挙式はまだ来ない
ご覧になってくださり、ありがとうございます。
結論から語るとすれば、悪役令嬢も聖女も機械人形も、誰も死ぬことはなかった。
ただ問題があるとすれば、聖女ソフィアの殺害の罪が裁かれないということ。
「私の名前は、ソフィアなんかじゃない」
失礼、であれば本名を教えてほしい。
聖女は最初は怪訝そうに俺のことを見ている。
「安心してください、お姉さん」
俺の左隣で魔法少女が、俺の頭をもふもふと撫でている。
「見た目は犬ですが、こう見えても中々に優秀な魔法使いなのですよ」
「その通り」
俺は魔法少女に返事をする。
「え?」驚いているのはアグリであった。
「い、イヌがしゃべった!?」
アグリは頬や首筋、その他あちこちに火傷のような傷を負っている。
驚愕する主人をモモイロがなだめる。
ここは屋敷の一室、新しく主人になった聖女ソフィアの個室であった。
「私の本当の名前はヤマガ、トウ・ヤマガだよ」
失敬、ヤマガという名の聖なる力を持つ彼女は、昨日目を覚まして晴れて屋敷の当主となった。
アグリがほっと胸をなでおろしている。
「三日間目が覚めなかったときは、マジで死んじゃうかと思ったよ」
ヤマガはゆっくりとかぶりを振る。
「貴女を置き去りにして、私が死ぬわけがないだろう?」
すっかり憑き物が落ちたような様子、ヤマガは思いっきりアグリといちゃつきたいようだった。
しかしアグリが上手く思いを受け止められないでいる。
というのも、この先解決しなくてはならない事柄が色々と、それはもうたくさんありすぎているのである。
「それにしても、二位さんと三位さんにはとても助けられました」
魔法少女がしみじみと語っている。
「やはりキャラクターとしての人気を獲得できる人格です、ことの問題をあれよあれよと解決に導いてくださりました」
だが、彼らの行動も本の内容の外側、物語には語られないのだろう。
中身に生きるキャラがどう思おうとも、記されなかったことはただの透明な記憶の中に流されていくだけ。
モモイロが状況を語る。
「アグリー・カナーヴォンは●●●●を殺害の後、彼の死亡によって手薄になった屋敷の防護壁の合間をかいくぐったひと喰い怪物に捕食され、死亡」
名前を呼んだが、そこでちょうど魔法少女がくしゃみをしている。タイミングが悪い。
ともあれ、モモイロは主人であるアグリに、それはそれは嬉しそうに微笑みかけている。
「おめでとうございます、お嬢さま。あなたの願い、悪役令嬢として桜の木の下で主人公、聖女ソフィアに処刑、殺されるというテキストを無事にクリアなされましたわ」
「そうだけど……そうだけれども」
アグリは、すでに悪役令嬢ではなくなってしまったアグリは、納得がいかない様子であった。
「強引すぎる気がする……こんなんでいいんだろうか……」
「アグリ」
聖女ヤマガは愛しのアグリの悩みを解決しようとしている。
「世の中の大体の推理小説は、残り八十九頁から四十九頁で雑にことを片付けるんだよ」
「推理小説なめんな?!」
本が好きなアグリは、本を読まないで自分だけを見つめてくるヤマガに怯えを抱いている。
恐怖について、まだ判明しないことをアグリは気を取りなおして解消しようとする。
「モモイロ、今回の出来事の主犯格はあなたなのね」
「ええ、その通りでございますわ、お嬢さま」
魔法少女が情報を彩る。
「僕がモモイロさん、そして彼女のお姉さまに依頼されて、アグリさんの願いを全身全霊、全力で叶えるという計画が三日前に発足しました」
「ずいぶんと突貫工事ね」
なるほど、あのお粗末具合も納得がいく出来である。
「報酬は」
魔法少女は一冊の本を手中に入れている。
「予言の書一冊、初版ゲットです!」
「それはただのネット小説だし、初版じゃなくて第十二版ぐらいだけど」
アグリの指摘もそこそこに、魔法少女は一枚の紙切れのようなものをアグリに差し出す。
「これは?」
「顔を隠す魔法を込めたものになります」
するすると、あっという間にアグリの顔に紙の面が被せられていた。
「これで正体を隠して、モモイロさんと一緒に新しい領主様のもとでのんびり過ごすのですよ」
それもまた、モモイロの計画の内の一つなのだろう。
「知り合いにメイド服を一式そろえられる方がいらっしゃるので、その方に仕事着も用意してもらいましょう」
「現代日本でメイド服をそろえられるって、どんな知り合い……?」
スマートフォンで連絡を取ろうとしている魔法少女の姿を見て、アグリはつい故郷の文化圏のことを思い出しそうになる。
過去にすがりつきたくなるのは、この先の展開が分からない不安に由来している。
「あぁ……!」
それに、アグリは聖女からの熱烈な視線を、まだ受け止めきれない出入いた。
「あぁ……もう、今から興奮が止まらない……!」
ヤマガはそっと、アグリの手をつかむ。
手つきは実にうやうやしく紳士的で、所作の完成度がむしろ、視線に含まれている劣情をありありと表している。
「貴女と私、ともに蜜月を過ごしましょう!」
「えっと」
アグリは少し迷う。
「できれば、わたしのお葬式が済んでからでいいかな?」
読んでくださり、ありがとうございました。