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ゲーム世界の悪役令嬢へと転生した元ブラック企業勤め、原作主人公に大切なものを奪われる

作者: 江土木浪漫

 私の名前は、今の人生においては永井みちるという名を貰っている。というのも私はいわゆる転生者であり、私の住むこの世界は大人気恋愛ゲーム『ラブソングを止まらせない』の世界なのだ。そして私はそんな世界の、いわゆる悪役令嬢というのに転生してしまった。

 とはいえ私は陰キャ、常にじっとりとした暗さを抱えた喪女と言っても過言ではない。ゲーム作品における永井みちるは背筋まっすぐ、髪も綺麗なストレート、キリッとした目が美しいいかにもデキる女といった感じだった。まあ生徒会長だったし、主人公たちの前に立ちふさがると言っても、あくまで学生という目でみたら悪役になってしまうというだけで、その中身は主人公たちの将来を心配してのものだったしね。良きライバルキャラというやつだった。


 が、ところがギッチョンそんな彼女に転生してしまったのがこの私である。髪の毛はぼさぼさ、背筋はもう怪しさ満点の猫背。おまけに前世がブラック企業勤めだったせいでPTSDで毎晩悪夢にうなされて寝起きに吐くわ酒と煙草への依存から抜け出せていないわと……前世の記憶持ってくるのって、あれ酒煙草も嗜まない人間じゃないと地獄なのでは? と今まさに実感しているところ。


 で、私は今、音楽室の教室で正座をさせられています。


「……なんで私が怒っているかわかる?」

「え、えーっとぉ……」


 原作主人公、古川くろこ(公式デフォネーム)さんのドスの利いた声。ゲームだときゃぴきゃぴ楽しそうな声か、試練イベントの時の悲しそう真剣そうな声かしか聴いたことないから、こういう風に怒っている声を聴くのは初めてだなぁ。心底怖い。普段の姿知っているだけに。

 というか床で正座するの、足がすっごく痛いんですが。私細いので床の痛みプラス尻の骨の痛みでサンドイッチされているのですが。そう訴えたいものの、うん、目が怖くて私は何も言えない。陰キャなのでね。


「おっ……お昼ご飯、半分残したから?」

「あの小学校低学年が使ってるのくらい小さい弁当箱の中身を半分も残したの!?」


 あっ違った! これいらんこと言うた! 古川さんの後ろで攻略対象の人たちもびっくりしてるし。私なんかやっちゃいました? 弁当残しましたぁ……。


「そんなんだからお前、クラス全員に拒食症疑われてるんだぞ」

「体育の授業に出そうになったらみんな全力で止めてるって聞くねー」

「……実際、永井さんは明らかに痩せすぎてますからね」


 うぅっ、攻略対象の王子様たちから次々と口撃が……全部事実なのがすっごい刺さる。

 毎朝吐いて起きるし、食事も正直あんまり喉通らないから全然とってないし、どうせ明日消化する前のもん吐くしなーと思ってゼリー飲料しか食べてないけれども。そのせいで身長167㎝に対して体重36㎏とかなってるけど。


「永井さん……ちゃんと食べないと。ただでさえ心配されるレベルで細いんだから。そんなに痩せたら体に毒だよ?」

「でっ、でも、栄養サプリ飲んでますし……ちゃっ、ちゃんと、必要な栄養素摂ってるから普通の人より健康的だと──」

「カロリーが足りてないんじゃい! あっ柔らかい……お肉無い分皮膚の感触がダイレクト……」


 痛い、痛いよ古川さん! 頬っぺた引っ張らないで!!

 なんて抗議の声を無視し頬っぺた引っ張りもちもちし終わった彼女は、ふうと満足そうなため息を吐いて、また腕を組んで私を見下ろしてきた。


「永井さんの食料自食率は置いといて、私が何で怒っていたか、わからない?」

「あっえっと……後は、ええっとぉ」

「……これ、なんだかわかる?」

「それは……」


 答えに窮した私にため息を吐いて、古川さんはスカートのポケットから、小さいプラスチック製のものを取り出す。

 ライター。カラフルなプラスチックでできた、百均で買えるような安いライターだ。


「……永井さん、あなたの家にいる家政婦さんが喫煙者だから煙草の臭いがするのはいいわ。それはあなたのせいじゃないもの。でもね、この音楽室にライターが落ちているとなったらもう、あなたを疑うしかないのよ。煙草の臭いをさせているのは、あなたしかいないんだから」


 古川さん、すっごい怖い顔している……しかも私を疑う理屈もちゃんと通るのばかりで、言い訳できない。

 なるほど。確かに未成年には煙草だけでなく、喫煙具の販売も規制されているという。ライターといった着火器材もまた、店によっては売ってはくれないらしい。

 で、そうとなったら煙草の臭いをプンプンさせている私へ疑いの目が向くのもまた自然の道理……というか実際、裏で煙草吸ってるからね。


 ただなあ、ライター……私、煙草吸う時はマッチ派だから私のじゃないんだよなあ。

 いやね、手の力がね……うまく入らないのよ。火を付けられないのよ、私。


「えっと、それはですね……その、えっと……」


 私のものではないんだけど煙草を吸っている私がどう言い訳したらいいものかしどろもどろに言葉を詰まらせ視線をあっちこっちそっちどっちと向けていると、ふと彼女の背後に、すっごい居心地の悪そうな表情をした男性が目に入った。

 中谷健司さん。確か、ラブソングヲ止まらせないの攻略対象キャラクターで、こっそり隠れて煙草を吸っている喫煙者……そして普段着火するのに使っていたのは、確か安いライター……!!

 あぁ、この人のか。


「……はい、私のです」

「……はぁ。永井さん、知っていると思うけどこの学校で喫煙は禁止されているし、そもそも私たち高校生が煙草を吸うのは法律で禁止されていてだね」


 古川さんの説教を聞き流しながら、私は中谷さんへとアイコンタクトをする。

 仕方ない、同じ喫煙者のよしみとしてかばってあげるよ。と。一緒に音楽活動をしていて、中谷さんは古川さんへゾッコンなのは傍から見てるだけでもすっごい漏れ出ているし、好きな人へ説教されるとか、あまつさえ嫌われるかもしれないとなったら言い出しづらいよね。

 ここはブラック企業で怒られ慣れている私が顔を立ててあげよう。

 と、内心で年長者らしいことしたーなんて思いながら聞き流していると、「……聞いてる?」とすっごいドスの利いた声で無理やり意識を古川さんへと向けさせられた。

 この原作主人公めっちゃくちゃ怖いんですけど!!


 ◆


 古川さんに煙草を没収され、時計の針が夜の七時を指すくらい長く苦しい説教から解き放たれた私の足は、自然とコンビニの裏手へと向かっていた。

 普段から嫌な事があったら煙草を吸うのが習慣になっていたせいなんだけど、今制服だから流石にコンビニ店員さんから売ってはもらえないだろうし、持ってないからこんなところにいても意味は無い。……自分でも全くの無意識でこんなところに来ているのに驚いてるくらい。


「……おう」

「あっ、ども……」


 擁壁にもたれながら煙草を咥えている中谷さんに声をかけられたので、私は軽く頭を下げて会釈する。

 咥えている煙草に火がついていないのは、着火器具を古川さんに奪われてしまったからかな。まあ、制服じゃ買えないもんね。夏場なら花火する為とかで買えなくはないんだけど。

 中谷さんの隣で、私も同じようにコンクリート擁壁に体重を預ける。コンビニと擁壁という太陽の光が浴びることのない地形、ひんやりとしていて心地いい……。


「……悪かったな、お前になすりつけちまって」

「あっ、いえ、怒られるのは慣れていますから」


 中谷さんからの謝罪の言葉。あそこで自分のものと言い出せなかったのを気にしていたみたい。まあ怒られるのは慣れているし、そもそも私が勝手にかばっただけなんだから罪悪感なんか感じなくていいのに。

 ……前世では上司のミス部下のミス、それらのせいで何回も怒られたというか理不尽に怒鳴られたなあ。

 ううっ、嫌なことを思い出しちゃった。煙草吸おう。あっ、ないわ。


「……なあ、永井。火ぃあるか?」

「あっ、はい」


 私はスカートのポケットからマッチ箱を取り出し、一本をこすって火を付けた。そして、キスをせがむように待っている中谷さんの咥えている煙草に火を灯す。

 白い紙巻きの棒から白い煙が立ち上り、中谷さんは口から紫煙を吐き出した。

 いいなあ……私、今日全然吸えてないから、いつもよりなんだか、煙草がおいしそうに見えてきた……。

 なんて見つめていると、中谷さんが煙草の箱の開け口をこちらに向けてきた。そして煙草ケースの底をとんとんと叩いて、何本かがケースの中からチンアナゴのように顔を出す。


「かばってくれた礼だ、一本やるよ」

「あの……もうマッチが無くて……」

「なぁに、まあやりようはあるさ」


 そう言って中谷さんは、咥えている煙草の火先を指さした。

 ……多分私が思いついたことが中谷さんの考えていることなんだろうけど、あまり気が進まないなあ。

 とはいえ、私も煙草を吸えないのはそれ以上にキツいので、ここはご厚意に甘えさせてもらうとしよう。煙草を一本つまみ、私も咥える。


「あ、あんまり好きじゃないんですけどね……これで吸うとおいしくないですし」

「仕方ねぇだろ、火がねぇんだから」


 中谷さんが私の顎に指を添えて顔を上げさせる。そして、キスをするように中谷さんが顔を近づけてきた。何をするかは分かっているため別にドキドキはしないけど、やっぱりこの人顔が格好いいなあ、整ってるなあ……なんて思っていると、煙草を通して押される感覚がしたので、ゆっくりと煙草越しに息を吸い込む。

 中谷さんの咥えていた煙草の火種が私の咥えている煙草に移っていく。フィルターを通して、燃焼された煙草の煙とニコチンが私の灰の中を穢していく。私と中谷さんは、お互いの顔に煙草の煙を吹きかけあった。


 いわゆるシガーキスというやつ。これでつけた煙草は均一に燃やすこともできないしあんまり美味しく吸えないんだけど……まあ、この際贅沢は言ってられないよね。

 普段吸うものより軽いタールを吸いながら、私は空を見上げて煙を細く吐く。ふわりと膨れ上がるように紫煙が広がり、風に乗って流されていく。


「……早く煙草くれぇ自由に買えるようなりてぇなあ」

「そっ、そうですね……」


 お互いに擁壁に背中を預けながら、煙と一緒に未成年ゆえの不便さを吐き捨てた。

 不満も煙草の煙みたいに、簡単に消えてくれればいいのに……。


「……中谷さんの吸ってる煙草、うまいまずい以前に軽すぎる」

「……普段どんくれぇ重いもん吸ってんだよオメェは」

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