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そういう作戦で

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

 魔法少女は悪役令嬢に感動していた。

 こころの底から尊敬の念を抱いている。


「すごいです! すごいですよ、アグリさんっ!」


「ちょ……顔が近いって」


 ビー玉のようにコンパクトに整った魔法少女の顔面から逃れるように、アグリは納屋の中で後ずさりをしている。

 無駄に豪華なドレス、「1900年・巴里万博」の時代を想起させる作りの衣服。

 スカーレットの布地が映える、長い裾は納屋の汚い板張りの床に柔らかく揺れている。


 興奮を収めることを要求された。魔法少女はおとなしくする。

 表面上だけはお行儀よくするが、しかし胸の内は興奮がまだマグマのようにドクドクと熱く、脈打っている。


「素晴らしい演技力でした……!」


 魔法少女は、まだまだ未発達でしかない、比較的肉の少ない胸に空気を取り込み、期待の表れを悪役令嬢に表現しようとしていた。


「最初にお会いした時のあの、うだつの上がらない情けなさとは打って変わり、見事に悪役令嬢の噛ませっぷりを演じておられましたね!」


「ほめているのか、それともけなしているのか、どっちかにしてちょうだい」


 迷った後に、アグリはすぐに状況を再確認している。


「……いいえ、完全にオーディエンスを騙せていないとなると、わたしの嘘もまだまだ足りていない、ということになるね」


 自己認識の後、アグリはすぐに自己嫌悪に陥っている。


「ほんと、嘘の世界でもどうしてわたしはうまくできないんだろう……」


 嫌悪がすぐに憐憫に変わっていく。


「これじゃあ、聖女に殺されるべき悪役令嬢になれないじゃない……」


 山の上の天気のように、アグリのこころは定まらない。

 生来の性質もあるのかもしれないが、しかしそれ以上に彼女は、自らにのしかかる状況に酷く困窮しているようだった。


「ところで」


 魔法少女がアグリに質問をする。


「どうしてアグリさんは、わざわざ死ぬべき「悪役令嬢」の役割を演じてらっしゃるのでしょうか?」


 魔法少女は、追い打ちをかけるように彼女に問いを重ね合わせていく。


「……いいえ、そもそも、貴女は「アグリー・カナーヴォン」という名前で呼ばれることを本当にお望みなのでしょうか?」


 アグリが答える。


 色々と聞きたいことがあるのかもしれない。

 彼女自身は、しかし強固なる意志の力によって言葉をこらえる。

 返すべき言葉、それはすでに彼女、アグリの中で決まりきっているようだった。


「もちろん、わたしは、わたしの大好きな「小説」を守るために、これからできるだけ、できるだけ惨めな死に方をするつもり」


 アグリは、スカートのポケットに指を突っ込んでいる。

 布の隙間、以外にもたっぷりとした容量を持つ収納。

 そこから、アグリは一冊の本を取り出していた。


 合計四百四十ページほどの紙の厚み。

 表紙は柔らかい厚紙で、本というよりはどちらかというと冊子のような質感を持っている。

 艶々とした紙には、色鮮やかなイラストレーションが印刷されている。


「ところで」


 今度はアグリが魔法少女に質問をしていた。


「これくらいの印刷技術、製本技術は、この世界にもすでに流通しているのかしら?」


 魔法少女はすぐに答える。


「存在はしていますが、しかし流通網はおそらくですが、アグリさんの想像している方法とは大きくかけ離れているものかもしれません」


 アグリはその回答から、色々と考察を深めようとしていた。


「なるほど、それ程に不便な異世界という訳ではないようね」


 すでに彼女は、自分がこことは異なる世界から来訪した存在であることを魔法少女、そして一応俺には隠さないことを決めているようだった。


「わたしは」アグリは自らの目的を話す。


「この小説の完結を望む」


 彼女は、悪役令嬢である彼女は語る。


「わたしはこの小説の愛読者で、それで異世界から小説の内容に合致するこの世界に来た。

 この世界でのわたしの意識は悪役令嬢、つまりはイジワル役ね、そういった役割を持つキャラクター「アグリー・カナーヴォン」になっていた」


「ある朝、わたしは目覚めたら巨大な毒虫、ではなく、悪役令嬢になっていた」


「カフカの「変身」ね」


 魔法少女の引用文に、アグリはそこでようやく少女に対する親近感を見せている。


「グレゴール・ザムザは家族のために死んだと思う?」


 魔法少女は少し考えて、割かしすぐに答えていた。


「そうは思いませんね。あれは結局、厄介者を切り捨てる段階の物語であると考えられます」


「わたしは、グレゴール・ザムザになりたい」


 魔法少女は猫の耳を少し下に傾ける。

 黒色の柔らかな体毛がかすかに震える。


「銀行員として働きたかったんですか?」


「いや、そういうわけではなくて……」


彼女は願いを伝える。


「わたしは、ハッピーエンドが大好きなの。それも、主人公がざまぁ展開でおもいっきり幸せになるタイプのね」


 ともあれ、悪役令嬢アグリは魔法使い……を自称する少女に要求をする。


「魔法使いなら、わたしの願いを叶えてくれる?」


 魔法少女は応える。


「ええ、もちろん」


 アグリは願う。


「だったら、わたしを悪役令嬢として惨めに死なせてほしいの」


 そのためにどうするべきか、アグリはすでに回答を知っているようだった。


「そのためには聖女の、この世界の主人公である「聖女ソフィア」の前で、わたしは殺されなければならない」


 彼女は、自らの処刑を望んでいるようだった。

読んでくださり、ありがとうございました。

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