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悪役令嬢は爪をはがされる

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

 漠然と死にたいと願うことがあるらしかった。

 彼女はどうやら、自分の葬式を挙げることを願っていたらしい。


 彼女が自分の事を悪役令嬢であると、そう認識したのは桜の木の下の出来事であった。

 暴力団を想起させる二人組の男どもにボコボコにされている。

 きっと彼女の口の中は血の味にまみれていた。

 ディープキスをしたら、鉄棒を舐めた気分を味わえたに違いない。


「アグリ」


 男どものどちらかとも言えず、悪役令嬢は自分の名前を耳にしていた。

 頭を殴られた。

 みしゃり、と瑞々しい若い枝が手折られるような音がアグリの頭の中でなった。

 それは頭蓋骨の悲鳴であった。


 アグリの爪、右手の親指から順番に剥がされていく。

 内側のピンク色をした真皮がむき出しになる。

 血が流れる。

 赤さは鮮やか。


 アグリはぼんやりとしてきた意識のなか、小指の爪が剥がされそうになっていることに意識を、残されたこころを手向ける。


 小指。

 約束をするための指。

 それだけは、それだけは。

 血まみれになりながら、アグリは自分のなかに熱い灯火が揺らめいているのを感じ取っていた。


 刹那、空気を切り裂く気配が空間の支配権を男どもから奪った。

 銀色の輝き。

 涙に滲むアグリの目には、まるで天から来訪した竜のような荘厳さを想起させる。


「つまらないですね」


 アグリは声のする方を見ていた。

 まだ視界は痛みによる涙ににじんで不明瞭だった。


 しかし次に聞こえてきた声は、残念ながら雄々しさや神々しさからとはかけ離れていた。


「暴力性を発散させるよりも、ここはくんずほぐれつの男女の契約を結ぶべきでしょうに」


 それは子供の声だった。

 ほのかにウィスパーボイスの気配を感じさせる声音は、なかなかに愛らしいものである。


「血を流すならもっと素敵に、派手に表現しなくては」


 天使を想起させる愛らしさにて、声の主はなかなかに物騒な事柄を話している。

 アグリはそう考えていた。


 男どもが何か、突然の珍客に戸惑いながら、攻撃性の方向を変更仕様としている。

 暴力の波が止んだ。

 アグリはほんのわずかに産まれた余裕にて、続きに現れたら色彩を肉眼にて、確かに見ていた。


 赤色が炸裂していた。

 それは血液の色。

 男どもの内の一人、その首が銀色の光によって切り裂かれているのであった。


 銀色の槍だった。

 巨人のための万年筆のペン先、アグリはそんな想像をしている。

 大きな万年筆のような槍、それは現れた子供の武器であるらしかった。


 武器は持ち主の意向に従う。

 食い込み、男の頸動脈を裂く。


 ボタボタと、熱い血液がアグリの頭上に降り注いできていた。

 男の血だった。

 生命の証は、武器によって裂かれた肉の隙間から溢れ出ていた。


「ギャアアアッ?!!」


 叫び声を上げているのはもう一人の男の方。

 血飛沫をに怯えに怯え、現れた対象、武器の持ち主から逃れようとしていた。


「ま、ま、ままま……!」


 もつれる舌の肉。

 男は絡む足を懸命に動かして、この場から逃げる。


「魔法使いだーッ!!」


 魔法使い、その言葉の意味がなんであるか、アグリはもう考える余裕がなかった。


 しばらくの暗闇。

 アグリは、「アグリ」という名前の悪役令嬢に変身する前の出来事を思い出していた。

 二十八歳の引きこもり、母親の稼ぎをあてに貧乏暮らしをしていた。

 いつまでも日常が続くと思っていた。

 しかしある日男がやって来た、強盗だった。

 男は母親をレイプした。

 助けようとした、だが男に突き飛ばされる。

 自分の頭が、スツールにぶつかって割れる音がした。

 血と愛液、精液のにおいのあと、自分は意識を失った。


「そうして、次に目を覚ましたら、悪役令嬢アグリになっていましたとさ」


 アグリは、後頭部に柔らかな感触を覚えていた。

 目を開けて、声のする方を見上げる。

 そして絶望した。

 そこには魔物がいたからだ。


 猫の魔物であった。

 己の異形を誇張するかのように、魔物の女の子は猫の耳をピン、とまっすぐ立たせている。


「情報と、あとはトゥーイさんのお鼻が確かならば、彼女が依頼内容にあった女性なのでしょう」


 女の子、魔法使いであるらしい、それらしき少女はアグリを膝枕していた。

 優しく見下ろす。

 魔法使いのような少女は、猫のような目でアグリを観察している。

 瞳孔はたてに細長い。

 周辺の光。時刻は夜で、かすかに灯る明かりのなかで少女の瞳孔は黒真珠のように丸く拡大されている。


「ねえ、トゥーイさん」


 魔法少女は同行者である彼、つまりは俺に目配せをする。

 魔法少女の白玉のように柔らかく真珠のごとき滑らかさをもった頬に笑みが浮かぶ。

 信頼関係の現れに、アグリは期待を込めて俺の方を見ている。


 そしてすぐに絶望していた。

 無理もない、俺は俺自身に向けられた嫌悪感に納得せざるを得ないでいる。

 なんといってもその姿、である。

 彼女の、烏龍茶のように深い茶色の瞳には、一匹の狼のような存在が写っている。

 獣のようにしか見えない、それが俺だった。


「トゥーイさん」


 狼か、でなければ犬の姿をしている。

 魔法少女は俺に微笑みかけている。

 笑顔がとてもかわいい。


「あなたたちは?」


 アグリが問いかける。

 唇にはすでに血はついていない。

 魔法少女の手によって、丁寧に、丁寧に吹き清められていた。


「あなたたちは、誰?」


 彼女の質問に、魔法少女たちは答える。


「僕たちは、魔法使い……を、目指しているものです!」

読んでくださり、ありがとうございました。

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