第四幕 微笑みの大団円
王妃を失った悲しみがよみがえり玉座でうなだれていた国王は扉を開けて入ってくる軽やかな足音に気が付いた。
「パパン。また悲しくなったのね」
「おお、白雪。おまえも不憫じゃ。あれが生きていれば今頃……」
国王は肌の色が抜けるほど白く漆黒の髪を持つ我が子の頭を撫で涙をこぼした。
「パパン。言いにくいことだけど、元気になって。
ママンを失った悲しみを理由に他の人たちを拒絶しないでほしいの」
「うむ?これでも余はこの国の国王じゃ。悲しみにかまけて国政を滞らせた覚えはないのだが」
「確かに目立った問題は起きていないわ。
でもね。パパン。
パパンは以前と比べて侍従たちにきつく当たっていないかしら?
ママンのことを思い出したくないからといってママンの侍女たちをすべて解雇しなかったかしら?
ママンとの思い出の庭園を更地に変え庭師たちを失業させたり、ママンとの共通の趣味だった乗馬を止めてしまい馬や護衛の騎士たちを運動不足に陥らせていないのかしら?」
「う、うーむ」
「ママンが死んで白雪も悲しいわ。でも、この悲しみは自分にしかわからない。パパンが悲しんでいるのは分かるけど、それがどんな悲しみなのか、白雪には分からないわ。
楽しみも喜びも自分だけのもの。人はどんなに努力しても他人のことすべてを理解できるなんてできやしない。
だから、パパン。他の人に悲しみのおすそ分けするのはもう止めて」
国王はカッとなって玉座から立ち上がりかけたが、急に力を抜き座りなおした。
「パパン。無理なお願いだとは分かっているわ。でも」
「よい。諫言してくれる人間がそばにいてくれたと分かっただけでも余は嬉しいぞ。
幼い幼いと思っていたが、いつの間にか生意気なことを言うほど成長したのだな。白雪」
「パパン。生意気ついでにもうひとつお願いしてもいいかしら?」
「何が欲しいのか言ってみなさい。オモチャかな?服かな?毛皮か?宝石か?それともポルシェボクスターか?そんなもので可愛い白雪の笑顔が見られるのなら安いものだ。買ってあげよう。ただし、20万ユーロまでのものに限る」
「パパン。白雪には文通しているお友達がいるの。そのお友達をお城に招待したいのだけどいいかしら?」
「なん・だと!?
あー。そのお友達の経済状態はどうかね?」
「どういうことですか?」
「ほら。世間では、いざ婚約発表したら相手にぞろぞろと借金があることが判明して炎上やらパッシングやら巻き返しやら苦言やらで大騒ぎになった事件もあったことだし」
「彼女の借金については分かりかねますが、たぶん大丈夫ではないでしょうか。彼女、アンティークだとか古代の秘宝とかオー・パーツとか伝説級の武器だとかいろいろ持っていますから」
「はっ?彼女?女性だったのか。それにしても何者かね?」
「魔女ですわ。自分磨きをするといって大学に入り直し、この春、めでたくヘクセンナハト大学で経済博士号をとって卒業された才媛です」
「ふーん」
「容姿も大学共通ミスコンテストで優勝するくらい整った方でもありますよ」
「ほう」
「と言ってもナルシストではありませんし、美人を鼻にかけることもありません。普段はほとんど鏡の前に座ることもなく、人様に会う時だけ失礼にならない程度にお化粧をするくらい」
「ほう!そうかね!」
「持ち物はあまり派手なものを好まず、ブランドかどうかを問わずに素材重視品質重視で上品なセンスのもので固めていますわね」
「いいね!
で、性格は?」
「はあ?彼女はわたくしのお友達であってパパンとお付き合いするわけではないのですよ。パパンが彼女の性格を知ってどうなされるおつもりなのですか?」
「……そ、それは娘の教育上」
「パパンは娘のお友達の性格が気に入らなければ仲を裂くとおっしゃられるのですか?」
「い、いや」
「国王の娘には自由にお友達を選ぶ権利もないと?」
「そんなことはない。そんなことはないよ。
パパンが軽率だった。今の質問はなかったことにしたい。だから、機嫌を直しておくれ。白雪」
「フフッ。では、お友達をお城に招待してもよいですわね?」
「ああ。よい。許す。白雪のお友達を歓迎しよう」
「やったわ!パパン。だーい好きっ!」
「ハハハ」
こうして招かれた白雪姫のお友達と父である国王は一目見た時からお互い恋に落ち、結婚。
その後、白雪姫は父王と継母である王妃との仲睦まじい家庭でごく普通にすくすくと育ち、ごく普通にボーイフレンドにめぐり逢い、ごく普通にそのボーイフレンドと恋に落ち、ごく普通にそのボーイフレンドと婚約をしました。
ただ一つ変わっていたことは、婚約のお相手は若くてハンサムな王子様でも銅鉱山でガッポリ稼いで金持ちになった小人でもなく、これと言って優れたところもない猟師だったのでした。
「恋愛って異常よね。
だって、お互いを思いやり、相手の気持ちを真剣になって考え、犠牲を厭わず相手に尽くそうとするんだもの。人間の原則的行動から逸脱するわ。
でもね。だから、素敵なのよ。この世の中で生きているという感じがするのよ。
これが幸せという感覚なのかしら。
……えっ?相手が猟師で不満はないのか、ですって?何をおっしゃっているのかよくわからないわ。たとえ相手の方が若くてハンサムでもお金持ちでもお互いの気持ちを考えない自分勝手な人だった場合、お付き合いして楽しいのかしら?恋愛という異常行動で幸せになれるのかしら?
本当に相手の気持ちが分かるというのも錯覚かもしれないわ。
でも、錯覚していてもお互い犠牲を厭わず尽くそうとするのは本当にとても気持ちのいいものなのよ。この世で自分ひとりじゃない。孤独じゃないって気がするもの。日々は無意味な日常の繰り返しではないって確信できるもの。
あっ。もうこんな時間ね。
どちら様か知らないけど一つ警告して差し上げるわ。これ以上グタグタ言うのなら、あなたはわたくしの幸せを壊そうとする敵よ。わたくしのメッチャカッコイイ派超絶ツヨイ流免許皆伝の拳が火を噴くことを覚悟しなさいね。相手がどんなに強くったって、わたくしは外野からヤジを飛ばしてわたくしの幸せを壊そうとする輩には容赦はしない。
兎に角。そこのあなたたち。あなたたちには関係のないことだから、わたくしたちの恋愛に口を挟まないでほしいわ。
昔から”人の恋路を邪魔するやつは馬に蹴らておっ死にやがれ”って言うでしょ。邪魔しないでよね」
少女から美女へと変身した白雪姫が拳を振り上げ、とある方を向いて威嚇する。
そこへ友人であり継母でもある魔女の王妃が現れる。国王といまだに熱愛中の彼女は幸せで輝いている。
「あら。白雪ちゃん。何をしているの?おててを振り上げたりなんかして。
うん?敵に対して警告している、ですって?
わかりましたわ。後で全員、こっそりと鼠に変えておきますから、そんなはしたない真似はお止めなさいな。
貴女もすっかりレディになったのですから、子供のままではいけませんよ」
「はい。ママン。そして、ありがとう。魔女のママン」
「フフフ。これくらいなこと、どうってことないわ。
本当に感謝しなくてはならないのはわたしの方よ。ママン、とても幸せよ」
「ウフフ。それはよかったわ。
わたくしも幸せ。ママンも幸せ。パパンも幸せ。みんな、幸せね」
「でも、白雪ちゃん。ママン。最近、幸せ過ぎてとても怖いの」
「大丈夫よ。ママン。だって、わたくしたち、ヒロインですもの。ヒロインにはハッピーエンドがお約束よ」
「ほっ。そうでしたそうでした。ママン。悪役令嬢役ばかりだったからヒロイン慣れしていなくて」
「もう。ママンたら。ハハハ」
「ウフフフ」
「「アッハッハッハ!!」」
こうして白雪姫の物語はハッピーエンドで幕を閉じたのでした。
お・し・ま・い。
「不条理から3つの結果を得た。反抗と自由と情熱だ。私は自分の意思で人生を待ち構えている死を受け入れ、自殺を拒絶した」
アルベ―ト・カミュ著「シーシュポスの神話」より