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桃色のポイズン

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

 魔法少女は否定する。


「まさか」


 死の恐怖が、むしろ魔法少女をいきり立たせているようだった。


「あんなにも素敵な裸を持つ女性を、僕が殺すわけがない」


 魔法少女は少し嘘をついているようだった。

 殺そうと思えばいつでも殺せる。


 魔法少女の本心を、モモイロはそれなりに見抜いているようだった。


「もしもお嬢さまの命に害が及べば」


 だからこそ、彼女は魔法少女を脅迫する。


「報酬の件から、我がカナーヴォン家の栄えある地位が、あなたの魔法使いとしての未来を全力で阻害するわ」


「なんと恐ろしい」


 彼女たちは互いにウソをついていた。

 モモイロは、桜の木で作られた機械人形は魔法使いモドキのことなどどうでもいいと思っている。

 彼女はあくまでも、予言に記された悪役令嬢を守りたいだけなのである。


 そして魔法少女は、今のところ感心はアグリの持つ本だけに集中している。

 魔法使いとしての仕事に、少女はあまり責任感を持っていない。

 まったく、実に嘆かわしいことである。


 互いに嘘をつきながら、モモイロが先に提案をしていた。


「あなた様の手を煩わせることはございませんわ」


 すでに彼女、あるいは彼女たちの間では約束事が取り決められているようだった。


「お姉ちゃん……。わたくしの姉、桜の木に、あの悍ましき欲望の怪物を誘導してくださいまし」


 …………。


 人気投票一位の彼が殺される直前。

 機械人形モモイロは、ついに悪役令嬢を苦しめる盗人、聖女ソフィアを見つけ出していた。

 しかし罪を追求するよりも先に、聖女が悪役令嬢の身内に告白をしていた。


「私は、あの人が好きなの」


 もう、性的欲求をこらえきれないらしい。

 人間の性的欲求について。

 モモイロは桜の木として長い命を与えられたなかで、こればかりはまだまだ研究が足りていないことをつくづく実感させられる。


「わたくしはなにも見ませんでしたわ」


 しかしモモイロは、悪役令嬢を苦しめた罪にそれなりの罰を与えるつもりだった。

 機械人形の歯車の噛み合わせ、くるくる、回転には今宵悪役令嬢が人気投票一位の彼と一夜を明かす展開が見えていた。


 いや、すでに本を読んで、先を知っていたに過ぎなかった。


 …………。


 聖女と呼ばれるようになったのは、はて、いつ頃からだろうか?

 私がその役割に気づいたのは、巷で「悪役令嬢」と揶揄されるアグリにであった瞬間であった。

 一目惚れであった。

 恋におちた瞬間、聖女である私はこの世界における自分の役割。それを理解した。


 素敵な男性と結ばれきらめく人生を送る。

 それはそれで、魅力的なのだろう。

 だが、希望は同時に絶望に変わった。


 私は聖女、聖女は悪役令嬢とは結ばれない。

 もしも私たちの何か、色々を記した物語が存在しているのならば、きっとそんなストーリーになるに違いない。

 これは確信だった。

 馬鹿馬鹿しい、と我ながら思わざるを得ない。

 まさか、私たちの全ての結末があらかじめ記された本が、存在するわけがない。


 そんな予言書があるならば、私は。


 …………。


 全てを食い尽くさんばかりの勢いであった。

 聖女だったもの、恐ろしき人食い怪物は処刑台を破壊し尽くしていた。

 本来ならば悪役令嬢が処刑され、聖女が桃色の人生へと封切りをするはずだった場所。


 集まってきていた村人たちはすでに散り散りに逃げ去っている。

 誰も、まさかあの恐ろしき人食い怪物が聖女であること、聖女の本性であることは知らない。

 本の合間、テキストの外側になど、誰も興味がないのだ。


 フェリーのように大きく肥大した人食い怪物は、最後に桜の木を補食しようとした。

 悪役令嬢を処刑する、展開を祝う花びらも全て、聖女にとっては憎悪の対象でしかない。

 いわば失恋の八つ当たりである。


 その様子を遠巻きに、魔法少女がモモイロに問いかけている。


「よろしいのですか?」


 人食い怪物をこの処刑場まで誘導したのは魔法少女であった。

 毎日毎日、人食い怪物を殺している魔法少女にしてみれば、この仕事はいささか物足りなかった。


 魔法少女は、もしかしたらまだ殺害の機会があることを眼鏡の奥に期待する。


「いいのですわ」


 しかし魔法少女の期待は機械人形に否定される。


「姉は、いつか自分よりも美しいもののために死ぬことを望んでいましたから」


 桜の花よりも美しいものなど、それこそ百年を越える感覚で探し続けなくてはならない。

 そんな難しい問題。


 しかし彼女たちは不可能に近い問題、悩みや苦しみ、願いをついに叶えたのだ。


「知っているかしら?」


 モモイロは、桜の木について語っている。


「桜の木には、毒が含まれているのですわ」


 怪物の動きが止まった。

 食べてはいけないものを食べてしまった。

 苦しそうに、ヤツメウナギのような補食器官から噛み砕いた桜の断片を吐き出した。

 もしかすると、モモイロの姉は毒をたっぷりと用意していたのかもしれない。


 吐瀉物は止まらずに、やがて怪物は手に入れた宝物、胎内に納めようとした悪役令嬢、アグリの体を手放す。


 この場合は吐き出した、と言った方が正しいか。


 アグリが、まるで産声のように呼吸をした。

読んでくださり、ありがとうございました。

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