第二幕 王妃の嘆き
第一章 王妃、激昂する
玉座の間。
強烈なボディブローを食らった王妃は四つん這いになって咳き込み、床の豪奢な絨毯の上に口からごぼごぼと赤いものをぶちまけた。
ゴホっ ゴホっ ヒュー ヒ ヒュー
「苦しそうね。ごめんなさい。
本当なら楽に死なせてあげられたのに計画に破綻をきたしてしまったのですわ。これは調査不足で猟師の異常行動を予見できなかったわたくしの失態。すべて、わたくしの責任。反省しておりますわ。
うん?なにかおっしゃりたいことがあるようですね。別に発言を禁じていませんわ。どうぞご自由に遠慮なさらずおっしゃってくださいな」
「あ、貴女。わたしをできるだけ長くいたぶり苦しめて愉しんでから、最後に殺す気ね。このサディスト!変態!」
「それは違います。わたくしが猟師と王妃に対する殺害計画を立てたのは、正当防衛という形をとることで無駄な裁判などの手間と費用を省略して問題解決ができると踏んだからですわ。正当防衛という形をとれなくなった以上、王妃に対する殺害計画は白紙に戻りました。もう殺す気はありませんわ。
それに、サディストというのは、暴力を振るうことによって他者を見下し優越感に浸ることで一時的に不安を忘れ去ろうとする一種のパーソナリティ障害者ことですわ。わたくしの精神がそれほどもろいものとお思いになって?わたくしは強者です。決してサディストではございません」
「な、なんですって!」
王妃は感情の高ぶりのため一瞬絶句した。
「そもそも強者って何よ?他人に情け容赦なく腹パン喰らわせられる人のこと?
それになに?そのいかにも殺せるけど許してやりましたという憎たらしい面は!ドヤってんじゃないわよ。仮にもわたしは王妃なのよ?手間と費用を省略できなくなったから殺す気がなくなりました?そんなのですむわけないでしょうが!最初から殺しちゃいけないの!計画を立てた時点で反逆罪よ!この非常識人め!
貴女。絶対、頭おかしいわ。仮にサディストに当たらなくても、絶対、病気よ病気!」
「王妃の言いたいことは分かります。王妃は王権神授説で理論武装して絶対王制を主張する。否、そう主張せざるを得ない。そして、その主張が正しければ、間違いなくわたくしは反逆罪に問われましょう。王妃の独占する絶対的権力に逆らったわけですから。
しかしながら、わたくしは社会契約論に立ち王権神授説と絶対王制を否定します。権力の行使者を誰にするかなど神が解決する問題ではありません。人間自らが考えて解決する問題なのです。そして、特定の人間にすべての権力が絶対的に帰属するなど合理的に考えてあり得ません。国政の最終的な決定権は抽象的であれ直接的であれ国民に帰属しなければならないはずです。国民主権こそが真理なのです。にもかかわらず、王妃が王妃であると言って自らの絶対性を主張しつづけるのは王妃が力をもって国民から不当に主権を簒奪しているにほかなりません。
わたくしは王妃を弾劾いたします。王妃という存在自体が犯罪であり、悪なのであります。彼女は国民の面前で裁かれなければなりません。わたくしは議会の招集と革命裁判所の設立を要求します!」
「ちょっ!ちょっと待ったれや!何勝手に話を進めてるんや!
ここはフランスで、今は1793年か?わたしがマリー・アントワネットで、おまえはマクシミリアン・ロベスピエールか?
わたしはそもそも王権神授説や絶対王制など主張してい・ま・せ・ん!この物語はフランス市民革命とは無関係。すべては貴女の妄想!ドウ・ユー・アンダスタンド?」
「と、まあ。こんな面倒くさいやり取りを延々と続けて無駄な手間と費用を掛けるのは不合理なので、一気に解決できる正当防衛の形で抹殺する計画を立てたのですが、わたくしは失敗してしまいました。で、話は26行前に戻ります」
「おい!わたしの言葉はマル無視かい!」
「わたくしは王妃に発言を許しましたが、それは王妃に感情を吐露させ落ち着かせるためのもの。わたくしは最初から王妃の発言に意味を求めておりません」
「な、なんですって!生意気なっ!おまえ、やっぱりぶっ殺すっ!」
王妃は物語通り隠し持っていた腰ひもを取り出し、白雪姫を絞め殺そうと襲いかかった……。
第二章 物語の不条理
「はい。殺人未遂の現行犯。王妃は猟師による殺害失敗に備えて五色の絹で作った腰ひもを用意し、それを用いてわたくしを殺害しようとしました」
「そ、それはおまえがわたしを怒らせて」
「わたくしは王妃が腰ひもでの襲撃失敗に備えて呪いを込めた櫛を準備していることも把握しております。わたくしが王妃の激情を利用してわざと襲わせたのではありません。王妃は最初から強固な殺人の意思を抱いていたのです」
「くっ!」
「そして、さらに王妃が櫛での襲撃失敗に備えて地下の秘密の部屋で毒殺のための毒リンゴを制作中であることも知っております」
「な、なんでや?わざわざバレないように秘密の部屋で準備しとったのに」
「グリム童話53番、マリー・ハッセンプフルークの語る白雪姫を読んだからですわ」
「なんちゅうメタ発言!それはあかんやつやろ」
「とは言え、これだけ王妃の犯罪性が明らかとなっても王妃が権力の絶対性を主張し続ける限り王妃を処罰することはできません。王妃を処罰するにはやはり1793年の国王裁判でサン=ジュストが主張した論法に従って王権神授説を否定する必要があるわけで」
「また無視かい!もうええわ。どうあってもおまえはわたしを殺したいんやろ?王権神授説も絶対王制も主張せんから、はよ殺せや!そんで、若くてハンサムな王子様とチュッチュチュッチュ、イチャイチャしてハッピーエンドで物語をしめろや。やってられるか!」
「前にも申し上げた通り正当防衛の形での計画に失敗した時点でわたくしは王妃殺害の意思を捨てました。王妃を処刑する予定もありません」
「な、なん・ですと?」
「そもそもこの物語の原典にハッピーエンドはございません。わたくしは幼女フェチで死体愛好家の王子と結婚を強要される。王妃は熱した鉄の靴を無理やり履かされたうえ踊り狂い変態の王子にゲラゲラ嘲り笑われながら焼け死ぬ。国はわたくしと王子の結婚で大義名分を得た外国の軍事介入を受け、傀儡国家となる」
「……」
「物語にハッピーエンドのヒロインはおらず、つらい目に合う悪役令嬢ばかり」
「そんな」
「この物語はそんな不条理しかございません。王妃はさしずめ某国に大義名分もなく国連の承認もなく戦争を仕掛けられて殺されたサダム・フセインのようなお立場」
「わたしは最後は惨めに死ぬ独裁者だったの!?」
「ですから、わたしは考えました。この物語の不条理を一つ一つ整理し、誤った歴史認識を良識ある建設的な話し合いで是正して」
「これ!また微妙な政治的発言を(バンされたらどうするの!)」
「未来志向の解決を図りたいと思います。
では、王妃。わたくしと話し合いましょう」
「えっ?」
「この物語をハッピーエンドにするには7人の小人もハンサムな王子も必要ありません。殺人未遂の事件も王妃の処刑も必要ありません。最初からお互いの不和をわたくしと王妃が話し合いで解決すればよかったのです」
「いや。それでは物語の盛り上がりが」
「王妃は物語の盛り上がりのために処刑されたいとおっしゃるのですか?」
「できれば処刑は避けたいです。ハイ。話し合いをしましょう」
「王妃が聞きわけがよくてよかったです。利他のため自己犠牲しようとする異常者は猟師ひとりで沢山ですから」
誰が異常者かはさておき、こうして白雪姫と王妃の話し合いが始まった……。