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悪役令嬢の事情なんて知らない

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

 アグリは、まだ魔法少女と犬のことを信用できないでいた。


「まことに申し訳ございません」


 暗がりのなか、くすんだ人工灯の明かりの下。

 魔法少女の丸い顔が、アグリのことをとても悲しそうに見下ろしている。


「僕は回復魔法が使えないので、代わりに」


 魔法少女は俺の方を見る。

 少女の新緑のように鮮やかな緑の瞳と、俺の紫な光彩が軽くぶつかり合う。


「トゥーイさんが色々と処置をしてくださりました」


 魔法少女のいうとおり、アグリは自分がある程度の治療を施されていることに気がついていた。


 男どもに暴行されて負った傷のほとんどは浄められている。

 消毒されて、清潔なガーゼがあてがわれる。

 とりわけ右手、爪のほとんどを剥がされた手には手厚い保護がなされていた。


 しっかりと包帯が巻かれた手を見て、アグリもようやく自分自身の状況を判断する余裕を取り戻していった。


「わたしは」


 アグリは自分自身の事情を、魔法少女と犬に打ち明けていた。

 思えば、アグリは悪役令嬢に変身してから初めて、この世界に産まれて初めて自分のことを他人に話していた。


「なるほど」


 話を聞き終えた。

 魔法少女は猫の耳をピクリ、と少しだけ動かしている。

 夜の暗闇のなか、闇と同じ色の髪の毛や体毛が宵にほどけていくようだった。


「やはり依頼主の内容と見事に合致しますね」


 魔法少女は、言葉の向こう側、新緑の瞳に尊敬の念をたたえている。

 魔法少女にとって尊い存在が、アグリの知らないところで彼女を救おうとしているらしかった。


「それにしても、実に興味深いですね」


 魔法使いとしての修行であり、生計でもあること。

 大事な仕事もそこそこに、魔法少女はさっそく個人的な趣向に走ろうとしていた。


「アグリさんが愛読なさっていたという本、「悪役令嬢は聖女を殺して受胎する」。実に内容が気になります」


 愛読書のタイトルを一字一句間違わずに暗唱している。

 魅惑のウィスパーボイスで丁寧に発音するものだから、アグリは謎に赤面をしてしまっていた。

 彼女にしてみれば、愛読しているエロ本を会ったばかりの他人に知られてしまった状況と同じなのだろうか。

 うーん……考えただけで俺の白い犬耳も真っ赤に染まってしまいそうだ。


 少女は浮かれ、女は恥ずかしがる。

 それぞれに違う感情を抱いている。

 女たちのもとに、奇妙な音が届けられる。


 からからから、かたん。

 不思議に耳に心地よい気配の軽快な音。


 からからから、かたん。

 彼女たちは音のするほうに視線を向ける。

 春うらら、今すぐにでもまぶたを閉じてうとうと、うたた寝したくなるような陽光の下。


 からからから、かたん。

 かたいもの同士がふれあい、噛み合わさり、決まりきった回転を繰り返す。


「お嬢さま」


 機械的な音声。機械の規則正しさ、均等された美しさを思い浮かべる。


「アグリお嬢さま」


 事実、現れたのは機械人形であった。


 肌は本物の生娘のように滑らかで、プリンのように艶やか。

 目尻はアーモンドのように流線形を描く、快活そうな雰囲気を抱かせる。


「んるるん……!」


 魔法少女が、発情した野良猫のように喉の奥を鳴らしている。

 少女はうぶな処女のように、現れた扇情的な美女に感動しているのであった。


「だ、だだだ、だ……!」


 魔法少女はもつれる舌の肉を、なんとか懸命にうごめかせている。


「だ、誰?!」


 鼻の穴をふくふくと膨らませ、ついでに鼻の下も伸ばす。


 魔法少女の下卑た欲情の目玉。

 特に左目のほとんどを埋める赤い琥珀の義眼は、さながら獲物を見つけた昆虫のように生命力があふれそうである。


「あなたは……」


 魔法少女の浮かれ具合とは双極を為すように、アグリの表情は落ち着き払ったものでしかなかった。

 見知った相手を見るときの様子。

 アグリは、どこか夢見心地のような所作で現れたからくり人形の名を読んでいる。


「モモイロ」


 名前を呼ぶ、自分の従者の機械人形の名前を呼んだ。


「お嬢さま、ご機嫌麗しゅう」


 モモイロと呼ばれた、美しい彼女は桜の木の下でアグリのもとにひざまずいている。


「お外で遊ぶのはもうおしまいです、お茶の時間でございますわ」

 

 耳に心地よい声音。

 まるであらかじめ決まりきったセリフを読んでいるだけの、無機質な声音であった。


 ややあって。

 そして、魔法少女と悪役令嬢、そして従者二人は屋敷にたどり着いていた。


「うわー! うわわー!」


 魔法少女は子どもらしく、とても楽しそうに遠くに眺める居城の姿に興奮していた。


「お城ですよ?! お城です! 本物のお城があります」


 落ち着きなさいよ。

 そう考えているのは、なにも俺だけに限定されている感情ではないようだった。


「あれは悪役令嬢の城。アグリ、アグリー・カナーヴォンの住まう居城よ」


 アグリの解説にモモイロがさらに詳しい情報を書き加えていく。


「栄えあるカナーヴォン一族はこの近辺に残存する「人類」文化の保護に戦後の混乱時より携わってきた名家であり」


 しばらく長く、語りが続く。


「──……であるからして、お嬢さまの一族は絶滅寸前の「人間」を保護する役割を担っておりまして」


「モモイロ」


 アグリが、それなりに悲しそうに自らの従者に事情を話している。


「どうなさいました? お嬢さま」


「残念だけど彼女、もう話なんて聞いていないみたい」


 アグリの言うとおりであった。


「いいいーーーぃやっほーーーい!!!」


 魔法少女はそれはもう、とてもはしゃいでいた。

 これでもか、と言いたくなるほどに、楽しそうにしている。

読んでくださり、ありがとうございました。

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