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悪役令嬢と聖女

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

「んにゃあああ! んにゃあああ!」


 発情した野良猫のように叫んでいる。

 魔法少女は屋敷の周り、緑の芝生の上をごろんごろんと転げ回っていた。


 ああ、嗚呼、どうか許して欲しい、誤解しないで欲しい。

 彼女はただ、訪れた遠い土地に感動しているだけ。

 俗に言えば舞い上がってしまっているのである。


 しかし魔法少女の個人的事情など知るよしもない。


「うわあ……」


 どうしようもなく、仕方なしにアグリは拒絶の意表を魔法少女に向けている。


「えっと、元気一杯だね……」


 アグリは精一杯に、魔法少女に対して肯定的な表現を選ぼうとしてくれていた。


「ええ、その通りでございますわ、アグリお嬢さま」


 モモイロが主人の言葉遣いに、忠実なる同意だけを返している。


「姫君としての礼儀作法としては、かなり独特なご教育を施されたと、そう見受けられますわ」


 意訳するとしたら「行儀が悪いんじゃボケェ」といった具合だろうか?


 アグリが何かを察して唇を開きかける。

 しかし彼女の憂いは杞憂に終わる。

 お行儀の悪い魔法少女の顔面に、それなりに質の良い布でおられたロングスカートが覆い被さっている。


「わぷっ?!」


 突然視界が暗くなる。

 魔法少女は生理現象的に、慌てて体を起こそうとした。


 起き上がる。


「……きゃ?!」


 暗がりの中、若い女性の悲鳴が聞こえる。

 魔法少女は暗闇の中で、状況を探るために暗黒の内をうごめく。

 感覚を研ぎ澄ませる。

 汗、体液、皮膚の内側に湿る粘膜のにおいが鼻腔を満たした。


「くんくん……」


 生命の濃密な気配に、魔法少女は思わず生唾をごくりと飲み下す。

 においに誘われる、コバエのように魔法少女は鼻先、唇をにおいの発生源に近寄せる。


 舌先を伸ばす、唾液に湿る先端が「そこ」をかすめた。


「いやあ?!」


 快感には遠く及ばない、その舌の動きは「彼女」にとってはただの不快感でしかなかった。

 ハイヒールの爪先、硬く分厚い先端が、ちょうど魔法少女の下っ腹あたり直撃していた。


「んぎゃ」


 魔法少女は尾っぽを踏まれた猫のように、潰れた悲鳴をあげていた。

 蹴鞠のような勢いで魔法少女の体が布の中、つまりは女の身につけているスカートの中から追放されていた。


「な、なに?!」


 そう叫んでいるのは、いきなりスカートの内側に侵入されてしまった彼女の声だった。


「あ、あなた、だれっ?!」


 至極当然な戸惑い。

 彼女が魔法少女のことを凝視している。

 そしてまた、魔法少女も目の前にいる彼女を見る。

 見た感想は。


「あ、はじめまして」


 とりたてて特別そうな様子は見受けられない。

 少女は他人にであったときの、それなりに定まった礼儀作法を使用する、ただそれだけであった。


「…………」


 俺はその事を少し意外に思った。

 目の前の彼女は、平々凡々とした雰囲気はあれども、決して魔法少女のお眼鏡に敵わないような気配ではないはずだった。

 そうでなくとも、たとえ醜女(しこめ)と呼ばれる顔の造りであったとしても、あまり関係はない。


 下手をしたら世界中の女に欲情できる。

 十代を駆け抜けようとする若き魔法少女の肉欲には、それぐらいのポテンシャルを期待しても良い気がする。

 ……俺的には形容しがたい気持ちにはなるが。


 何はともあれ、魔法少女と、そして目の前に現れた彼女はまだ互いのことを何も知らなかった。

 このままだと彼女たちは何も知らないままになってしまうだろう。


 打破するためには。


「オーッホッホッホッ!!」


 アグリの高らかな笑い声が、空間を一気に支配していた。

 魔法少女と、そして「彼女」はごくごく自然にアグリの方を見る。

 凝視する。


「あーら貧民が、ずいぶんと偉そうにしてらっしゃること!」


 なかなかに大きな声だった。



「わたくしの下僕に蛮行を働いたこと、どう落とし前をつけるつもりかしら? ねぇ」


 アグリは「彼女」の名前を呼ぶ。


「ソフィア、ソフィア・リーエ」


 ソフィアと名前を呼ばれた。

 彼女は表情に、みるみるうちに怯えらしきものを浮上させてきている。


「お嬢さま……」


 何かしらの言葉を発しようとしている。

 ソフィアのことをアグリは、より一層声量を増加させてさえぎっていた。


「おだまりっ!! 下民風情がわたくしに口答えしないでちょうだい!!」


 そこへまた新しいキャラクター。


「おいおい、ずいぶんとやかましいな」


 黒い髪が特徴的なキリリとしたイケメン。

 彼はソフィアに馴れ馴れしく絡む。だいぶ親しい間柄であるらしい。


「チッ……うるせー女……」


 ミステリアスな雰囲気の少し長めの金髪男性が、アグリに向かってひと睨み、舌打ちをかます。


「んまあっ?! わたくしに向かってなんて無礼な!!」


 アグリがキーッ、といきり立つ。

 その様子を、見目麗しき男性二人は満足そうに眺めている。


「あ……」


 ソフィアだけが、悪役令嬢たる彼女のことを陰りのある目線で見つめていた。


 なんだなんだ?

 場面に置いてけぼりを食らっている、魔法少女は左目の赤い琥珀の義眼をキョロキョロとさせていた。


 戸惑う魔法少女と、そして俺をつれて。


「ムキーっ!! 覚えてらっしゃい!!」


 悪役令嬢は、とてもそれっぽくこの場面から退散していた。

読んでくださり、ありがとうございました。

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