魔物は分からないことだらけだった
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人気投票第三位の彼は、悪役令嬢についての憎しみを丁寧に語る。
「古い時代、戦争の終わりからいきなり力をつけた成金一族の癖に! 本当は……本当は……正統な後継者は「人間」の血を受け継ぐ彼女であるはずなのに!」
なるほど、聖女はじつに本の主人公らしく、絶滅危惧の生き物に関係していると見えた。
「それを、仮初めのあのくそ女が偉そうにふんぞり返っている!」
何とはなしに関係性が見えてきた。
情報はある程度収集できた。
「なるほど、な、る、ほ、ど、なるほど」
歌うように、踊るような足取りで、魔法少女は得られた情報をアグリのもとに届けようとした。
「結局、物語は僕が関わる前から、……いえ、彼女たちが自我を獲得する前から、すでに崩壊の道をたどっていたと見える」
魔法少女は武器の先端を彼から外し、近くに転がっている傷まみれの機械人形モモイロに向ける。
「ヒーローたちはなにも知らなかった」
答えを、魔法少女は機械人形に求める。
「もう嘘をつく必要はございませんよ、かわいいお人形さん」
笑いかける、魔法少女は最大限の敬意を彼女に向けようとしている。
「貴女は、聖女さんがアグリさんを殺したがっているのを、すでにご存知でしたか?」
相手の答えを得るよりも先に、魔法少女は知っている事実を並べていく。
「しかし彼女の初めては、殺害処女は人気投票一位の彼に奪われた」
機械人形が答える。
「ええ、まったく、その通りですわ」
とても人間味に溢れた声だった。
…………。
アグリが、アグリになる前に、彼女は布団のなかで夢想に浸っていた。
先祖代々から続く肥沃な魔力が満ちる異世界の土地。
そこに聖女が現れ、憎き悪役たちを爽快に蹴散らしていく。
聖女がアグリの意識に語りかける。
「私の意識は無色透明だった、誰の声も私にはなんの意味もなさなかった」
主人公として活躍する前の彼女のことなど、この世界はなにも興味がなかったのだ。
文章に、絵に、音声に、アニメーションに表す外側では、キャラクターは自力で生きるしかない。
しかし、聖女は幕間の孤独に耐えられなかった。
キャラが、彼女が自分の意識を捕まえた。
その瞬間、まさに快感の質量が降り注いだ。
「貴女に出会ったんだ」
純な少年のように、聖女として産まれる前の彼女は、初恋の瞬間を恥ずかしそうに語る。
「私は、産まれる前から貴女のことが大好きだった」
ずいぶんと一方的な愛情である。
…………。
破壊が訪れる少し前。
機械人形モモイロが事情を説明している。
「王子の一人を殺したのは聖女ソフィアですわ」
結論から先に語ってくれるのは、なかなかに有能である。
「彼女はお嬢さまの部屋に忍び込んでは、お嬢さまの私物を盗み出していたのですわ」
魔法少女は情報に納得する。
「なるほど、悪役令嬢にであった時点で聖女ソフィアはこの世界のテンプレートから逸脱したというわけか」
魔法少女は本を手に持っている。
「まあ?!」
モモイロが驚いている。
感情表現の現れた瑞々しく、人間よりもよっぽど人間らしかった。
「その本、魔力反応、わたくしに秘められた魔力回路と同じ反応を持っていますわ」
「ええ、そのはずでしょう」
魔法少女は上着の大きめなポケットからノートを取り出した。
指先で少し魔力をこねる。
ボフン! 紙の束を机に叩きつけるような音。
ノートは、なんとも雰囲気のある革張りの古書に変身した。
本の内容を唱える。
「カナーヴォン家……彼らのテンプレート逸脱の系譜は貴女、異世界から来訪した桜の木と双子関係にある貴女、モモイロさんと共にある」
魔法少女の確認にモモイロは同意する。
「ええ、わたくしは姉の、姉の樹木と共にこの世界に桜の木として転生しましたわ」
モモイロは遠くを見て、過去を懐かしむ。
「ですがわたくしは樹木として体が弱く、長くても八十年しか生きられなかった」
人間としては大往生だが、樹木としては短命になってしまうのだろうか?
「命の灯火が消える前に、カナーヴォン家の手によってわたくしは人間の科学技術、機械人形としての魂の結晶を与えられましたわ」
死にかけの異世界の木は、現地の魔物族によって機械人形に変身した。
「お嬢さまのお好きな本に例えるならば、ある朝桜の木はかわいいお人形に変身した。という感じになりますわ」
それが幸せかどうかは、まあ、モモイロ自身が無理をして嘘をつき続ける努力に解を見いだすことにする。
ともあれ。
「モモイロさん、いえ、このカナーヴォン家の皆さんは、アグリさんが訪れることをあらかじめ知っていた」
「その通りですわ」
魔法少女の言葉にモモイロは丁寧に同意をする。
「やがて天使が現れること、つまりは異世界からの心がこの世界に破滅をもたらす」
予言の言葉はこのように続く。
「聖なる娘にその身を捧げる、天使の卵はとても美味しい」
異世界からの人間は、この世界に暮らす魔物族にとってとても芳しいアジを持つ。
「はい」
魔法少女は、モモイロの機軸、桜の木のしっとりとした材木に、こころからの共感をする。
そこへ、破壊の音色が届いてくる。
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