこと、当たり障りない話。少年だった私に貴族としての基礎教養を教えてくれたのは、このタンスの樟脳のような伯爵だった。当時は鬱陶しく感じたが、社交界に出てからは、他の青年より早くこれを身に着けたことがとても良かったと感謝している。さて、本題に入っていい頃合いだ。

「ああ、子爵。」口を開こうとした所で、珍しく伯爵が上機嫌に被せてきた。珍しいこともあるものだ。どれだけ貧乏でも爵位はあちらが上だから、にこやかに拝聴する。

「本日は残り一括返済のご挨拶ですかな?」

あと3回で終わりだから伯爵の言い分はあっている。

「いや。その。」

興味深げにこちらの顔を覗かれると居心地が悪い。が、仕方ない。

「実は、侯爵へのご挨拶があり少しお待ちいただきたいのですが、」

「おぉ、その時期でしたな。小子爵のご挨拶は大切です。良いですよ。」

妻の出産を知っている伯爵にあっさり頷かれた。用意していたのだろう古い借用書と新しい借用書を家令が持ってきた。今回滞った分の利子分が記載されている。計算はあっている。この計算法も伯爵に習ったな、と思いながらサインする。

婚約破棄の時も淡々としていたこの人は私にとって便利な人だった。

サインして伯爵家を後にする。

***

ヘイデン伯爵は娘婿になるはずだった子爵を上機嫌で見送って居間に戻った。

子爵に差し替えさせた合法の最上限の借用書の証文を再度確認して仕舞う。あの若者は既に当初の慰謝料の倍額を払っており、元金がまったく減っていないどころか増えていることに気づいていない。目端の利く娘が嫁に行っていたらこんなことはなかっただろう。縁戚関係もない他家のことだから、せいぜいカモらせてもらおう。

***

アレグロ子爵婦人、マリアンナは子供を預けてブティックに向かった。先週行くはずだったがデザイナーが急用で予定が伸びたのだ。お陰で来月の返済を待ってもらえることが確定したので子供だけでなく自分のドレスも注文できる。

デザイナーは「子爵婦人」とマリアンナを呼び丁重に出迎えてくれた。

「先週は申し訳ありません。やんごとない方からの急なお呼び出しで、」

それは仕方ないだろう。デザイン帳を確認するとデザイナーの小意地の悪い顔が見えた。

どこかの貴族家のスキャンダルだろう。このデザイナーは社交界の噂の情報発信源だ。センスが特に良いわけでない彼女が繁盛しているのは情報料でもある。

「何かしら?」

デザイナーがにこりと笑う。先週は彼女の都合で急なキャンセルだったから飛び切りの話がきけそうだ。

「ヘイデン家のアリス様のお話はお耳に入っておりますか?」

マリアンナの夫が婚約していたお堅い女の名前が出て思わず身を乗り出す。

「ユーディク男爵の後妻に入られたそうですよ。」

「まぁ。」こういう時は本当に気の毒な顔をすべきだが顔が綻ぶ。ユーディク男爵はもう60近い。非常な財産家だが、好色と吝嗇で知られている。財産を考えると当然、陞爵している筈があまりに評判が悪いので男爵どまりの男だ。

「お気の毒だわ。」あのお堅い女はどう扱われているのだろうか。

***

アリス・ヘイデンはアレグロ子爵に衆人環視のもと婚約破棄され学校は休んだがそれまでどんなに体調が悪くても休まなかったお蔭で出席日数が足りていたので卒業はできた。

卒業式の日に父からユーディク男爵家に嫁すことを命じられた。男爵の23歳の孫には既に妻が居るので、41歳の息子の後妻かと覚悟を決めて式に行くと新郎は男爵自身だった。

白い結婚ではなかった。

「アリス。少し休みたいのだが、」

禿げ頭に艶がない。

「承知しました。」

夫が恨みがましくこちらを睨む。アリスはほほ笑んだ。

吝嗇で知られた夫は人生の最後に貴族の処女を望み、実家に高い金を払ってアリスを買い取った。

「お堅い女程、抑圧したものがある。」と言ってアリスの怯える様子を舌なめずりしていたこの男と初夜で対峙した時には、死のうと本気で思ったのだが今は思わない。

間違いなく抑圧したものがあったのだ。

「滋養のつく食事をお持ちしますわね。」アリスは嫣然と笑った。

婚約者に恥をかかされ、親に売られ、弄びものとしてこの家にきた。

夫はおそらく長くない。目立った財産は使用人同様に使われている長男夫婦が受け継ぐ手続きが既に済んでいる。

そうなれば後ろ盾のない女一人、行く末は娼館だろう。

「上等だわ。」婚約破棄でバカな婚約者から自由になった。男爵家に売られて理不尽な実家と縁が切れた。

娼館行きは恐ろしいが、今のアリスなら立ち向かえる。

「幸い帳簿はつけられる。男爵の知っている手管もまだまだ学ばないと。」

いずれ娼館を買って自分で経営しよう。

アリスは初めて自分の人生を自分で決めていた。


















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