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タバコ一本分にも満たない思い出

作者: 七代金平

ベランダに出た私は、あまりにも寒い夜風に体を震わせていた。上着くらい着て来ればよかったなんて後悔をしたが、もう一度部屋に戻るのもなんだか面倒くさく感じ、また、酔って火照った体にはちょうど良い気がしてそのままにすることにした。


マンションの二階のベランダから見える景色はたかが知れていて、でも私がここに引っ越してきたときはこの世にこんな素晴らしい景色の見える部屋があるのかと感動したことを思い出した。


そのころの私がよく腰かけていた室外機に目を向けると、可愛い豚の灰皿とタバコ、100円ライターが置いてあることに気が付いた。


あいつ、忘れていったんだな。中身を確認すると数本残っていた。鼻がよい私にとってタバコは悪臭のする煙を出す、きれいじゃない花火だと思っていて、よく禁煙するように頼んでいた。


「結局、最後まで禁煙してくれなかったな」


誰に言うでもなくぽつりとつぶやくと、私は箱の中の一本を口にくわえ火をつけた。いつも見ていたように火をつけたつもりだったが、思ったように火がつかず私は苦戦した。2分ほどかけてようやく安定した火が点いたが、あたりに悪臭が充満するには充分すぎる時間だったようだ。


「最悪。」


今度はさっきとは違ったつぶやきを漏らした私だが、それにこたえてくれる人はいなかった。


出会いは、今考えるとひどくありふれたものだった。大学のサークルの新歓呑みで、席が近くて話して、気が合ったからその場で連絡先交換して。学部も一緒だったからなんとなく一緒にいることが多くなって、よく吞むようになって、ある日一線を越えた。


田舎から上京してきた私はその一連の流れがドラマ見たいで、すごくドキドキしていた。大学卒業が目の前になった今、そんな話東京じゃない大学でも聞くようなものであることを私は知っていた。


初めてSEXをしたのは私の家で3回目の宅呑みが行われた時だった。


そのころあいつは大学近くの居酒屋で飲んだ帰りに私の最寄り駅で降りて、そのまま私の家で呑みなおして寝るのが習慣みたいになっていた。


いつも通りあいつが缶酒片手に家に来て、ちゃぶ台囲んで飲んでいた。珍しく二人ともべろべろになって、よくわからないうちに私は押し倒されていた。


なんだか甘い香りがしていた気がするし、その中でもやっぱりほのかに香るタバコのにおいに顔をしかめていた気もする。気づけばキスをしていて、そのままベッドに入った。


次の日お互い何も覚えていないふりをしようとしてたけど、お互い裸だったから何が起きたのかは一目瞭然だった。そそくさと服を着て、目も合わせずにあいつは大学へ行った。


それから一週間くらいぎくしゃくして、でもまた吞むようになった。気づけば前みたいにいつも一緒にいるようになってた。それで付き合ったわけでもなく、でもたまにSEXはする、そんな関係になっていた。


あいつがサークルのかわいいで評判の神崎さんを狙ってたのは知っていたし、私も付き合うなら年上がいいって呑むたびに漏らしていた。SEXをしたからと言って彼氏彼女になる話が出なかったのは、そういうところがあったからだと思う。


お互いそんな言い訳を盾に、友達を続けていたと思う。


夏休みになるころには、月に数回程度、あいつはお決まりのメールをしてきて、私は返信し次第、近くのコンビニまで迎えに行く。そこで二人でお酒を買って、家でしこたま呑んで、吞み終わったら一枚しかない布団にもぐって、セックスをする。これが一連の流れになっていた。


我が家は禁煙なため、喫煙者のあいつはいつも文句を言いながらベランダに立っていた。私が椅子代わりにしていた室外機を灰皿置きにして、冬でも窓全開にしてこっち見ながらタバコ吸って。でも煙が部屋に入らないように、それだけは細心の注意を払ってくれて。


吸った煙の量が多かったのか、私はゲホゲホとせき込む。タバコはまだ先端が少し減ったくらいでまだまだ残っている。どうせ吸うなら一本残さず吸おうと考えていたが、少し後悔してきた。私が口からはいた煙はゆらゆらと揺れながら空中を彷徨った後、すぐに消えていった。


大学入って初めての学校祭。私とあいつとで周った。お互い狙ってた相手を誘う度胸もなくて、仕方がなしに一緒に回ることになった。そんな気がする。


串焼き、チョコバナナ、フルーツジュースを両手に抱えて歩く私を見て、食べ飲みだけじゃなくてもっと出し物を見に行こうと言ったあいつ。私がホラー苦手なの知っててお化け屋敷に連れて行きやがったのを今でも恨んでる。


お化け屋敷前に行ったらあいつが狙ってた神崎さんと、私が気になってた学部の格好いい先輩、大輔さんがいることに気づいた。それを理由に私はお化け屋敷から逃げたかったのだが、あいつが神崎さんに話しかけに行ったし、先輩が私に話しかけてきたからそうもいかなくなった。


ちょっとした世間話の後、ここのお化け屋敷は二人用とグループ用があって、グループ用のほうが怖いらしいと知った。私以外が盛り上がってグループ用お化け屋敷に行こうなんて言ってて、私だけ行かないのも癪だったからついて行った。


でも本当に怖くて私は終始あいつの腕にしがみついていた。ずっと目をつぶっていて、中のことなんてろくに覚えていないけど、神崎さんが大輔さんに引っ付いているらしいのを見て、少しざまあみろって思った。


やっとの思いでお化け屋敷から出た。なんてところに連れてきやがった、と思ってあいつを睨もうと顔を上げたら、私が引っ付いていたのは大輔さんだったことを知った。慌てて謝った。先輩は気にしてないって笑ってくれて、でも私は恥ずかしくて、イライラして、あいつを見たら神崎さん相手に鼻の下伸ばしていた。もっとイライラした。


そのあとはまた二つに別れて回りだしたんだけど、何せ私は機嫌が悪い。あいつはなんで怒ってんの、なんて言いながらついてきてたけどずっと無視してた。私があいつと口をきいたのはお好み焼きと綿あめとタピオカを持ってやってきてからだ。喫煙所帰りに買ってきたそれらはどれも少しタバコのにおいがして、でも私の機嫌は直ってしまったのだ。


学校祭終わってからは試験に成績発表に、二年の授業のクラス志望で忙しくてしばらく呑む時間もなかった。それでも授業に行けばあいつの姿は見たし、普通に話くらいはしてた。でもなんだか、言葉にできない何かが満たされなかったと思う。とにかくその時期は酷くつまらなかった。


春休みに入って、学校祭の時の先輩から遊びの誘いが来た。嬉しいはずだったのにちょっと引っかかることがあって、一旦返事は保留にしてもらった。その日のうちにあいつに電話をかけた。


あいつはどうして電話を掛けられてるのか当然わからなくて、でも私もなんで電話をかけたのかなんてわかってなくて、取り合えず大輔さんにデートに誘われたことを報告した。あいつはちょっと黙った後に、よかったじゃんって言った。私が年上が好きなことも、その先輩を気に入っていることも知っていたのだから当たり前なのに、なぜだか私は残念な気持ちになった。私はありがとうとだけ言って電話を切って、大輔さんにメールでデートに行けることを伝えた。


「あっつ」


落とした煙草の灰が私の足に落ちた。裸足にサンダルの私の足には防御力なんてものはなく、私を現実に戻すには充分すぎる痛みを与えた。タバコは半分程度なくなっていて、においにも慣れてきてしまった私は無感情に煙を口に含んだ。味なんてわからないよ。


大輔さんとのデートは本当に楽しかった。私の知らないおしゃれなバーに連れて行ってくれて、初めて聞くようなお酒を楽しんで、終電前には帰してくれた。ただ帰り際に公園で、告白されたのはちょっとだけ困った。少し考えさせてくださいって言ったら、いくらでも考えていい、ずっと待ってるよって言ってくれて、やっぱりいい人だなって思った。


最寄りのコンビニまで帰ってきたらあいつから電話がかかってきて、今から呑めないかって言われた。ちょうど私の家の最寄り駅にいるっていうからコンビニで待って、一緒に酒を買って帰った。


大輔さんの後にお前かよって茶化したら、あいつ本気で怒ってて、すごく笑った。久しぶりに息を吸った気分だった。


お酒二缶空けたころに、あいつが唐突に聞いてきた。先輩とデート、どうだった?


私はちょっと驚いてあいつを見ると、あいつは窓の外を見ていてこっちを見ようとしなかった。部屋には突然沈黙が訪れた。


私がなんて言おうか迷っていると、あいつはタバコをもってベランダに出た。あいつが持ち込んだ灰皿は今もベランダに置きっぱなしだったのは、捨てるのも申し訳なかったからだ。


告白されたよ。私は言った。それでもあいつはこっちを見ずに、そうかとだけつぶやいて、タバコの煙を外に吐き出した。


気付けば終電も逃していたから、泊っていきなよって私から言った。あいつはなんでか知らないけど動揺してたけど、ここからあいつの家まで歩いて帰るなんてできない。結局泊っていくことになった。


寝る前に一服、なんて言ってもう一度ベランダに向かうあいつを布団にもぐりながら眺めていた。


一枚しかない布団に二人で一緒に寝る。あいつは何故だか私に背中を向けて寝てて、私はその背中を見続けていた。部屋の暗闇に目が慣れて、いろんなものが見えるようになってくる。部屋の時計、カーテンの隙間から見える室外機の上の灰皿、まだ眠っていないあいつの背中。暗闇と静寂が支配する部屋は、私に酒を飲みながらしゃべっているとき以上の情報を伝えてくれた。


一時間くらいしてあいつは一度だけこっちに振り返った。私はずっとあいつの背中を見ていたから、最初はあいつのあごを見ることになった。ゆっくりと視線をずらしあいつと目を合わせる。鼻と鼻がくっつきそうな距離。時間にして30秒とも、30分とも思える時間が経った。私は散々目を合わせてたのに、寝たふりを始めた。


あいつはゆっくりと私を抱き寄せ始めた。私は抵抗しなかった。だって今の私は眠っている。何をされても知らないんだから。


しばらくしてあいつは元の姿勢に戻った。元通り背中を向けて、そのまま本当に眠ったみたいだった。


私の家で宅のみして初めて、私たちはセックスをしなかった。


それから私は大輔さんと付き合った。でも、彼氏ができただけで生活に変化なんてそうなかった。ただ週に一度ほど大輔さんとデートに行くってイベントが追加されただけで、友人関係も、学業にもなんの影響もなかった。あいつとも、今まで通り遊んだ。ただ、私の家に来ることはなくなった。


それから二年、大輔さんとは順調に付き合ってきた。大きい喧嘩もなく、まさに順風満帆。ついにこの間、卒業したら結婚のことも考えてほしいと言われた。素直にうれしかった。仲のいい数人の女友達にそのことを報告して、最後にあいつにも報告した。それが今日。今から数時間まえのことだった。


今からお前の家で呑める?今最寄りにいるんだ。


あいつからそんなメールが来て、懐かしいなと思った。少しうれしくて、もちろん大輔さんに断りを入れた後に招待した。


家に来たあいつはべろべろに酔っていてびっくりした。どこかで呑んできたの?って聞いたら、関係ないだろって言われた。


それにしても明らかに酔い過ぎだった。顔は真っ赤で呂律も回っていない。フラフラなうえ、目も充血していた。


とにかく乾杯することにした。それぞれ買ってきた中から好きなお酒を取って、プルタブを開ける。部屋に懐かしい甘い匂いが戻ってきた気がした。


それぞれお酒を一缶空けた。久しぶりのあいつとの呑みは、意外に話も盛り上がっていたし、楽しかった。


でもあいつは突然何の前触れもなく私を押し倒してきた。


突然のことに動けない私。ちゃぶ台の上に置いてたお酒が倒れていくのがスローモーションに見えた。私に覆いかぶさろうとするあいつの顔が、まるで泣いた後のようだったことにその時気づいた。完全に押し倒されたあと、部屋は時が止まったように静かだった。


時計の秒針の音だけが響く室内で私の声はよく響いた。


酔いすぎだよ。


そう言う私に別にいいじゃんと言うあいつ。私はまじめな顔のまま、真剣に言った。


ダメだよ。私には、大輔さんがいる。


その言葉を聞いたあいつは一瞬泣き出すように顔をゆがめた。そして顔をうつむかせた後、私の服の中に手を入れてきた。


バチンと静かな部屋に大きすぎる音。私があいつの頬をぶん殴ったのだ。


びっくりした顔をしているあいつにもう一度。酔いすぎだよ。


あいつはしばらく無言だったが、一言詫びた後帰ると言った。


もう終電は終わっていたが、私は何も言わずに玄関まで見送った。


部屋のドアノブをひねり、ドアを開けかけたとき、あいつは言った。


「あの日、あの夜だったらおまえは。」


こちらを振り返らずにそうつぶやくあいつの背中はひどく小さく見えた。その背中に私は言った。


「たらればなんて考えたことなかったわ。私は今幸せよ。」


それを聞いたあいつは体の力を抜くと、もう一度詫びてから帰っていった。


気付けば吸っていたタバコはとっくに火が消えていて、微かに煙だけが残っていた。


私はもう一本タバコを取り出し、しばらく手の中で遊んだ後それを箱の中に戻した。部屋の中に戻るとタバコを箱ごと捨てて、そのまま布団に入った。


目をつむり完全な暗闇になる。痛々しいほどの静寂が部屋を支配する。布団の中に入っても、わずかに残るタバコの香り。


たらればなんて考えたことない。そんな女だったらよかったのに。


真っ暗な部屋の中で私は一人つぶやく。


目をつむると今も思い出す、あいつとこの布団の中で目を合わせてた時間。あのとき、どちらかに少しの勇気があれば。


もう自分でもくどいと思うほど考えたこと。こんな思考に意味などない。


こんなたばこ一本吸ってる間に終わってしまう思い出に、意味などない。

感想めっちゃほしいです。なんでもいいのでください。

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― 新着の感想 ―
[一言] うっ…… 真面な感想出てこなくて申し訳ないのですが、「大学生やってるなあ」と感じました。ほろ苦い!!とても好きな作風です。
[良い点] 一本の煙草が灰になるまでの時間ゆう設定がようおした。 [気になる点] もう少し、それぞれのキャラが立つような描写があると、なおよいようにおもいます。 [一言] 上手にまとめてはるんで、さら…
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